前回が一つに字数で入りきれませんでしたので、続きです。


藤原肇・本澤二郎 瀕死の日本いかに救うか-総括なき国の行末に

は未来はない―

.html
(抜粋引用)
本澤 ナチス思想と人脈がワシントン経由で松下政経塾と稲盛財団

につながったという藤原さんの見方からいくと、松下政経塾の初代

内閣の今後が心配されあるいは内外政策においてどんな事が予測さ

れますかね。
藤原 中田宏前横浜市長は皇国史観の信奉者で、「つくる会」の教

科書を採用した。神奈川県の前知事松沢成文も政経塾の出身者でし

た。
本澤 政経塾はつくる会ともくっついている。
藤原 そうすると、横浜市で育った人間は完全にそういった思想、

考え方を持つようになる。そういう人間が神奈川に始っていろんな

ところから出てくる。
本澤 横浜の前市長、中田宏は狂信的だったし、東京・杉並区の山

田宏前区長も皇国史観教育を進めている。
(略)
本澤 そうですね。僕は韓国のインターネットでそれをチェックし

た。確かに指摘されるようなつくる会と政経塾の癒着、これは埼玉

県でも同じようなことがある。現知事の上田清司は、政経塾のOBで

はないが、民主党時代(衆議院議員)に政経塾とくっついた。です

から埼玉県の教育政策は、矢張りグニャグニャになってきています

。そして東京には超右翼の石原知事がいる。

藤原 知事は全都道府県に何十人もいる。それから国会にも自民と

民主に分かれて政経塾のOBがいるわけだし、結局、あなたがPHPが司

令塔だと言ったけど、まさに台湾派と繋がっている。
本澤 そうですね。
藤原 台湾の国粋派の国民党は、皆、サンケイ(産経新聞)と繋が

っているし、李登輝は、本をPHPから出版している。小林よしのりと

の対談も出している。  PHPは、金がいくらでもあるから外に向っ

て使い、国民党をPHPの虜にし、世界の反動、極右やモサドとも繋が

っている。
本澤 確かに、民主党の政経塾OBを調べた時に分かったのは、彼ら

は皆、台湾派だ。中国に行って中国の悪口をガンガン言う。  彼ら

は、口舌の徒として訓練されているから、自民党の右翼よりもやり

方が上手い。一見すると何んとなくごまかされてしまうが、冷静に

分析すると、やっていることば正に極右そのものだ。  松下(パナ

ソニック)の莫大な広告費で、新聞、TVなどのメディアは一切、報

道しない。本当に恐い時代になっている。昔は、自民党の中にはリ

ベラル派が存在してブレーキ役になっていたんですけどね。
(略)

藤原 実は、それは英国が得意とすることで、苦からアメリカは、

英国のノウハウを真似しているだけだ。  例えば、ローズ・スカー

シップという、英国帝国主義の支配者の番犬を育てるために、アメ

リカ人と英国のコモンウェルズの中だけから選んで、オックスフォ

ードで教育している。それを真似したのがフルブライト奨学金です

。日本人でも可成りフルブライトで洗脳されて帰ってきているのが

いる。小田実のようにべ平連で活動した者もいるし、いろいろ面白

いのがいる。竹村健一もフルブライトをもらって米国の広報マンだ

った。  奨学金の流れの中で、逆に稲盛財団はそこに金を渡して日

本から送り出し、洗脳されて帰国する。

本澤 自民党の高市早苗も超右翼で、アメリカの政治家の秘書まで

やったと、肩書きにありますね。

藤原 それにコロンビアとジョージタウンは、それぞれ5パーセント

の特別が粋があって、声をかければ入れてくれる。小泉進二郎も、

能力とはまったく関係なくコロムビアに入れた。
本澤 彼はたしか関東学院大学中退だったらしいですね。親(小泉 

元首相)が離婚したりして家庭が複雑だったり、いろいろ事情があ

ったんでしょうが、とにかく勉強が大嫌いで、いってみればまとも

じゃなかったらしい。だいたい、政治家のセガレでできの悪いのは

みなアメリカ留学だ。安倍晋三もその一人ですね。
藤原 それを暴露したのが霍見芳浩だった。民主党最高顧問の渡部

恒三の息子の恒雄もジョージタウンで教育を受けている。
本澤 渡部恒三のセガレがジョージタウンですか。
藤原 そう。だから渡部恒三は、水戸黄門とかなんとかいって、徹

