フィリピンのテレビ(マニラ)チャンネル7で今日のお昼前
”シンゴジラ”が放映されました。

映画『シンゴジラ』
日経ビジネスにはこうある。
「シン・ゴジラ」がリアルに描いた政治家と官僚
清谷 信一
2016年9月6日(火)
初代ゴジラは水爆実験によって生まれたモンスターだった。
当時は敗戦からさほど時間が経過しておらず、米ソ冷戦下で
核兵器開発競争が行われていた。
核戦争の危機が肌で感じられる時代だった。
また水爆実験によって日本の漁船が被爆する事件もあり、
核がホットな話題だった。
対して、「シン・ゴジラ」のゴジラは海底に廃棄された
原発の廃棄物によって生まれている。
近代兵器でもかなわないゴジラは、大震災、大津波、原発事故が
重なった東日本大震災を彷彿させる。
つまり初代コジラが核兵器の申し子であるのに対して、
「シン・ゴジラ」のゴジラは原子力発電、換言すれば
東日本大震災の申し子といえるだろう。
これは、先の大震災を経験した我々日本人にとって大変リアリティ
のある設定ではないだろうか。
“はみ出し官僚”はあまり出世できない。
能力があって現状に疑問を持ったり、改革を提案したりする官僚は
一般的に変人扱いされるからだ。勉強しない、“社内政治”の
バランス感覚がある人間が出世する。
自衛隊も同じだ。他国の将校であれば当然のように読んでいる
プロ用の軍事雑誌(日本のマニアが読む“専門誌”とは異なる)
など読んでいると、「マニア」とか「おたく」と呼ばれる。
このため話していて、愕然とするくらい軍事情報に疎い幹部(将校)
が少なくない。
自衛隊ではやる気があり、現状の改革を訴える人間ほど組織から疎まれ、
いびり出されたりする。
このため、現役を退いた後に本音を語ってくれる将官がいる。
果たして有事の際にこれで大丈夫なのかと心配になる。
かつて防衛庁の天皇と呼ばれた故海原治氏は実戦を想定していない
自衛隊のあり方を批判していた。
30年以上経った現在でもその実態はほとんど変わっていない。
(映画の話に戻るが)
官僚ではないが、若手政治家の矢口蘭堂・内閣官房副長官
(長谷川博己さんが演じた)も自己の意見を総理大臣や閣僚
に進言して、赤坂秀樹・首相補佐官(竹野内豊さんが演じた)
にたしなめられていた。
対ゴジラ作戦が成功したのは、能力はあるが、出世にこだわらない
個性の強い官僚を、矢口が組織化したからだろう。
これはまさに有事の指揮官の資質である。
矢口は首相に直言をするなど、あまり政治家らしくない政治家だ。
世襲議員であることが劇中で述べられていたが、恐らく庵野監督は
自民党の小泉進次郎氏をイメージしたのではないだろうか。
この政治家・矢口がおそらく本作品の最大のフィクションだろう。
ここまで洞察力があり、信念に基づいて行動でき、いざとなれば
腹を切る覚悟がある政治家が本当にいるとは思えない。
劇中、政治家が閣議や他の会議で、後ろに控えている官僚から
渡されるメモをただ読むばかりのシーンが描かれている。
これもまた事実だ。
他の映画やドラマのように、政治家同士が断固意見を述べ合う
会議はフィクションに過ぎない。
防衛省の記者会見でも大臣や幕僚長の後ろに内局官僚や制服組が
何人も分厚い資料をもって控えている。
質問があると、大臣にペーパーを渡す。
大臣が自分の言葉で語ることはほとんどないといってよい。
東日本大震災当時、筆者は永田町の先生方が被災地の実情を
あまりにも知らないことに驚いた。
彼らは官僚から「ご説明」と呼ばれるレクチャーを受ける。
防衛省の官僚や自衛隊の制服組の「全て順調に言っております」
という大本営発表的な「ご説明」を鵜呑みしていた。
法律や医療の政策ならば、在野にそれぞれの専門家が多くおり、
様々なセカンドオピニオンが政治の世界に入ってくる。
だが防衛は機密が多いこともあり、メディアの不勉強と無関心もあって、
有用なセカンドオピニオンが極めて少ない。
このため筆者は現場の部隊や市ヶ谷(注:防衛省を指す)の
中堅幕僚に会い、現場で何が起こっているかを調査し、与野党を
問わず政治家につないだ。
だが、全般的に反応は芳しくなかった。特に防衛省の中にいる
政治家たちは完全に防衛省発の情報しか信じないようにみえた。
震災当時に危機感をもって動いて上に具申していた当時の中堅幕僚
の多くは、上層部には反抗的と映ったらしく、大震災直後の
夏の人事異動で市ヶ谷から飛ばされていった。
意欲があり本当に国を憂いている人間は疎まれる。
自衛隊でも有能で勉強熱心で、現状を変えようという情熱を
持った人間は、自ら辞めていくか、組織から追い出される。
筆者は少なからずそのような実例を見てきた。それが自衛隊の現実だ。
これで本当に危機に対応できるのか。
政治家たちは官僚からの誤った情報を元に対処していたことになる。
原子炉への対処など、東日本大震災への対応の迷走ぶりの一部が
報道で伝えられ、明らかになっている。
だが隠蔽されて「なかったこと」になっているものも少なくない。
メディアの多くは自衛隊がいかに活躍したかを大々的に報道した。
むろん、現場の部隊、隊員たちは奮闘していた。その影で、
多くの問題はほとんど報道されず、国民に情報は伝わっていない。
現場の兵隊(士クラス)の充足率が極端に低い。無線が通じない。
遺体袋やNBCスーツ(核・生物・化学防護服)がほとんどなかった。
鳴り物入りで導入された無人ヘリは全く飛ばなかった。
以上抜粋
そんな話が出てくる”シンゴジラ”です。
この映画は2016年7月29日より公開された映画ですが
フィリピンのテレビでもう放映されたのには少々驚かされました。
ただこの映画はただの娯楽映画として放映されたのでしょう。
失礼な言い方ですが、上記のような事を考えさせられる映画と
してでは多分ないでしょう。
歌にダンスに馬鹿笑い。
そう楽しければそれで良いのがフィリピンです。
生活苦を忘れる為に・・・
