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三橋貴明

【現世に決してない言葉】
From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

今般の参議院選挙と同時に行われた鹿児島知事選挙で、
全国で唯一稼働している九州電力川内原発(同県薩摩川内市)
の停止を公約に掲げた元テレビ朝日コメンテーターの三反園訓氏が、
4選をめざした伊藤祐一郎氏を破って初当選しました。

三反園氏は無所属ながら民進党、社民党の支援を受け、伊藤氏の
多選を批判し、「トップが変われば新しい鹿児島をつくれる」と
訴えて選挙戦を展開、地元の反原発派に加え、伊藤氏の県政運営
に批判的な一部の保守層の支持も得たことで勝利しました。

三反園氏は早速、「熊本地震を受けて、原発をいったん停止して
再点検すべきではないかと県民が不安に思っている。
安全性が確保されていない原発を動かすわけにはいかない。
原発のない社会をつくるという方向にどう持っていくかが
トップの役割」(7月11日「NHK NEWS WEB」)と
述べましたが、川内原発は、福島第一原発事故後に設けられた
原子力規制委の新しい基準に基づいて運転を認められたものです。

熊本地震をきっかけに反原発運動が活発化しています。
参議院選挙の公約にも「反原発」「脱原発」を掲げた候補は
少なくありません。「原発のない社会」をめざすという意見は、
もちろんあってよいのですが、それが空想や妄想の類ではなく、
「実現可能」な理想として語られるには、極力正確な事実認識と
科学的な知見に基づく必要があります。

熊本地震発生後に川内原発の運転停止を求める署名が
インターネット上で呼びかけられ、5月6日の時点で12万4千人
を超えたという報道がありました(平成28年5月7日付産経新聞)。
同紙はこうした動きに対し、《揺れ想定の70分の1なのに不安あおる》
と題し、〈原子力規制委員会は「現状で安全上問題はない」と
科学的根拠を挙げて地震の影響を否定。有識者もリスクは小さい
と強調しており、過度に不安をあおる反原発活動の非科学性が
浮き彫りになっている〉と訴えました。

〈布田川(ふたがわ)・日奈久(ひなぐ)断層帯で今回起きた
地震の規模は最大でマグニチュード(M)7・3。規制委は
川内原発の審査で、この断層帯が動く最も強い地震をM8・1
と想定している。Mは1違うとエネルギーが32倍、2違うと
1千倍になる。
ただ震源に最も近い川内で観測された最大の揺れの強さは、
わずか8・6ガル。審査の中で、耐震設計上設定された最大の
揺れ(基準地震動)は620ガルで、今回の揺れは想定の70分の1
程度でしかない〉(同)というわけです。

福島第一原発事故直後の計画停電の記憶も薄らいで、原発が稼働
していなくても電力は足りているではないかと発言する向きも
少なくありませんが、原発停止の代替である火力発電の燃料費負担
は増加し、東日本大震災が発生した平成23年度からの3年間だけで
計9兆円超に達しています。これは消費税3%分がほぼ海外に
流出した計算になります。

「電気は足りている」というのは、いくつもの負担増の上に成り立
っているわけで、原発稼働がゼロでも問題ないということではない。
川内原発を2基とも停止した場合、九電の収支は月100億円規模で
悪化することが見込まれ、企業収支や雇用など地域経済に悪影響を
及ぼしかねません。それでも不安だから止めろというのならば、
悪影響を受け入れる必要があります。どちらもイヤだというのは
虫がよすぎますね。

各原子力発電所は、安全性を高めるために様々な努力をしています。
それが足りないと批判する場合、ではどこまで追求すれば認めるの
かを明らかにすべきで、全く認めないのであれば、原発によって
享受し得る利益を放棄する意思を明らかにすべきです。
それならば整合性があります。

しかし、現実に人が生きる世にそんな無矛盾性が求め得るか。
どこか不合理や理不尽を承知の上で生きていくのが人間の宿命で
はないのか、と私は思っています。

「安心して暮らせる社会を」と国民が望み、政治家や役人が
「100パーセント安心して暮らせる社会をつくります」などと
言うとき、私はそこに観念の遊戯とでもいうべき無責任、欺瞞を
感じざるを得ません。「安全性」は科学的な指標ですが、
「安心」は人の心の問題、感じ方である以上、「みんなが絶対安心
できる」などという保証は現実には存在しようがない。