底的に小沢一郎を叩く側についている。
(略)
藤原 しかも、アメリカには大学だけでなくシンクタンクもあり、

そこで洗脳される。その典型的な例がバーグステインのアメリカ国

際経済研究所だ。実は、そこに客員研究員として留学していたのが

朝日新聞の船橋洋一だ。
本澤 (納得したようにうなずきながら) あ~-。
藤原 特に朝日の政治記事がおかしくなったのは、船橋以降ですか

らね。
本澤 CIAリストに載っているというインターネット情報も出てます

ね。
藤原 アメリカ国際経済研究所で船橋と同僚だったのが竹中平蔵。2

人は「IT革命」という共著を出している。
本澤 へえ~、あら、あら、ですね。
藤原 僕は日本人がどうして気が付かないのか、と思っているが、

誰れも書かない。
本澤 知らなかったですね。是非活字にして欲しい。  朝日が急に

おかしくなって、僕は朝日の講読を止めた。友人の政治家は、記事

が余りに酷いために東京新聞にしたが、当時朝日を止めたという人

が周りに一杯いた。  今の話で思い出すのは、日本記者クラブで前

のアメリカ大使がさよなら記者会見をやった時に、船橋が、大使を

べ夕褒め、礼賛するような紹介をするんで、この人は新聞記者じゃ

ないと思いながら聞いたことがあった。彼の弟子たちが、今も幅を

利かしている。
藤原 船橋は最初、ニーマンフェローでハーバードに行っているん

です。ニーマンフェローは将来、編集長とかトップに近くなる人を

アメリカがスカウトする。その後、彼はアメリカの総局長になった

が、その時に、たしか1989年だったと思うが、「通貨烈々」という

本を書き、朝日新聞から出している。その「後書き」を読むと、バ

ーグステン所長に対して感謝感激雨霰のことを書いている。アメリ

カ総局長ともあろう人がとんでもないと思った。  バーグステン所

長は商務長官を勤めたピーター・ピーターセンの子分で、ピーター

は正にデービス・ロックフェラーの後を継いだ、アメリカの対外政

策を進めるCRF(外交問題評議会)の中心人物。 リーマンブラザー

ズの会長もやっているし、今は潰れかけている投資ファンド、ブラ

ックストーンの創設者でもあり、日本を喰い荒らしている。ソニー

に甘い話を吹き込んでコロンビア映画の買収を進めたのも彼だった

。日本は彼らに弱味を握られており、知らないのは日本人だけで、

北京も台湾、韓国もみな知っている。
(略)
本澤 松下政経塾は、思想的な部分で、今おっしゃられているよう

なナチス的、カルト的というか、何かいかがわしさが、アメリカと

の結びつきのなかで分かり易く理解できたわけですが、ひとつの財

閥がその資金力によって、政界とそしてわれわれが何時も忘れがち

な霞ヶ関、つまり官界、僕は官閥と呼んでいるが、実は、この官僚

が一番ワルでして、政経塾はしたがって、その官閥とくっついてい

る。財閥、官閥そしてワシントンという三角型が民意とは無関係な

形で内外政策を出してくる。  そうすると、われわれが今、一番心

配している原発の処理問題、これは収束なんかできっこない。特に

、僕の個人的な思いもあるのですが、東芝です。東芝製の福島3号機

はプルトニウムを使っている。プルトニウムは半減するのに2万4千

年かかるといわれているが、これが今、地下水と海水に流れている

。これに蓋をかける役割を今の政権は担っている。  昨日 (8月

31日)、経団連の財閥出身の会長が、野田政権に感動するようなメ

ッセージを出していることでも頷ける。身内の政権ができたという

思いなんでしょうね。つまり、政経塾は、松下の代弁者のみならず

財界、財閥と一体の政権だ。真の意味での日本の国民であるという

視点が、当然ながら欠落している。  特に僕は、1972年の日中国交

正常化の時に、政治記者になって初めてアジア、中国と向き合った

という印象が強いわけですが、あの時は「アジアの平和と安定」が

原点だった。台湾は別として、その基本理念と衝突する政権ができ

てしまった。日本は東アジア共同体という形でなんとか盛り上げれ

ば、新たな繁栄に向けた日本再生のきっかけを作れる筈だが、政経

塾政権はこれに全く関心を示していない。ワシントンの言いなり。

中曽根、小泉政権の傀儡といわれる所以ですね。
(略)
藤原 プルトニウムは茶さじ一杯で一度に数百万人を殺せる。
本澤 数百万ですか(驚く)。
藤原 それが日本には45トンもある。いざとなったら日本は核武装

