UFFPOST より
日本社会の良さ・美徳をいかに継承していくか-要は家庭教育にあ
り:研究員の眼
2017年08月05日
最近、日本の製品(メイド・イン・ジャパン)やサービス(「おも
てなし」等)の高品質・高水準、日本人の礼儀正しさやマナーの
良さ、きれい好きなどを強調したテーマのテレビ番組が多くなった
印象がある。
外国の方々が驚き、賞賛してくれる様子は嬉しく、我が国の誇れる
ところだと思っているが、その一方で、日常では、「?」と感じる
機会も増えているように思う。
一例を挙げれば、路上などで他人と接触しても「すみません」の
一言も発せず足早に去っていく人、自己主張や権利意識の強すぎる
モンスター客やモンスターペアレント、アジア新興国への新規進出企
業の日本人駐在員で、現地従業員の人格・尊厳を無視し度を越した
叱責をする人など、自己中心で他人や周囲の人への思いやりや礼儀
がない人が増えているとの印象がある。
冒頭に述べたテレビ番組でのテーマに関連して述べると、第二次大
戦後まで、「メイド・イン・ジャパン」は、粗悪品の代名詞的存在
であったとされる。
この点に関し、ソニー創業者の盛田昭夫氏が、初めての欧州出張時
に、ドイツの町で、アイスクリームの上に乗っていた粗末なつくり
の飾り傘(パラソル)が「メイド・イン・ジャパン」だと言われ大き
なショックを受け、自社の製品を優れたものにしてその低いイメー
ジを変えようと決意したことを語っている(NHKアーカイブス「あの
人に会いたい」ファイルNo.20より)。
盛田氏のように、日本の産業界はじめ関係者の多くが工夫と努力を
重ねた成果が、世界的に認められ尊敬される「メイド・イン・ジャ
パン」となったのである。
それでは、日本の街がきれいなことや日本人がきれい好きというこ
とについてはどうだろうか。
筆者が小学校低学年であった1964年の東京オリンピックの開催前、
学校に掲示されていた「みんなでゴミを拾いましょう、街が汚いと
外国の方に笑われます」という旨の標語を思いだす。実際、クラス
の仲間と東京の路上に散らかっていた多くのゴミを拾った思い出も
ある。
また、製造工場における「5S」(整理・整頓・清掃・清潔・躾)は
、今や世界的に知られ、優れた取り組みとして海外の工場でも導入
されているケースが多いものの、オフィスの整理・整頓状況で日本
が特に優れているとは思えないし、個人の住宅でも、毎日大掃除の
ように清掃するといわれるドイツに軍配が上がるケースが多いので
はないだろうか。
さらに、ルール重視という点では、一台も車がいない交差点でも、
きちんとルールを守って青信号を待って渡るべしと言った米国留学
時代のドイツ人同級生の言葉に流石と思った経験がある。
このように考えてみると、日本の良さや美徳は、先人から積み重ね
て形成されてきたものであり、それを継承しさらに良いものにして
いくには、我々一人一人が、向上心や他者への思いやりを持ち、ル
ール・マナーを守っていくことが必要だと考える。
最近、ルールやマナーを守らない人が特に目立つのは、街中の自転
車の運転であろう。信号無視、右側通行、急な進路変更など、下図
に例示したように罰則を伴う違反行動を町中で見かけるのは日常茶
飯事である(*1)。
筆者自身、歩道を通行中に、背後からベルも鳴らさず近づいてくる
自転車に、何度もヒヤリとした経験があり、その内数回は軽い接触
もされたが、いずれの場合も、自転車の運転者は一言の詫びの言葉
も発せず立ち去っていった。

大地震・大津波など大規模災害の際に、被災者が互いに譲り合う
モラルの高さや物盗りなどの犯罪が少ないことが報道されるケース
は多いが、次第にその状況も悪化しつつあるとも聞く。
バブル崩壊以来、経済が長期的に低迷している中で、他を思いやる
気持ちも含め物心面のゆとりが薄れつつあるのかもしれないが、