しかも、科学がどんなに発達しても、人間は「運命」から逃れられ
ないし、運命は人の世に「安心」を保証しない。
曽野綾子さんが人間にとって必要なのは、〈「安心して暮らせる」
などという現世に決してない言葉に甘えることの愚をはっきり悟る〉
ことと語っているのに私は共感します。

不安や恐怖から生じる判断に疑いを持つ強さを持ちたいものです。
原発や放射線については(それだけではありませんが)イメージや
ムード、センチメントが事実認識の目を曇らせているように思います。

私は原発や放射線の専門家ではありませんが、たとえば以下のような
事実は知っておかねばと考えます。
日常生活において私たちは誰もが自然放射線を浴びていて、
世界の一人当たりの年間放射線量(平均)は2・4ミリシーベルト
であること。

国連科学委員会の2000年の報告書によれば、年間
1・5~3ミリシーベルトの線量域に住む人々は、たとえば
イタリアで全人口の71%、ハンガリーで53%、デンマークで69%、
ベルギーで76%、香港ではなんと85%に及ぶ。人工放射線では
全身のCTスキャン1回の放射線量は6・9ミリシーベルト、
胃のX線集団検診では0・6ミリシーベルトを浴びる等々。
福島第一原発の事故を受け、政府(環境省)は年間の被曝線量が
20ミリシーベルトを超える地域を「特別除染地域」に指定して
国が除染を行い、20ミリシーベルト以下~1ミリシーベルト以上
の地域は自治体が除染を行い国が財政支援するとし、
この除染作業は続けられているわけですが、では先に挙げた
線量の国々は国民を危険に晒したまま放置していることになる
のでしょうか。

それとも原発事故によって放出された放射線は特別危険なのか…。
???いくつもの疑問符がそのままにされ、イメージやムードに
よって科学的な知見がなおざりにされてはいないか。
原発は安心!と強調したいわけではありません。
いつかも書きましたが、「正しく怖がる」ことの大切さを喚起
したいのです。

太陽光や風力などの再生可能エネルギーについても、たとえば
100万kW級の原発1基と同じ年間発電量を風力発電に期待すると
なると、必要な投資額は原発1基約3600億円に対し、風力は必要
基数約2000で投資額は約1兆2000億円。必要な敷地面積も
原発が約1・6平方キロメートルに対し、風力は約124平方
キロメートルという試算があります
(「総合エネルギー調査会第10回新エネルギー部会資料」等)。

何事につけ「いいとこ取り」はできないという現実を承知して
生きるしかない。負担も、我慢も、犠牲もあり得る──。

『黒部の太陽』という映画をご存知でしょうか。昭和43年に
公開され、石原裕次郎と三船敏郎という二大スターの共演が
大きな話題を呼んだ作品です。戦後復興から経済成長へと向かう
時代にあって、電力供給は文字通り国の死活問題でした。
そのために急峻な渓谷に大規模な水力発電のためのダムを造る。
その難工事に挑んだ当時の人々の気概と辛抱強さは、今日同じ
日本人とは思えないほどです。とくに指導者の覚悟と度量が
いかに現場を動かし、事態を変える力になるか。

富山県の黒部川上流にその建設を決断した関西電力社長の
太田垣士郎は、トンネル工事を視察した折、危険をかえりみず、
大苦戦している破砕帯の切羽の先端まで行こうとして止めようと
する部下たちにこう語ります。
「危ないって君、みんなそこで仕事してくれているんじゃないか。
仕事をいいつけた僕が、行かないという法はないよ。」
(木本正次著『黒部の太陽』)

さらに、 「金は幾らでも使ってくれ。機械は世界中で一番いいのを
使ってくれ。すべては僕が責任を持つ。君たちは何も心配せずに、
ただトンネルの貫通だけに、全力を尽くしてくれ。」(同)
こう言われて部下たちは大いに奮い立ちました。そして太田垣は
言葉どおり“捨て金”も惜しまず、安全対策も当時としては最高水準
を追求しました。
延べ990万人の労働力を投じ、結果的に171名もの殉職者を出した
黒四工事全体の竣工式が行われたのは昭和38年6月。
太田垣は、工事完遂を見届けるように翌年3月にこの世を去りました。
人生を何事かに注力し、燃焼し尽くした、ということだと思います。
あえて単純化していえば、そうした姿に「戦前の日本人、少なくとも
戦前の教育を受けた日本人」の凄さを感じます。