すると、韓国や中国の新聞に書いてある。
本澤 キッシンジャーも、中国に行って「日本はいずれ核武装する

だろう」と言っているが、彼は中曽根の本心を見抜いていたわけで

すね。
藤原 いや、むしろキッシンジャーから「お前は核武装をやれ」と

言われていると見た方がいい。アメリカにしてみれば、日本が被爆

してくれたらこんな有難いことばない。今度の福島事故でも友達プ

ロジェクトときれい事を言っている が、あれは日本を助けるためで

はなく、アメリカとして万一、核爆発があった時の対応のためのデ

ータを集めているにすぎない。アメリカの常套手段だ。  日本人は

、福島原発の爆発事故をエネルギー政策の失敗と位置づけて見なけ

ればいけない。  では、石炭から石油、そして今の主力となってい

る天然ガスの後には何がくるかとなると、水素ガスしかない。ハイ

ドロカーボンという一つのシステムの中で、最初は木だったものが

石炭になり、石油になり、天然ガスになり、次に水素ガス、このパ

ターン以外エネルギーはない。原子力は一見すると発電コストが安

く見えるが、それはウラニウムを買って発電した間の計算であって

、ウラニウムの開発費用、運転した後のゴミの処理費用などは計算

外になっている。
(略)
藤原 しかも、財務省は増税すれば問題が解決すると、寝ぼけたこ

とを言っている。たしか2002年だったと思うが、アメリカで「ネバ

タ・レポート」というのが出た。

本澤 ありましたね。

藤原 このレポートでは、日本の財政は破綻しているから、まず国

家公務員の給料を3割カット、退職金はゼロにする。そして、預金の

4割を財産税として没収するとか、株の取引に課税するなどいろいろ

なことが報告されていた。  実際問題として今必要なのは、増税で

はなく、国会議員や国家公務員の歳費や人数を半分にするといった

ことから始めたらいいのに、政治家や役人は自分のことは全然やろ

うとしない。民主党が政権をとった時のマニフェストにも、そうい

うことが揚げられていたはずなんだが…。
本澤 そう、役人の大リストラをやると約束した。自公政権がやっ

てきた予算編成にも真っ向からメスを入れると約束したはずだが、

それもやっていない。それが弱い者いじめの消費税の増税ですから

ね。  銀行がパンクした時、国民の負担によって救済されたが、今

メガバンクとそれに繋がっている巨大企業、財閥はそれこそ数百兆

円も内部留保を保有しているのに、国民のために使うという発想は

全くない。
(引用終)
(追記終)

