山口県田布施町の怪 ~日本国家の真相~ (心に青雲)
投稿者 ウソ捏造工場 日時 2007 年 9 月 10 日
10年も前の投稿のものであり、もしかして
UPしたことがあるかも知れません。
それにしても真実はどうかわかりませんが
読んで面白いものです。
少々長いですが掲載します。
山口県田布施町の怪(上)
《1》
鬼塚英昭氏の新著『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を
読むと、日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に
国家を乗っ取られたということであることが解る。
長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのこと
である。
熊毛郡の田布施町を中心にしている。ここは光市と柳井市に挟まれ
た寒村だった。大室寅之祐=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、
宮本顕治、河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の
内務大臣)、賀屋興宣などである。むろん、岸信介、佐藤栄作、
安倍晋三は、この田布施一味の末裔である。
小泉前首相の父・純也は、鹿児島の田布施(現在は加世田市
金峰町)出身の朝鮮人である。鹿児島の田布施も山口県の田布施
と同じ、朝鮮人部落である。小泉純也は上京して小泉又次郎と
いうヤクザ(刺青大臣と言われた)の婿養子となって「小泉姓」
を名乗り、日本国籍を取得したのだ。小泉の次に安倍政権、
そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然
であるわけがない。
ユダヤ国際金融権力は、こういう人間を使って、日本乗っ取り
を支援しながら、連中の弱みを握って、思い通りに支配してきた
のだ。ユダヤは徹底的に日本の事情=弱点を探って研究しつくして
いる。
例えばとして、鬼塚氏は幕末に英国公使パークスは、外交官アーネ
スト・サトウを使って日本の被差別部落を調査させている。
『日本のいちばん醜い日』に益田勝実氏の文章が引用されて
いる。
「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、明治以前に生まれた
長州の老人たちによく聞かされことだったが、近代天皇制以前には
、京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった。尊皇派が考え
ていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に
京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなか
った。かれらが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来
るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、……激化すると、
天皇を取り換えてしまうほかなくなる。
わが家に空襲で焼けるまであった孝明天皇使用の皿は、おそらく
まだ長州と天皇の間がうまくいっていた、蜜月時代にもたらされた
ものだろう。
奇兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応2)の暮れには、孝明天皇は
謀殺されてしまった。もちろん、仕組んだのは江戸幕府ではない。
志士側で、天皇が倒幕の障害になりはじめたからである。今日では
、このことはもう公々然の秘密となっている。(益田勝実『天皇史
の一面』より)」
益田勝実は長州の国家老一族である。だから田布施の住民を虐げ
た側というか、支配した(あるいは敵対した)側である。その子孫
である益田勝実が、「てんのうはん」、つまり、山口県熊毛郡田布
施町麻郷(おごう)に生まれ、孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり
、明治天皇となった真相を突いたのだ。
