先日、私の大好きなブログ・pinsanのブログにありましたが、

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    傾いた電柱。

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(反対側から)


    右手前の外装が白っぽい家は親戚の家です。

    これはすぐ脇の家がボヤをだし、別に火がついた訳ではない

    のですが消火作業のとき何かの影響で倒れたものと思われます。

    2~3日後にはすぐ脇の丈夫な電柱を立てたのですが電線の

    移動をしていません。もう半年近くなるでしょうか。

    傾いた電柱は鉄骨で支えがしてありますが、何のために新しい

    電柱をすぐに立てたのかよくわかりません。

    フィリピンはカオスの世界です。


    次に同じくpinsanが記事にしていましたが、マニラの路面電車に

    ついてです。pinsan日本で見ていて気分を害さないでくださいね。

    以前も記事にしたことがありますが、pinsanに感化されてもう一度

    書きます。

    尚、記事n殆どの部分は”本州鉄道”さんからの引用と画像は

    すべて借用したものです。無断転載をお断りいたしますとなって

    いましたので、連絡しようとしたのですが、乗っていた連絡先に

    繋がりませんでした。もしご覧になっていましたらその点を

    ご考慮ねがいます。

    そんな訳で、私もこの記事の写真等は今のところ無断借用です

    ので転載は不可とさせて下さい。

    前置きが長くなりましたが、『マニラの路面電車』


本州鉄道より
マニラの路面電車

”Manila Streetcar”
Manilaの路面電車は、1890年馬車鉄道から始まり、1905/4/10

メラルコ(Manila Electric Railroad And Light Co.)が発電所を

作り、その電気を利用し路面電車の営業を始めた。

そして1945年アメリカのマニラ爆撃で壊滅的被害を受け廃止

された。

これとは別に戦前マニラ湾入り口のコレヒドール島にアメリカ軍

が路面電車を運行していた。

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   (路面電車、路線図)



下は白井さん所蔵のフィリピン鉄道切手シリーズの馬車鉄道と路面電車

です。


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写真
①ビノンド教会前
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          以前の風景


サンニコラス方面から来た線路は、此処で右にカーブを切
パッシグ川のジョーンズ・ブリッジへ向かう。
2003/1



②エスコルタ付近
チャイナタウンの門を通り少し進むと上のビノンド教会が有る。
戦前はこの付近がビジネスの中心地だった。
2002/3
チャイナタウンの門と建物が変化してる。


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上の写真から車を消してカレッサを走らせれば、今も変わらない
風景 

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③ジョーンズブリッジ

パッシグ川を渡り郵便局の前に向かう。
戦前の橋はアメリカ軍の爆撃で破壊された為現在の橋は立体交差
になり幅も大きく姿が変わってる。しかし場所は同じです。
エスコルタ付近から。
2002/3

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上の写真と反対側の絵、今の橋より小ぢんまりしてる

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④ MC Arthur Bridge
ジョーンズ ブリッジの1本上流の橋。その向こうにLRT1が
通ってる。
2002/12

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⑤サンタクルス教会
LRTカリエド駅付近。
路面電車は手前の方から教会の裏手を廻り込みリサール通りを
通りサンタクルス方面に向かう。
また別の線が右方向に向かいサンミゲル方面に向かう。
2003/1

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周囲の建物が変わってるが道路配置は同じ

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      以前のサンタクルス教会付近



⑥キアポ教会
当時狭い道路ばかりだったこの付近に大きな通りが出来路面電車
が何処を通ったか分かりません。
2003/1

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⑦レクト
LRT1が通ってるリサール通りとLRT2が通るレクト通りが
交差する地点。
此処は戦前も路面電車が交差していた。
LRTは高架線だが戦前の再現が行われる。
2003/3

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caviteさん撮影


⑧旧Manila鉄道(現PNR)Manila(Tutuban)駅前
戦時中のDVD等を見ると路面電車が走ってた。
現在列車は来ず駅の建物はトゥトゥバンショッピングセンター
となってる。
2002/6

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写真  tamaさん

線路は無くなったが、駅の建物はそのままの形で残ってる。


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           以前のTutuban駅



***

戦前マニラには路面電車が運行されていた。

日本占領時代アメリカ軍の爆撃で壊滅的被害を受け、

その後復旧されなかった。

戦前マニラからCavite州Bacoor市を経てNaicまで路面電車が

有った、今でもゴチャゴチャした家が建ってる線路跡と、

地名にその名残が残ってる。

またマニラ湾入り口のコレヒドール島 Corregidor Islandにも

路面電車が運行していた。


尚、戦前はネグロス島・セブ島・レイテ島・パナイ島・ミンドロ島

そしてルソン島に鉄道があった。

主に精糖会社が使用したシュガートレインであったが、パナイ島

ではパナイ鉄道がイロイロ~ロハス間の旅客運送もやっていたよう

である。

また、ミンダナオ島には日本人が経営していたアバカを運ぶ

森林鉄道もあった。

ネグロス島のシュガートレインは総延長2,000kmにも及んだと

言われている。

ルソン島・セブ島には鉱山鉄道があった。

ところが今でも(2016年1月現在)ネグロス島ではシュガートレイン

が活躍しているそうです。

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          (いずれも本州鉄道さん、2016年1月撮影のものです)


 フィリピン、マニラにはMRT・LRTの高架鉄道があります。また国鉄が

通勤電車を走らせているようです。

更にそれぞれの路線が延長等され、地下鉄も日本の協力で作られるよう

です。

日本からの経済援助がインフラ整備も含めて、今後5年で1兆円規模だと

も言います。

これからのフィリピンが楽しみですね。

尚、pinsan!

ゆっくり養生なさって全快のおりにはフィリピンに戻られて、そのときあった

らフィリピン慰安婦像を撮って下さい。

マニラベイにあるそうですが日比の間にそういうものは必要の無いものだ

と思います。

騒動の元は元から断たねば駄目!にひひ