(追記2012/01/19)
これまで、松下幸之助が創価学会の池田大作と親しく交際していた

という事実を確認できなかった。共著も出しているくらいだから、

付き合いがあったのは確かだが、”親しく”という程度であったか

どうかがはっきりしなかった。ところが、昨年に出版された週刊朝

日の記事では、親しい交際の様子が伝えられている。また、予想度

通り共産党だけを計嫌いしている様子がわかる。

民公連携につながる、政治の原点と「新党構想」 松下幸之助と池

田・創価学会名誉会長
(引用)
週刊朝日2011年11月25日号配信
"経営の神様"松下幸之助氏と、公明党の支持母体である創価学会の

池田大作名誉会長の20年にわたる親密交友の歴史は、時を経て永

田町に大きな影響を与えつつある。果たして民公連携は実現するの

か。今回は、幸之助翁の政治観の原点、そして幻の「新党構想」に

迫る。
 与野党間で、ようやく大震災の復興関連予算を盛り込んだ「第3

次補正予算案」成立の見通しが立った11月7日、民主党と公明党

の"距離感"を巡って、ある興味深い動きがあった。  野田政権が同

日に予定していた、外務省出身の高野博師・元公明党参院議員の内

閣官房参与(外交政策担当)への起用を先送りしたのだ。「ねじれ

国会」の下で公明党とのパイプ強化を狙った"妙手"が、逆に公明党

側の猛反発を買ってしまったからだった。 〈公明幹部は、菅直人首

相(当時)が自民党の浜田和幸参院議員を政務官に引き抜いたこと

を引き合いに「政権側が公明党との距離短縮を狙っているのだとし

たら愚の骨頂。浜田問題の公明版だ」と激怒した。支持母体の創価

学会幹部も「一気に冷めた。民主党政権は肝心なところで手法を間

違える」と批判を強めていた〉(8日付朝日新聞)  一触即発の様

相である。もっとも、これは表面的な反応でしかない。創価学会関

係者がこう明かす。 「『公明党が激怒』といっても、これはもう収

束しましたよ(笑い)。というのも、実は高野さんの参与起用話は

事前に学会上層部に入っていたらしい。ところが、公明党には伝わ

っておらず、人事を報道で知った公明党幹部が激怒したというわけ

です。状況がわかって、当然、党内のボルテージは一気に下がりま

したね」  公明党側にそうした"お家事情"があったとはいえ、せっ

かく見つけた連携のきっかけをみすみすつぶすとは、野田政権も相

変わらず詰めが甘い。  本誌が報じてきたように、松下政経塾の第

1期生である野田佳彦首相は、松下幸之助氏が胸に抱き続けてきた

政治への思いの"結晶"のはずだ。松下氏は、戦後の長期政権で堕落

した自民党を見限り、それに取って代わる健全な政治の育成を目指

した。その"志"は、政経塾から生まれた初の宰相に、きちんと受け

継がれているのだろうか。  松下氏は、創価学会の池田大作名誉会

長(83)と初めて会ったころ(1967年)、いよいよ強く政治

を志向していた。その背景にあったのは、強烈な「政治不信」だっ

た。  松下政経塾が79年に設立されたとき、松下氏はこう語って

いる。 「日本の様子を見ていて、10年ほど前から『これはいかん

な』という感じがしたので、なんらかのかたちで、こういうことを

やる必要があるのではないかと考えていたのが、ようやく今日の姿

で実現するはこびとなったわけです」  その思いの強さは、73年

秋から始まった松下氏と池田氏の往復書簡からもうかがえる。お互

い150問ずつ質問を挙げたそのやり取りで、政治に関する質問の

ほとんどは松下氏から投げかけられたものだった。  本誌が37年

前、この往復書簡を連載した際、担当者だった元朝日新聞編集委員

の村上義雄氏(77)も、 「松下さんは政治の現状を憂えていた。

長く続いた自民党政権、つまり保守政権への強い疑念があった」  

と指摘するのだ。  財界のカリスマである松下氏に、そこまで政治

を憂えさせたもの--その原点は終戦直後の記憶にある。  松下氏

の片腕で、松下電送(現・パナソニックシステムネットワークス)

