


昨日3月3日は日本ではひな祭りの日ですね。
お嬢さんがいる家ではお雛様を2月中旬ごろから飾って
散らし寿司・雛あられ等を食べ祝った物です。
上の画像が2枚ありますが大きな違いがわかりますか?
上が古式にのっとった雛人形の並べ方です。
下は西洋文化により日本の伝統を破壊された並べ方です。
"左上座が中国から入ってきた"
中国の唐の時代に伝わった「左上右下」という考え方が、
この古来からの形式の、伝統になっています。
当時、皇帝は、中国内で、絶対的な存在で、地上最高、
揺るぎない存在として、うやまれていました。
北極星は、絶対に位置の変わらない、夜空の星として、
中国皇帝と、同一視されていたんです。
北極星と同様に「皇帝は、北に背を向けて南を向いて、
玉座している」という、たとえに「天子南面」という言葉があります。
太陽も、北極星とおなじで、他に類をみない存在として、
あつかわれていました。
太陽は、ご存知のとおり、東からのぼり、西へ沈みます。
南へ向いた皇帝からみると、左手(東)側からのぼり、右手(西)側へ
しずんでいきます。
なので、玉座についた皇帝の、太陽が昇る左手(東)が上位になり、
太陽の沈む右手(西)が下位になるんです。
中国の「東側上位」「左上位」の概念が、そのまま日本にもちこまれ、
吸収されていきました。
日本でも、天皇が南を向いてたった時、日の出の方角、
つまり左手(東)側が、上座になり、日の入りの方角、つまり右手(西)側が、
下座になることを、意味しています。
また、現在の京都の地名である「左京区」「右京区」も、
このならいから、きているそうです。
日本の宮中で定着
かつて中国から伝えられた「左上右下」の考え方が、根付いて
浸透していったことで、日本の礼法や思想に、大きく影響を
及ぼしているところもあるんですよ。
日本に定着して以降は、宮廷の祭事などには、左が上位、右が下位の
意味を、しめすようになっていきました。
左大臣のほうが位が上で、右大臣のほうが下ですよね。
ひな人形でも、高齢でひげをはやした、年配者のほうが、位が上の左大臣
で、左上座に、飾りつけをしますよね。
若者の人形の方を、右大臣として、右に、飾りつけをします。
なので、一番上位である天皇を模している、男雛が左(向かって右)に
飾られたんです。
男上位の慣わしなどもあり、サポートする立場として、女雛が
右(向かって左)に置かれたようです。
昭和のはじめごろは、どこの家庭でも、この並び方が当たり前で、
当然のように、お内裏様を左に並べていました。
御所の紫宸殿があった京都や機内や、その周辺の他府県などでは、
今でも、京雛が飾られてます。
文化や慣わしを大事にしていて、伝統を重んじている家庭や地域でも、
同様に昔から、京雛を飾っているところもあるんですよ。
地域差や文化などで地方によって、どちらの並べ方をするか、
違うこともあります。
また、礼儀作法やマナーでも江戸時代までは、日本は、左上座だったん
ですよ 。
大正天皇が即位の時に右側にお立ちになられたそうです。
これは明治時代に西洋の文化が入ってきて、西洋では右側が
「位が高い」とされていたのを受け、それに習って右側にお立ちに
なったことから、それ以来雛人形もそのように変わったと言われています。
ここでも明治維新により日本古来の仕来りが破壊され
真逆の方法になってしまいました。
明治維新は日本にとってあまり良いことは無かったようです。
それ以来日本は欧米諸国の特にアメリカを牛耳る連中の
意識して考えなければわからない植民地政策に甘んじて
います。