何事であれ絶対安全でなければ…という空疎な議論に日本人は
逃げ込んではならないと思います。現実は決してそんなわけには
いかないことを、誰もが内心ではわかっているはずなのです。

今回も取りとめのない一文になってしまいました。
蛇足かも知れませんが、もう一つ別の角度からの事実を。
昭和21年(1946)から平成27年(2015)までの日本全国の
交通事故死者数(累計)を調べてみました。
その数、実に62万6000余。私たちは約70年の間に自動車という
文明の利器によってこれだけの人命を失ったのです。
「交通戦争」と言われたその犠牲者を数えながら、私たちは
クルマとの共存という選択をして現在に至っています。


    これを書いた上島嘉郎氏について

    筑波大学名誉教授中 川 八 洋氏は自身のブログの中で

    このように書いている。

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

第一節 狂気が進む西尾幹二の“金日成史観”
 産経新聞は、二〇〇六年秋、雑誌不況といわれる時代に
十六年間も黒字を続けただけでなく、実売数十一万部越えまで
達成した、雑誌『正論』の名編集長・大島信三解任・追放した。

今では、実売数は二万部以下で、論壇誌の体をなさない
“ゴロツキ民族系たちの低級ゴミ雑誌”に成り下がったが、
馘首される直前の大島が最後に編集した『正論』
二〇〇六年十一月号は、実売数で六万部をはるかに越えていた。
雑誌『妄論』となった、日本に有害危険な暴論ばかりの
産経新聞『正論』

 社会的に影響ある論壇誌『正論』を一気に三分の一の
「実売二万部以下」にしたA級戦犯こそ、大島の後を継いで編集長に
なった、高卒で“ワルの朝鮮人”上島嘉郎。背後にいつも数名の
北朝鮮人が控えていて、威嚇や脅迫もためらわない
“論壇の暴力団”を自他ともに認める上島嘉郎こそ、大島信三を
追放すべく産経新聞社内に大島を讒謗する流言飛語の策謀を実行
した張本人。上島嘉郎の大島編集長追放クーデターに上島の片腕
として暗躍した“ゆすり・たかりの常習男”が、現在『正論』
編集長となった小島新一。

 産経新聞社の人事腐敗のひどさは、朝日新聞の比ではない。

ー 以上抜粋


    また、文中に出てくる曽野綾子さんの言葉で

曽野綾子さんが人間にとって必要なのは、〈「安心して暮らせる」
などという現世に決してない言葉に甘えることの愚をはっきり悟る〉
ことと語っているのに私は共感します。」


    これはいただけませんね。

    何で人間として『安心して暮らせる』と思うことが甘えであり

    ”愚”なのでしょうか?

    私は曽野綾子さんの小説を読んだりテレビで見た限りでは

    以前は素敵な人だなあと思っていました。今では真逆です。

    曽野綾子さんの言葉を一部ご紹介しましょうか。

"「避難所で救援物資を当てにして待っている避難者は甘え過ぎだ。
避難する時に寝具を担いで逃げるのは当たり前。自分ならガス漏れの
心配のない所ですぐに火を熾して米を炊く。
必要なものが手元にないのなら、その辺で調達してくる才覚も必要だ」"
出典2011年10月23日のブログ|叫びたい日々ー若さの秘訣
新潟県中越地震について


"学校その他に避難した人たちは、ラベルのついた新しい毛布を
支給されていた。一晩のことに何でそんなに甘やかさねばならない
か私はわからない。避難したら新聞紙を床に敷いて、何枚も重ね着
をして眠って当たり前だ。それがいやなら、早めに毛布や蒲団
(ふとん)を背負って避難するだけの個人の才覚の訓練が要る。
お弁当なども行政は配る必要はない。"

出典2011年10月23日のブログ|叫びたい日々ー若さの秘訣
平成16年台風23号について


"出産したらお辞めなさい"

出典週刊現代Online
出産したら育児休暇を取らずに辞めなさい。


"曽野 「こんなにひどい津波は見たことがない、一千年に一度の災害、
と言われていますが、予想の範囲を超えていて、誰にも責任はないこと
をハッキリしないといけません。その代わり、決められていたよりも手
を抜いてつくられていたものに対しては、厳罰を下す。
そこを分けて考えないと、誰もやる人がいなくなります。