元社長の木野親之(ちかゆき)氏(85)が証言する。 「松下電器

がまだ中小企業だった1925(大正14)年、松下は周囲に推さ

れ、大阪市の連合区会議員になったことがありますが、このとき、

政治は自分の本分とは違うということを思い知りました。それから

は、実業家は政治に口を出さず、自分の本業をまっとうすべきだと

考え、行動した。それを変えさせたのは、ダグラス・マッカーサー

元帥の存在でした」  松下電器は戦後、連合国軍総司令部(GHQ

)によって約5年間、財閥指定を受け、空中分解の憂き目にあった

。松下氏は「公職追放」され、松下電器の創業メンバーとして苦労

を共にした義弟の井植歳男氏(後の三洋電機創業者)らとも別れる

はめになった。 ◆「間違ったのは国の指導者や」◆ 「戦時中は軍

需産業に組み込まれ、松下個人の印鑑で多大な借金をしてまで戦闘

機や戦艦を造らされた。ずっと忍従してきたのに、戦後になってみ

ればこの仕打ち。国の運営がよくならないと、経済も成り立たない

ということが身にしみました。それと同時に、人心が離れていくこ

とも経験しました。そして悩みに悩んだ末、もっと人間の心に焦点

を当てて経営をしなきゃいかんという考えに変わりました。松下が

PHP、つまり『繁栄によって平和と幸福を』という運動を推し進

めていったのもこのころからです。その流れの延長線上に池田先生

との出会いがあったのです」(木野氏)  こんな逸話がある。  

松下電器が財閥指定され、苦しんでいた時期のある日、松下氏は友

人の大邸宅を借りて、戦前からの幹部社員たちを集め、すき焼きを

囲んで慰労した。  その最中、席を外して庭に出た松下氏が幹部の

一人にこう語りかけたという。 「もう松下も、おしまいになるかも

わからんな」  そして、独り言のようにこう続けたというのだ。 

「しかしね、僕の経営のやり方が間違っていたわけやないからいい

んや。間違ったのは、国の指導者や。日本政府のやり方が間違うた

んやから、それはしょうがないな......」  政治への強烈な不信感

は、松下氏の胸にはっきりと刻まれていたのである。  財閥指定が

解かれ、再び実業に邁進した松下氏が、PHP運動を再開させたの

は61年、社長退任がきっかけだった。そして、政治塾を最初に構

想したのが65年秋だったという。  ただし、松下氏が政治とのか

かわりを強める際に、初めから政治塾の創設だけを考えていたわけ

ではなかった。語るのは、松下電器労組の中央執行委員長を約20

年間にわたって務め、後に同社常務になった高畑敬一氏(81)で

ある。 「幸之助さんは当時、本当は『新党』を作りたかったんです

よ。そのころ私も相談に乗ったんですけどね、幸之助さんにはこう

言って反対しました。『新党結成は慎重にやってもらわないと大変

ですよ。カネもいるし、時間もかかる。なにより既成政党を壊すの

は大変なことです』ってね。結局、新党はダメだという話になって

、政経塾を作ろうという方向にいったのです」  松下新党--もし

も、これが実現していたら、その後の日本はどう変わっていたのだ

ろうか。  新党構想を断念した松下氏は、これまで本誌が報じてき

たように、池田氏を相談相手にしながら政経塾構想を固め、この2

人の"縁"で、松下労組と創価学会も距離を縮めていった。 「当時、

創価学会と共産党は『創共協定』(74年)を結ぶなど、良好な関

係にあった。そこが結束したら困るので、私どもがしっかり公明党

を応援しようという意識もあった。幸之助さんは、政経塾出身者が

政治家になるときは『共産党以外ならどこでもいい』と言ってまし

たね」(高畑氏) ◆首相の同期には公明党の市議も◆  実は、政

経塾出身者のなかで唯一、公明党に所属する議員がいる。野田首相

と同じ第1期生の吉田謙治・神戸市議(55)だ。その吉田市議が

言う。 「私は政経塾に入ってから学会員になりました。当時、私は

政治家志望ではなかったのですが、政経塾の事務局の人たちからは

『考え直したほうがいい』という反対の声が多くてね。それで、か

なり身構えて松下塾頭にご報告に行ったところ、いとも簡単に『(

池田氏は)大変すごい方なんだから、いいんじゃないか。直接ご指

導を受けることは難しいだろうけど、いろいろ勉強していきなさい

』と言ってくれたことを覚えています」  吉田氏は卒塾後の91年

、統一地方選に出馬して神戸市議になった。そのときの経緯を、先

の木野氏が語る。 「松下と池田先生の会談の際、第1期生にこうい

う人間がいる、と私が水を向けたんです。そうしたら松下は『そら

、公明党から出たらええな』と言い、池田先生も『お引き受けしま

しょう』となった。そんないきさつがあったんです」  まさに阿吽

の呼吸と言えよう。再び吉田氏が言う。 「私自身は松下さんとそう

いう話をしていませんが、政経塾と公明党の関係は、実際に選挙に

出たときに感じました。ほかの政経塾出身者も、選挙のときは公明

党や創価学会にかなり世話になっているはずです。その根本には松

下さんと池田先生の長年の親交があり、それが今日まで続いている

のです」  2人の往復書簡をまとめた『人生問答』(聖教文庫)の

前書きで、松下氏は池田氏との出会いについてこう綴っている。 〈

この若さで、このまま成長されれば、将来、国の発展、人心の開発

に非常に貢献し、日本の柱ともなる人だと思った〉(75年9月) 