『日本のいちばん醜い日』では、「大室寅之助は田布施の生まれ
、……伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした
難波八助は一族である。また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして
、木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を
木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。そして、大室
寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。この地から
代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。また、元外相松岡洋右
も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も
大室寅之助の生家の近くである。
……大室寅之助が南朝の末裔であるという説があるが、確たる証拠
は私の調べた限りではなに一つない。むしろ、北朝鮮系の被差別部
落民ではないのか、と思っている。」
(「日本のいちばん醜い日」より)
明治維新から日本の国家中枢に君臨する一族には、このような
真相があるのである。
鬼塚氏も書いているが、瀬戸内海の沿岸や島々には被差別部落
が多い。そこからアメリカや中南米に移民として行かされた人も
多い。「家船漁民」といって、船上で暮らす人々も瀬戸内地方
には多かった。いずれも彼らはマレーシア方面から漂着した平家
系の民であろう。
源平の戦いがあった平安末期、貴族となって権勢を誇った平清盛
一族は、(八切止夫によれば)マレーシア方面から比較的新しく
紀伊半島に“鉄器を持って” 漂着した部族であった。その彼ら
貴族化した平家を、それ以前に土着していた北条氏らの平家一族
が源氏(頼朝や義経)という馬を扱える部族を使って日本国内
から放逐したのがあの源平の戦いである。だから清盛一族側の
貴族化した平家は、海洋民族だったから騎馬戦は得意ではなく、
義経に追われると瀬戸内海を下関(壇ノ浦)まで逃げた。
当然瀬戸内海には海洋民族である土着の平家系のいわば海賊もいた
のだが、彼らは北条側の平家に就いて義経に協力したため、
貴族化した平家らは撤退せざるを得なかった。だから源平の戦い
とは、本質的に“新来の平家”と“旧来土着の平家”との内ゲバ
であった。
それで勝った側の北条平家は、源氏系統=北朝鮮系を皆殺しにし
、生き残った源氏系部族人間は別所などと言われる被差別部落に
追い込んだ。おそらく瀬戸内一帯に土着していた源氏系の部族も
別所などの被差別部落に押し込めて、まともな活動ができぬように
圧迫したと思われる。その一つが山口県の熊毛郡なのであろうし、
遠く鹿児島にも同様の田布施として源氏系部落を作ったのでは
ないか。
田布施という所は「正直いって、住むのに悪条件だらけの土地で
あった」と鬼塚氏は書いている。あるいは「やたらと寺の多さに
気づく」とも書いている。
権力者が寺院を使って被差別部落を抑えつけたのだろうし、
本来は白山信仰を持ち仏教には転向しない源氏系(北朝鮮系)を
強引に仏教徒にしようとした痕が、田布施の寺の群れなのだろう。
鬼塚氏は、田布施出身の大室寅之祐の家が漁業を営んでいない
ことを指摘している。ということは大室家が平家ではないことを
意味している。平家系の庶民の職業は、漁民か百姓と決まっていた
からだ。
鬼塚氏は大室寅之祐が北朝鮮系の被差別部落民ではないかと言って
いる。
「週刊朝日」06年10月6日号に掲載された「家政婦は見た~安倍
晋三研究」で、安倍家の家政婦の証言として、安倍晋三の父・
晋太郎は、日頃から「自分は朝鮮だ」が口癖で、亡くなったとき
の遺骨を見ても韓国系の体型だったと言っている。
山口県田布施町の怪(下)
《2》
現在の天皇家としては明治天皇=大室寅之祐の血筋は途切れた
ものの、田布施(または熊毛郡)出身の一族郎党が国の権力を
握っていることに変わりはないようだ。安倍晋三が首相を辞めない
(辞められない?)その傲慢さも、彼が明治以降に日本を牛耳って