謙虚さをもって日本社会の美徳・美風を大切にし継承していきたい
ものである。
企業活動のグローバル化が進み国際交流が一層進展し、2020年の東
京オリンピック・パラリンピックの開催も控え観光立国化が進展す
る中で多くの外国人を迎えるに当たって、他者への配慮・思いやり
・ルールやマナーの遵守がより大切になっていると考える。
そのために、学校教育の果たす役割は重要であるが、この点に関し
、新渡戸稲造氏は、その世界的な名著「Bushido」(武士道)の中で、
「日本人はどうやって道徳を身につけるのか」との問いへの答えに
ついて熟慮した結果として、同氏が学んだ道徳の教えは学校で教え
られたものではなかったと述べている。
そのことは、家庭や社会から学ぶところがより大きいということを
示している。中でも、人格形成の基盤たる家庭における教育が要で
あり、我々、親世代も含めた一人ひとりが、そのことを認識・自覚
し大切にしていきたいと思う。
概ねここに書いてある通りであるが、細かいところを
言えば、技術的には日本の伝統工芸の素晴らしさを
忘れている。
日本の職人の腕は古くから世界一とも言える。
古くから職人は仕事に誇りを持っていたのである。
しかし、その誇りを持つためには技術的にも精神的にも
厳しい修行時代があったはずである。
それが先の大戦の敗戦によって、目先の金に目が行く
ように洗脳させられてしまったのである。
その洗脳が一番深かったのが残念ながら団塊の世代と
それに前後する世代であろう。
現在50代後半から70代が最もいけない。
この年代のものが上辺はわかっているつもりでも、
実際はわかっていないのである。
こういう方たちが家庭で子供の教育をしたりすれば、
その子供は哀れである。
もし、それらに教育された子供が親になり、その子に
教育しようものなら負の連鎖である。
言っては何ですが、今のフィリピンの貧困家庭の様な
ものである。
丁度今の内閣がやっていることと同様である。
良く言うと”安倍”は今の政策が良いと思ってやって
いるはずである。
洗脳された人間は何が何でも「金・金・金」である。
海外に金を撒き散らし、国内の金が足りなければ何が
しかの増税である。
これが丁度先の年代に当て嵌まる。
知らないのであるからどうしようもない。
人の意見を取り入れる余裕もないのである。
こういう人間が家庭で教育など出来るはずがないし、
やらない方が良い。
本文中にある新渡戸稲造は先の戦争前の人間である。
そのころなら、誰でも日本人の常識・道徳観を
持っていたのである。
結論から言うと、団塊の世代は何もしない方がよい。
この洗脳に凝り固まった頭を治す、教育しなおすのは
並大抵の努力では無理。
今、小中学校以下のお子さんのいる親の再教育が
急務である。
それはメディアを介して行う以外近道は無い。
メディアによってその親たちは洗脳されたのだから
メディアによって修正するべきである。
国賊放送と言われるNHKも珠には良い放送もすること
がある。
そういう番組を作った連中を中心に洗脳修正番組を
ドンドン作るべきである。
民放も金にはならないかもしれないが、番組制作者の
誇りにかけて洗脳修正番組を作るべきである。
新聞同様!
今のフィリピンにいる団塊の世代前後を見るとよく
わかる。
悪気は私も含めて本人にはないのであるが、住んで
いる家が豪邸であったり、高級なものを買ったとか、
降級リゾートへ言ったとか、すべて金の掛かることを
中心にブログを書いているように思う。
日本に住んでいたらそのようなことが半分も出来るかと
思うぐらいである。
道徳心?常識感の欠如した人たちが非常に多いように
思う。
そう、私も含めてそういう人でなければフィリピンなんぞ
に住めないのかもしれない。
日本に住んでいなくて、日本は良かったのかもしれない。