 一方、池田氏は85年10月30日付の朝日新聞夕刊の記事で、

こう語っている。 「国家が繁栄しないと商売は繁盛しない、という

松下さんの国家観とは食い違いました。二人だけの対話ではケンカ

もありました。明治人と昭和人ですからね」  確かに当初、2人の

考えには食い違いがあった。しかし、その関係性は次第に"違う一面

"を見せていくことになる。 「松下は、池田先生との出会いによっ

て大きく変わった。いわゆる『生命哲学』に耳を傾けていくのです

」  両氏の20年にわたる交流のすべてを見てきた木野氏はそう語

る。  次号では、2人が肝胆相照らすようになるまでの心の軌跡を

追う。(つづく) (本誌・鈴木毅)
(引用終)
(追記終)

(追記2012/04/10)
松下政経塾はもういらない
(抜粋引用)
国会議員となった者は政党内での出世を目指し、若い塾出身者たち

は選挙の候補者にしてもらおうと先輩の議員とコネ作りに励む。彼

らの欲望は、いつしか幸之助の野望を完全に飲み込んでしまった。

政治家としてのビジョンもなければ、覚悟もない。それが国民に見

抜かれてしまった結果、政経塾出身者への厳しい見方が広まること

になった。政経塾が誕生して14年後、塾出身者は新党ブームという

チャンスを掴んだ。それからさらに20年近くを経て、同塾出身の首

相も誕生した。しかし今、国民の間には深い幻滅があるだけだ。そ

ろそろ私たちは松下政経塾からも、そして幸之助が抱いたような「

維新幻想」からも卒業する時にきている。幕末の志士ならまだしも

、現代の政治家とは、塾で養成されるようなものではない。
(引用終)
(追記終)

(追記2012/04/14)
「紙の爆弾」 藤原肇と本澤二郎の対談:暴走する”松下ホモ人脈”

が日本を潰す!?
(抜粋引用)
本澤 まず政経塾の思想や政治教育は、皇国史観に基づく超国家主

義ということを理解しないといけません。それ以上に問題なのは、

母体となった松下電器の巨大な広告費です。松下財閥の広告費の魅

力に抵抗できるメディアが日本にはない。結果、日本の大手マスコ

ミは政経塾政権の危険性について批判することもなければ、批判的

な見解を持つ人の意見も記事にしないし、日本がいかに狂っている

かも報道しません。 松下(現パナソニック)、トヨタ、東電の広告

御三家が日本を支配し、大本営発表で国民を編し続けてきたから、

日本は再び亡国の危機に見舞われているのです。 
(略)
藤原 政経塾第一期生の野田が首相になり、ファシスト的な思想で

政治を動かすという点。これは、中曽根内閣以来三〇年ぶりといっ

てよく、超国家主義路線が日本に君臨したことになる。本澤さんが

「予言」した通り、無能を露呈した菅内閣は、ぶざまな迷走と醜態

を曝けだして自滅し、ドサクサのなかで野田内閣が登場したわけで

すが、これは「羊の皮を被った狼」内閣です。
本澤 「ドジョウ内閣」を自称しても、野田首相はA級戦犯の存在を

否定し、大東亜共栄圏の復活を目指す点で、財界の操り人形にすぎ

ないですからね。なにより、組閣の前に財界を表敬訪問している。
(略)
本澤 政経塾OBの政治家には、地方自治体の首長が多い。民主党と

自民党にも送り込まれで、日本の政治を動かしているんです。米国

に送られて洗脳された者が多く、その洗脳の機関がジョージタウン

大学のCSIS(戦略国際問題研究所)。そこは米国におけるナチスの

地政学の砦です。また、京セラの稲盛財団が資金を提供し、イエズ

ス会が支配しているという事実を知り、これには唖然としました。 
(略)
CSISを設立したデイビッド・M・アブシャイア(博士)
(中央)