きた権力を受け継いでいるからだろう。
それに安倍晋三は統一教会と縁が深いのだからまさに朝鮮半島勢力
である。明治天皇とその取り巻きが、なにせ田布施出身の朝鮮人
系統なのだから、現実の政治はその流れに沿うのである。
終戦時(と開戦時)に外相だった東郷茂徳は、鹿児島の
朝鮮人部落出身である。本名は朴茂徳である。鹿児島ではあるが、
田布施と同じ出自なのだ。だから昭和天皇は終戦の大事な時期に、
東郷茂徳を起用した。東郷に外交ルートを使った終戦工作、
すなわち天皇の身の保全と、天皇家の蓄財の隠蔽を命じたので
ある。
東郷はA級戦犯となり、服役中に病没しているが、おそらく真相を
知る人間だから消されたのであろう。
先に紹介したが、終戦時の安倍源基内務大臣は熊毛郡の出身で、
安倍晋太郎・晋三との結びつきは不明らしい(家紋は同じ)が、
大室家とは親族だという。安倍源基は周知のように、戦前、
警察権力を一手に握った男で警視総監をやり、特高警察で君臨
した。言ってみればゲシュタポかKGBの親分のようなものだ。
権力者にとっては重要なポジションである。これもまた朝鮮人系が
握っていたのだ。
さらに。鬼塚氏が指摘しているのは、終戦時の内閣では大分県出
身者が多いという。阿南惟幾陸相(竹田市出身)、梅津美治郎陸軍
参謀長(中津市出身)、豊田副武海軍軍令部長(杵築市出身)、
また重光葵(東久邇宮内閣外相)は国東半島出身。大分県は
瀬戸内海で田布施とつながっている。
この辺りは、先の家船漁民の活動範囲であって、その交流のなかで
婚姻関係が結ばれていたはずなのである。つまり昭和天皇は同じ
朝鮮人関係者で、敗戦処理を行なったのであった。
こうして見てくると、どうして明治権力が朝鮮半島に侵出したか
、しかも朝鮮半島をいわゆる植民地化せずに“内地化”して、
インフラ整備を徹底的に施し、 “内鮮一致”を押し進めたかが
わかる。
つまり日本が稼いだ富を祖国・朝鮮半島にせっせと注入したのだ。
また日本国内に在日朝鮮人を大量に残し、厚遇してきたかも
わかる。権力者どもにとっては同族だからだ。
わざと(ユダヤの指示で)日本国内に火種を残したとも言える
だろう。
北による拉致だってわかったものではない。総連や北の工作員だけ
でなく、こうした闇のルートが拉致に介在した可能性もあるし、
現在も小泉や安倍という朝鮮系の人間が首相をやっているのだから
、闇は深まるばかりだ。
こうして見てくると、話はやや飛ぶが、「アカシックレコード」
の佐々木敏氏や、「国際情勢の分析と予測」サイトが指摘する、
日本と北朝鮮は本当はかなり親しい関係にあって、ケンカして
いるように見せているのは表面的なことではないか、との予測は
当たっているのかもしれない。冗談に聞こえるのだが、北の金日成
や金正日は、「日」の字があって、親日の意味がこもっているのだ
との説もあながち荒唐無稽な話ではないのかもしれない。つまり、
われわれは「日」といえば日本の「日」だと固く思いこんでいるが
、そうではなく、もうちょっと東アジア一帯という視点を持つと、
北朝鮮系とそれに呼応する日本の源氏系(?)との連携(=同族)
を意味する言葉が「日」なのかもしれない。
「アカシックレコード」の佐々木敏氏はしきりに中朝戦争の危機
を指摘している。安倍政権は中朝戦争に反対していると言われ、
だから何がなんでも政権を維持して、祖国(?)北朝鮮が戦争に
巻き込まれないように、あるいは中朝戦争によって東アジアの朝鮮
族連合が破綻しないように、必死なのかもしれない。安倍政権が
転覆すれば中朝戦争が必至とも予測されるなか、韓国系やら北系
やらの思惑が交錯しているのが現況なのか。今度の朝鮮南北首脳会
談もそれを受けてのこととも考えられる。
《3》
さらに鬼塚氏は興味深いことを書いている。明治天皇の生母と
される中山慶子(つまり孝明天皇の種をもらった女性)の墓が
東京・文京区の豊島ケ岡墓所にある。ところがこの明治天皇の
生母の墓を、明治天皇を始め皇族まで誰も参拝に行っていないの
だという。現在の中山家当主は、鬼塚氏の問い合わせに「生母に
関しては箝口令がしかれていて、一切答えられない」と言った
そうだ。
これはつまり、明治帝がやはり孝明天皇と中山慶子の子ではない
ことの証明である。
