
公共の役所・大方の企業は今日から新年度です。
昨日まではお伝えした通りの諸事情で大変失礼いたしました。

PCの方も体調も然程好転した訳ではございませんが、体調は
一時の死にそうな時よりは少しはマシになりました。
この国に来て、体調不良で死ぬ目を見たのは二度目です。
まあ歳ですから、それ相応に仕方が無いとは言へ、あと30年は
現役で人間をやっていようと思っている人間にとっては、厳しい
ものがあります。
それでは本題に。
少し前のことで、私もブログに書きましたが改めてMAG2 NEWS
より、書かせていただきます。
MAG2 NEWS
原発差し止めの重い意味。司法は「原発と政権」
にストップをかけられるか?
(2016年3月18日)
先日、大津地裁が高浜原発3、4号機の運転差し止め
を命じました。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』
の著者・新 恭さんは、あくまで原発再稼動にこだわる
安倍政権に真っ向から立ち向かうかのような決断を下した
山本善彦裁判長を大きく評価するとともに、政治権力が
裁判所をコントロールするこの国のシステムと、それに
巻かれて上役の顔色をうかがう「ヒラメ裁判官」の増殖を
厳しく糾弾しています。
"司法は原発に本格ストップをかけられるか"
再稼働した関西電力高浜原発3、4号機の運転を差し止める
仮処分が決まった。
「決定を出すには大きなプレッシャーがあったはずで裁判官
に深い敬意を表したい」
大津地裁の山本善彦裁判長に対し、住民側弁護団長、井戸謙一
弁護士が発した談話。「プレッシャー」という言葉に実感が
こもっていた。
井戸自身が金沢地裁の判事だった2006年、北陸電力志賀原発
2号機の運転差し止め判決を出した経験を持っている。
国策である原発推進にストップをかける重圧は、はかりしれない。
この国の裁判官が、ひたすら自らの良心に従い、国策より市民
の命を重視した判断を下すケースはきわめて稀である。
最高裁を頂点とするヒエラルキーに組み込まれ、「そつなく
事件処理」をしてゆくための歯車の1つにされている。
裁判官というより、官僚、役人に近い。この官僚的組織の
総本山が最高裁事務総局であり、個々の裁判官は出世のために
総本山の意向を忖度する、いわゆる「ヒラメ裁判官」になりがちだ。
原発差し止め仮処分を決定した山本善彦裁判長について、
井戸自身は「差し止めを認めてもらえる可能性は高いと
思っていた」と語っている。同じ高浜原発3、4号機に
ついて2014年11月、住民らが再稼働差し止めを求めて
大津地裁に仮処分の申し立てをしたさい、山本裁判長は
それを却下しているにもかかわらずである。
そのとき、住民側の「再稼働が目前に迫っている」という
訴えに対し、山本裁判長は却下の理由をこう述べた。
「規制委員会がいたずらに早急に、新規制基準に適合する
と判断して再稼働を容認するとは考えがたい」
ところが規制委は2015年2月、新基準に適合していると関電
にお墨付きを与えた。福井地裁の再稼働差し止め仮処分の
取り消し(同年12月)を経て、関電は再稼働にこぎつけた。
山本裁判長の見通しとは異なり、再稼働は早期に容認されたのだ。
ならば、山本裁判長は自らの論理構成を崩さないためにも、
今回は差し止め仮処分を決定する必要があった。井戸弁護士が
「差し止めを認めてもらえる可能性は高い」と判断していた
理由は、そんなところにあるのだろう。
先般この決定に対して、三橋貴明さん等が『大津地裁の判決は、
原発の「ゼロリスク」を求めるもの』と断定し、マッチや交通事故に
なぞらえて記事にしておられましたが、それに対して私の反論
記事を載せました。
今日の本文の記事も同じことを言っています。
この差し止め判決を言い渡した山本裁判長を是とした物です。
司法界においては勇気ある判断だと思いますし、判決内容にある
国策より国民の命が一番!と言う意味のことは良識ある者に
とっては常識です。
三橋さんはキッと何かの迷いであの記事を書かれたのだと思い
ます。
国民の命より、国策の方が大事と言うのは戦時下の悪しき判断
でしかありません。
現政権は時として、その悪しき政策を度々行っているようです。
目覚めよ日本国民!

今日の 後ろ姿

いつも 笑顔で いましょうね。