と稲盛和夫は「アブシャイア・イナモリ・リーダーシップアカデミ

ー」をCSIS内に作った。稲森は、生前から松下幸之助と昵懇で政経

塾の世話人となってきた。その稲森が典型的な「ジャパン・ハンド

ラー」であるCSISに、政経塾メンバーを送り込むという構図ですね


本澤 政経塾は民主、自民にのみに塾生を送り込んでいると思っで

いましたが、すでにみんなの党にも潜り込んでいます。 
 -衆参合わせて自民が六名±三名、民主が二五名±二名、首長が

二名ですが、これにみんなの党も加わっている、と。
本澤 一〇年の参院選で当選した江口克彦なる人物です。彼は、な

ぜか、みんなの党の最高顧問となっています。そして江口は松下幸

之助の側近中の側近。江口は松下の意向を受けで、松下政経塾の司

令塔であるPHP研究所の社長になっでコントロールしていたんです。

その人物が最高位に就任している以上、「みんなの党」は松下政経

塾政権の別働隊と分析できる。人気上昇中のみんなの党にも、すで

に唾を付けでいたわけですよ。 
 - 「みんなの党」の資金源は何なのか、疑問視されていました

が、江口を通じて松下財閥である可能性が高い、と。根っこは政経

塾政権と一緒となります。
(引用終)
(追記終)

(追記 2012/06/03)
元々、親米(拝米)思想の組織なのに、米に対立する(表面上)中

国にもいいようにアシラワレテいるとは、なんたる組織か。お粗末

きわまりない。

“松下政経塾”と中国の関係…スパイ疑惑で脚光

6011539019-n1.htm
(引用)
2012.06.01
 在日中国大使館の李書記官によるスパイ疑惑が深刻化している。

書記官は、中国人民解放軍総参謀部の情報機関「第2部」の所属な

がら、野田佳彦首相も学んだ松下政経塾の特別塾生や、東京大学付

属機関の研究員として、日本の政財界中枢とパイプを築いたという

。「経営の神様」松下幸之助氏が立ち上げた同塾は大丈夫なのか。

「幸之助氏は存命中、『中国は、経済はいいけど政治はダメだ』と

言い続けていた。このため、松下政経塾は以前、中国からの海外イ

ンターンを受け入れていなかった」こう語るのは同塾関係者だ。と

ころが、1989年に幸之助氏が亡くなると、状況はしだいに変わ

ったという。「日本企業が中国市場への進出を拡大し、日本の政財

界が中国政府のご機嫌を取るようになった。そのころから、松下政

経塾は中国からの海外インターンの受け入れを始めている。いまで

は20人近くの中国人卒業生を出しているはずだ」彼らが塾生とし

て日本で学び、「親日派」になるならそれでもいい。しかし、関係

者は「塾に、そんな機能や力量はない」といい、続ける。「海外イ

ンターンは『松下政経塾』という看板を使って日本国内を自由に動

き、色々な人と会うことができる。官庁も企業も『松下-』という

名前だけで信用してくれる。いわば彼らは自由な通行手形を得てい

るようなもの。それを利用すればどうなるか。今回の疑惑は一例で

はないか」松下政経塾は、松下幸之助氏が「新しい国家経営を推進

していく指導者育成のために」と設立した。その崇高な理念を悪用

しようとした組織や輩がいるなら許されることではない。塾側も十

分な注意が必要ではないか。(安積明子)
(引用終)
(追記終)

(2012/07/22追記)
兵頭正俊 ‏@hyodo_masatoshi
「はたともこ」の調べによると、「衆院民主党の松下政経塾25名中

23名が消費税増税法案に賛成、小沢新党参加者ゼロ」と。これは実

に面白い調査である。これで松下政経塾の正体は明確になった。対

米隷属、官僚隷属、財界隷属の、成り上がり集団だな。「国民の生

活が第一」に入らない筈だ。
(追記終)

(追記 2012/10/18)
「私の知る限りマスコミエリートと松下政経塾出身の政治家は性格

的によく似ている。みな口先人間である」
(抜粋引用)
森田実氏のツイートより。
野田首相、玄葉外相ら松下政経塾出身の政治家はあまりにも幼稚で

あり、政治家には不向きである。それに、あまりにも思い上がって

いて、高慢・傲慢で指導者には不向きである。
(引用終)
(追記終)

(追記2014.01.18)
創価学会の集まりに呼ばれました
(抜粋引用)
宇宙根本の原則に沿った経営。
無限の未来の原野を開拓していく。
宇宙根源の法則に自分が乗った時に人は強くなれるということ。
それに乗るために、「素直な心」「手を合わせる心」が必要だと。