生前に明治天皇は生母に会ってさえいない。「この人間関係の冷
たさがーーたとえ生母でなくても会えばいいではないかーー日本の
暗黒をより深くし、日本を太平洋戦争へと突き進ませたと思えて
ならなかった」と鬼塚氏は書いた。そのとおりである。
昭和天皇も今上天皇もその他皇族も、孝明天皇の子孫と思うのなら
、中山慶子の墓を粗末にするはずがないのだ。
先に「現在の天皇家は、明治の大室寅之祐の血筋は途切れた」
と書いたが、大正天皇はどうやら大室寅之祐の子らしいが、
昭和天皇は大正天皇の子ではないからである。
西園寺八郎と貞明皇后のあいだの子とされる。
その事情を『日本のいちばん醜い日』で詳述している。
西園寺八郎は毛利家から公家の西園寺公望(元老でありフリーメー
スン)の養子になった人物で、宮中深く浸透した。
大正天皇とは学習院で同級生だった。その息子公一(きんかず)は
、コミュニストでゾルゲ事件に連座したが、親(八郎)のよしみで
釈放されている。
明治天皇も伊藤博文も、大正天皇に子どもができないことを
知っていたので、西園寺八郎を貞明皇后に近づけたとされる。
それを鬼塚氏は詳細に検証していく。そして、大正天皇の子4人
(昭和天皇、秩父宮、高松宮、三笠宮)はいずれも父親は別と
される。みんな顔が似ていない。
(浩宮と秋篠宮もまったく似ていないが…)
鬼塚氏は、秩父宮が2・26事件の策を練り、終戦時の8・15
宮城事件は三笠宮が策を練ったのだと断言している。
どちらのクーデターもヤラセだった。
貞明皇后(節子*さだこ)はしきりに世継ぎに介入したと
される。
秩父宮を溺愛し、裕仁より秩父宮を天皇にしようと暗躍した。
貞明皇后は長州が嫌いだったので、薩摩系の良子を昭和天皇の嫁に
しようとして「宮中某重大事件」を起こしている。
貞明皇后は五摂家のひとつ九条家から嫁したとされるがウソで、
武蔵野のある大農家の娘だったという説と、彼女の本名は朱貞明だ
という説がある。中国か朝鮮であろう。朱貞明は、明治政府が徳川
幕府から接収した皇居(千代田城)を、高級遊郭にしたのだが、
そこに召し出された女性だという。千代田城は「千代田遊郭」と
呼ばれ、伊藤博文や大室寅之祐らが、維新で職を失った旗本の
娘から美女を選んで囲ったもので、天皇と重臣の遊び場だった。
朱貞明が長州の侍に騙されたかして千代田遊郭に入れられ、
後に大正天皇の嫁にさせられたとするなら、長州嫌いになった
わけもわかる。
貞明皇后は秩父宮の妃を迎えるにあたっては、わざわざ朝敵と
された会津藩松平家から勢津子を選んで、長州への面当てを
やった。(ちなみに勢津子のかかりつけの美容師が吉行あぐり
である)この会津から皇室への婚姻で、会津の人は喜んだというが
…。
今上天皇が堂々、天皇家の祖先は朝鮮から来たんだと記者会見
で言って、驚かされたが、つまり今上天皇は、祖母の貞明皇后が
朝鮮系であることを述べていたのだと思われる。
いずれにせよ、かように日本上層部は、民族的怨念と覇権を
巡っての暗闘を続けているのであって、現在の自民党や民主党ら
政党の争いとか、霞ヶ関の官僚の争いも、そうした背景を知ら
ねば解明はできないものと思われる。
少々長いですが面白い内容です。
本文に書かれていることと、現状を鑑みると強ち
絵空事ばかりとも思えません。
特に中山慶子さんの墓にその子である筈の明治天皇
を始め、子孫の現天皇家まで墓参をしないらしいと
いうのは不思議です。
天皇家についてはあまり触れたくありませんので、
明治維新以来現在まで、日本の中枢にいるのは長州
系です。
これは事実ですから隠しようの無いことです。
日本が朝鮮半島に甘いのは本文に書いてある通りだと
すると合点がいきます。
つまり明治維新は簡潔に言えば、朝鮮半島系が起こした
テロであり、それが成功して現在に至っているのです。
そのテロリストの中心的人物をプロパガンダにより
日本の国家功労者にしてしまったのです。
今ある頭の中の日本の歴史はすべて廃棄しなければ
真の日本のことがわかりません。
日本のお札の最高位にある一万円札の肖像は誰でしょう?
そう、あの福沢諭吉です。
「人の上に人を作らず・・・」
慶応大学の創立者としても有名ですね。

こいつが飛んだくわせ者なのです。
おっととっと、長くなりますので続きは次回に!