 私は水力発電のことしか知りませんが、建設には仕様書があって、
どこまでの事態を想定するのか、決壊したら何トンの水が何分後に
どこに到達するのかが考慮されています。しかし、それを考えるのは
東電ではありません。そもそもの想定が甘かったなら、責任は東電では
なく設計側にあります。」"

出典『WILL』2011年6月号 「昇一の美女対談」


"「私は、未だに答えのない疑問を持っているんです。「避難所が寒く
て凍えそうだ」「低体温症で体調を崩している」「温かいものが食べら
れない」という報道がありましたが、あれはなぜ? 
そこらじゅうにあんなに薪があるじゃないですか。瓦礫の処理が
大変だと言っていますが、どうして木片は燃やさないんですか。"

出典『WILL』2011年6月号 「昇一の美女対談」


"放射線の強いところだって、じいさんばあさんを行かせれば
いいんですよ。何も若者を危険にさらすことはない。私も行きますよ。
もう運転免許は失効していますが、あそこは私有地だから無免許
でも構わないでしょう(笑)。"

出典『WILL』2011年6月号 「昇一の美女対談」


"私は定年制には大賛成で、ある程度、歳がいった老人は黙ってろ、
と思うんです。"

出典『WILL』2011年6月号 「昇一の美女対談」


"性犯罪に遭った被害者にも落ち度がある"

出典2009.11.25 曽野綾子 被害者に落ち度 |
 石原都知事の女性差別発言を許さず、公人による性差別をなくす会


"「太田氏という人は分裂症なのだろうか」"

出典曽野綾子「ある神話の背景」批判2の2 - 原爆と戦争責任


"「二次方程式などは社会へ出て何の役にも立たないので、
このようなものは追放すべきだ」"

出典曽野綾子さん三浦朱門さん事件にみる問題解決の放棄について
 - butiPanther's blog


"「かっぱらうことも、盗むことも「生きる力」である。」"

出典教育改革国民会議第1分科会(第2回)・議事概要


"「人間を大人にするのは、文学、お芝居と音楽であると言って良い。
それに対して、自分が全くそれにコミットしなくて、あたかも人生を
味わったように思うバーチャル・リアリティは悪である面が多い。」"

出典教育改革国民会議第1分科会(第2回)・議事概要


"「どうしても赤ちゃんを育てられない母親が、子供を安全に捨てる
ための制度であり、装置である」(赤ちゃんポストについて)"

出典曽野綾子 - Wikipedia


"「なぜその時、女子大生は『キャアー』と叫び、『何するのよ!』
 と知事のほっぺたをひっぱたかなかったのか」「後から裁判を起
こしたりするのは、女性の甘えである」"

出典時代の風(毎日新聞1999年11月7日掲載)
横山ノックセクハラ事件について


曽野綾子 - Wikipedia より


    如何でしょうか?

    もちろん良い事も沢山仰っているのでしょうが、

    Wikipediaでは上記の言葉がありました。

    人間性が全くないと言ってもよい方のようで

    この方が以前”日本会議”のトップをやられていた

    そうです。日本会議ご存知ですよね。

    安倍普三始め国会議員の多くの方や財界のトップ人が

    多く参加なさっている、日本を動かしているとも言われ

    ている集団です。


    本文の筆者は科学まで引用して原発推進をこの文章で

    しています。

    これを取り上げる三橋貴明さんも原発推進論者です。

    TPP反対で名を馳せた元京都大学の先生、現職、特許庁・

    制度審議室長 中野 剛志(なかの たけし)さんも

    原発推進論者です。

    おかしいですよね!

    生命の根幹に関わる原発を推進しているのですから・・・

    この方たちも、戦後洗脳教育のおかげで『命より金』に

    なってしまったのでしょうか?

    『米軍基地がなくなったら、地域経済に多大な損害を

    与え、関係している人の仕事がなくなる』

    おやまあ、ここでも”金”ですか。

    今の日本は”さもしく”なってしまいました。

    手っ取り早く”金”を掴むのではなく、仕事がなくなれば

    働ける方は創意工夫・努力して、生きるのに必要な仕事を

    作る・見つけてください。

    その先には『安心して暮らせる』が見えてきますよ。

    希望も将来もない日本であってはなりません。

    そして人類全体が希望あるものにしたいですね。

    そして額に汗して働き生きるのに必要な最低限の金を掴み

    ましょうよ。

    人生は山あり谷ありと言うではないですか。



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             京の月刊誌 より

                 今日の 後ろ姿



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 京の月刊誌 より


      いつも 笑顔で いましょうね。