松下氏と池田氏の理念は一致していったようだ。

妻に、「この信心しかありません」といわれたのが、木野氏の学会

入会動機だったそうだ。
池田氏の言葉から、松下の経営の流れを作っていった。
そして、会社のポストの人、運転手にも信心を進めていったそうで

ある。

しかし、その「正しい信仰」を妨げる働きが出てくる。
労働組合や幹部で大問題になったそうである。
「PHPは創価になったのか」、と。
周りは、アンチ学会ばかり。
しかし、これから本当の信心が試される、と。
「南無妙法蓮華経」を唱えると、生命の底から勇気が出てくる。最

初から信心をやり直そうと思ったそうである。

そんなとき、大阪にいる松下さんからわざわざ「池田先生にお会い

したい。案内してくれ」
大石寺で、池田と松下の対談が実現したのである。
全員が学会に入会。(場内拍手)
売上げも45度に上がり、みなさんの使っているファクシミリも日

本一、世界一になった。

ご本尊、祈りの力を実感した。

木野氏は、一度急性心筋梗塞で倒れ救急車で運ばれたが、池田先生

からネクタイの贈り物をいただき、「これからもますます活躍して

欲しい」と。
学会の集まりに老齢ということでさぼっていかなかったら間違いな

く死んでいた。
そのおかげで現在も元気にやって、生命哲学の講演をしている。

題目が宇宙根源の法則。成功との歯車。一緒に「南無妙法蓮華経」

を。

松下氏は、日本に創価学会がある限り安全だ。池田先生を中心に世

界はまるくなる。35年前から先生の偉大さを命をもって知ってい

た。

そんな松下氏も病に倒れたが、南無妙法蓮華経の題目をあげて背中

をさすると、硬直していた身体が元に戻ったという。

池田氏に松下幸之助は、「真の礼」をした。真の礼をしたのは、こ

のときがはじめてだったという。
松下はこういった、「池田先生のことを『お父様』と呼ばせてくだ

さい」。
池田氏はこう返す「いえ、私こそ松下先生のことを『お父様』と・

・・」
いっこうに埒があかないので、
二本指を出して「二人のお父さん」。これでどうでしょうか。
松下氏は膝を叩いて、「それはいいですね」。

最後に、木野氏は、信心は本当にすごいと語る。宇宙根源の本質と

一体化した大いなる自己に目覚める。
誰にでも世界一になれる能力をどこかでもっている。信心をした人

だけ、それが分かる、と。
そうして功徳が受けられ、創価学会が大発展した、と。
(引用終)
(追記終)

(追記2014/12/16)
安倍自民圧勝の“最大の協力者”は民主党・野田前首相だった
(抜粋引用)
総選挙に圧勝した安倍政権は平和憲法をかなぐり捨て、戦後体制を

転覆させる……これが今、現実に起ころうとしていることだ。この

“クーデター”の最大の協力者は民主党の野田前首相という見方も

ある。
「民主党の中でも、野田前首相や前原元外相といった松下政経塾出

身の政治家は、安倍首相と根っこは一緒。特に野田前首相は、自民

圧勝という最悪の結果を招いた戦犯です。政権交代にかけた国民の

期待を裏切って、“自民党野田派”と呼ばれるほど自民党化し、最

後は民主党をブッ壊して、安倍独裁政権を誕生させた。野田前首相

のヒドイやり方のおかげで、2年経っても民主党への信頼は少しも

戻っていません。民主党を壊滅的な状態にした松下政経塾が安倍首

相に“大政奉還”をしたようなものなのです」(本澤二郎氏=前出

(引用終)
(追記終)

(追記2015/5/15)
カルトの世紀 道徳再武装MRAと松下政経塾 banchou
には以下の記述があります。"創価学会と公明党を自由に操る友人・

池田大作" 池田大作とは決して浅からぬ関係であったことがわかり

ます。
(引用)
松下政経塾の原点は、共産主義から自分の企業を守るにはどうした

らいいかを真剣に考えた松下幸之助が、アーノルド・トインビー

(007で有名なイギリスの 諜報機関MI6の創設者でもある)にその研究

委託をしたところ、ロックフェラー系の研究所の指南・報告を受け

て、MRAに加わるようになったことにある。
その設立の動機には、創価学会と公明党を自由に操る友人・池田大

作へのあこがれがあったとも言われる。
(引用終)
(追記終)

追記2017/05/05)
はじめの部分にある「言動」表現の不適切な箇所を修正しました。
(追記終)