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              2015年1月2日新年一般参賀でお出ましになる三笠宮崇仁親王様




     私が高校の頃、我が家が始めて引越しをした。

    私にとっては生まれ育った所からの引越しは初めての経験であり

    一抹の寂しさを覚えたものである。

    最も生まれたのは港区の愛育病院であるのだが。

    私が子供の頃はへその緒を桐の箱に入れて病院がくれたそうで、

    母が大事に保管していたものである。

    そんな想い出のある家から引越しした先の家の斜め向かいに

    三笠宮邸があったのである。

    閑静な高級住宅地であり、外を歩いている人もたまにしか見ない

    ような地域である。”長者丸”引越しした当時の町の名前である。

    昔、白金長者が広大な敷地に屋敷を構えていたそうな。

    三笠宮邸は残念ながら敷地に入った事は無い。

    表から見る屋敷はさほど大きいようには見えなかったが、古い

    洋館といった面持ちであった。

    屋敷の門が開くのは何方かが出かけるときで黒塗りの車が

    日に数回出入りするぐらいに思われた。

    近所付き合い等と言うものはこの地域には無い。

    したがって三笠宮様の家族の顔を見たのも数回だったように思う。

    しかし、こうして逝去されてみるとなんとなく想い出すものである。

    昨年の12月2日に皇室では最高齢の100歳になられたとか。

    昭和の生き証人がまたお一人逝かれた。

    昭和天皇が崩御したニュースを聞いて、ポッカリと何か穴の開い

    た思いがしたように、これで昭和天皇のご兄弟は皆逝かれてし

    まったのか・・・


   参考までにといっても何の参考にもならないと思いますが、

   三笠宮様のご家族の写真でも。


 
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     三笠宮崇仁親王、妃 百合子殿下



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三笠宮崇仁親王 第一男 



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妃 信子 殿下 (現副総理 麻生太郎 妹)

                  

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                彬子女王 殿下


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              瑶子女王殿下



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                桂宮宜仁(かつらのみやよしひと)親王 第二男



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               高円宮 憲仁親王(たかまどのみや のりひとしんのう) 第三男



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          高円宮 妃 久子 殿下


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                       高円宮承子女王殿下


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             高円宮典子女王殿下  (現在 千家典子・、出雲大社権宮司千家国麿の妻)


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                 高円宮 絢子(あやこ)女王殿下



 
    三笠宮家男子はいづれも早逝しており、百合子殿下逝去・

      信子 殿下逝去、彬子女王殿下降嫁、瑶子女王殿下降嫁

    により三笠宮家廃絶となります。

        尚、現在の宮家は秋篠宮・常陸宮・三笠宮・高円宮の四家

     ですが、常陸宮家にはお子が無く、三笠宮家も上記の通り、

    高円宮家も女子ばかりですので、この先秋篠宮家にもうお一方

    以上男子の誕生があるか、悠仁親王が即位し男子を2名以上

    もうけなければ宮家は全て廃絶となってしまいます。

    日本の皇族の先行きが心配されます。