
横断歩道を目の不自由な方が渡ろうとしています。
偶々一緒に渡ろうとした、あなたなら何と声をかけますか?
①『私も向こうへ行くので一緒に行きましょう』
②『私も向こうに行くから一緒に行ってやるよ』
③『私も向こうに行きますので一緒に行っても宜しいですか?』
一番良いのは誰でもわかるとおり③でしょうね。
身体に障害のある方は恩着せがましいのを嫌がる人もいます。
『ご一緒させていただいても宜しいでしょうか』がベストですが、
あまり畏(かしこ)まった言葉でもと思い③の通りにしました。
政治は広く国民全体、或いは現代は世界まで見なければ
いけない状態でもあります。
しかし、国内に問題が山積みしている時はまず国内7・8割
余った力で国外でしょうね。
今、日本は大事な時期に来ています。
以下に掲載する記事をお読みください。
今の政策は弱者に優しいか?
ここに掲載する記事は小さいことでしょう。
しかし、国民一人ひとりの問題にも対処できないで
外国ばかりを気にしていると言ってもいい政策はいかがか
とも思います。
小さな地域地域の問題は地方自治体が行うのが筋でしょうが
基本は国の政策にあります。
本当に日本は幸せな国と言えるのでしょうか?
足元を固める政策を期待します。
日本国民が一人でも多く ”この国に生まれて来てよかった”
と思えるように・・・
「どこにも行かないで」震災、障害児の心に傷 壁に体当たりし
頭血だらけ、お漏らし…異変相次ぐ
西日本新聞 6月9日(木)
地震後、不登校になった優衣(奥)と祐一。「車の中でないと
食欲もわかない」という=5月29日、熊本市
不登校や発達障害がある子どもたち約30人が暮らす熊本県益城町
の児童心理治療施設「こどもLECセンター」。震度7に2度も見舞
われ子どもたちに次々と異変が現れた。
「怖いから、どこにも行かないで」。親から虐待を受け、
アスペルガー症候群の疑いがある高校3年の鮎美(17)=仮名=
は4月14日の前震後、職員に腕を絡ませ、離れなくなった。
未明に本震が襲った16日の夜には、廊下をうろつき、相談室に1人
で閉じこもって壁に体当たりを繰り返した。頭が血だらけになって
いる鮎美を職員が6人がかりで止め、病院に連れて行った。
突然裸になり、お漏らしをする男子中学生、気絶する小学生。
一方で、高揚したようにしゃべり続ける子もいた。「もともと
情緒面に課題がある子どもたちが地震の恐怖にさらされた。
心の傷は深刻だ」と、宮本裕美施設長(52)は語る。
全国から臨床心理士、精神科医ら約30人の専門家が施設に入り、
心のケアに当たった。1週間ほどたつと子どもたちは表面上は
落ち着きを取り戻した。
ただ、東日本大震災では数カ月後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)
などの症状が現れるケースもあったという。宮本施設長は「震度7に
2回遭うという未曽有の経験をした子どもたちに、いつ、どんな症状
が出るのか誰も分からない」と懸念する。
地震後、校舎に入れず不登校に
熊本市に住む大石恵子(43)は中1の長女優衣(12)、小3の長男
祐一(8)=いずれも仮名=が、ともに発達障害を抱えている。
前震の時、3人で寝ていると寝室の家具が次々に倒れてきた。けがは
なかったが、2階建ての自宅は外壁の一部が崩れ、その日から近くの
公園の駐車場で車中泊を始めた。
中学校に入学したばかりの優衣は「卓球部に入りたい」と、学校再開
を楽しみにしていた。だが、再開した学校で亀裂が入った廊下の壁を
見ると怖くなって学校に通えなくなった。祐一も建物を怖がり、
一度も学校に行くことなく不登校になった。
自宅も、子どもたちが滞在できるのは1日3時間が限界。大半は車の中
で過ごす。子どもたちは夜は怖がって眠れず、昼に寝る昼夜逆転の生
活。優衣は「なぜかイライラする」と精神安定薬を飲み始めた。きょうだい
げんかも絶えない。
7年前に離婚した恵子は、パートで月給5万円の介護の仕事をしながら
子育てをしてきたが、子どもたちの異変で仕事に行けなくなり、
今は無収入。
5月下旬、恵子は「学校の花壇を見に行こう」と祐一を誘った。
祐一は校庭までは入ったが、やはり校舎には入れなかった。
スクールカウンセラーからは「慌てても逆効果。少しずつ寝る時間
を戻していきましょう」と助言を受けた。
「子どもの気持ちを大切にしたい」。
そう思うが、社会福祉協議会から借りた10万円で何とか食いつなぐ
この生活を続けるのは難しい。「早く学校に行ってくれれば助かる」。
子を思う気持ちと厳しい現実の間で悩むが、答えは出ない。
=2016/06/09付 西日本新聞朝刊=

今日の 後ろ姿

いつも 笑顔で いましょうね。
