
私が高校の頃、我が家が始めて引越しをした。
私にとっては生まれ育った所からの引越しは初めての経験であり
一抹の寂しさを覚えたものである。
最も生まれたのは港区の愛育病院であるのだが。
私が子供の頃はへその緒を桐の箱に入れて病院がくれたそうで、
母が大事に保管していたものである。
そんな想い出のある家から引越しした先の家の斜め向かいに
三笠宮邸があったのである。
閑静な高級住宅地であり、外を歩いている人もたまにしか見ない
ような地域である。”長者丸”引越しした当時の町の名前である。
昔、白金長者が広大な敷地に屋敷を構えていたそうな。
三笠宮邸は残念ながら敷地に入った事は無い。
表から見る屋敷はさほど大きいようには見えなかったが、古い
洋館といった面持ちであった。
屋敷の門が開くのは何方かが出かけるときで黒塗りの車が
日に数回出入りするぐらいに思われた。
近所付き合い等と言うものはこの地域には無い。
したがって三笠宮様の家族の顔を見たのも数回だったように思う。
しかし、こうして逝去されてみるとなんとなく想い出すものである。
昨年の12月2日に皇室では最高齢の100歳になられたとか。
昭和の生き証人がまたお一人逝かれた。
昭和天皇が崩御したニュースを聞いて、ポッカリと何か穴の開い
た思いがしたように、これで昭和天皇のご兄弟は皆逝かれてし
まったのか・・・
参考までにといっても何の参考にもならないと思いますが、
三笠宮様のご家族の写真でも。


瑶子女王殿下

桂宮宜仁(かつらのみやよしひと)親王 第二男

高円宮 憲仁親王(たかまどのみや のりひとしんのう) 第三男







