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 のんたんのデジタルな風景より 借用



     いるのですよね!

    世界には・・・

    私は日本人にもノーベル賞を辞退した方がいると思っていました

    が、残念ながらそういう気骨のある方はいませんでした。

    大東亜戦争がもしなかったなら、そういう方がいたかも知れません。

    ここでもアメリカを牛耳る連中の洗脳教育の恐ろしさを垣間見た

    気がします。

    利権欲(金)、名誉欲、すべての欲が日本人を駄目にしてしまい

    ました。


『ノーベル賞を辞退した人達』

ジャン=ポール・サルトル(1905-1980) 

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1964年にノーベル文学賞を受賞。しかし
「いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない」
と言って辞退した。他にも
「ダイナマイトなる非平和的発明をした人の作った賞などは
受け取れない」

「受賞することで、人々の彼への評価・関心が彼の文学そのものから、
″ノーベル賞受賞者サルトル″になってしまうのを嫌ったから」
とも言われている。

フランスの哲学者、作家。いわゆる「実存主義」の代表的な
論客として、1960年代に各国の若者に大きな影響を与えた。


レ・ドゥク・ト(1911-1990) 

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1973年、パリ協定(停戦とアメリカのベトナムからの撤退 —)での交渉における尽力を理由にヘンリー・キッシンジャーと共にノーベル平和賞を受賞。しかし1973年当時
「まだベトナムの真の平和は得られていない」
と述べて賞を辞退したベトナムの政治家である。


この他にも

ドイツの
ゲルハルト・ドーマク氏が政治的圧力でノーベル生理学・医学賞を
辞退させられていますが、自己の意思ではありません。


ロシアの
ボリス・パステルナーク氏は同じく政治的圧力でノーベル文学賞を
辞退させられています。これも自己の意思ではありません。


    したがって今まで自己の意思で辞退したのは、フランスの哲学

    者で作家のジャン=ポール・サルトル氏と

    ベトナムのレ・ドゥク・ト氏の2名だけとなります。


    ノーベル賞は世界を牛耳ろうとする連中が授与している賞です。

    それを知っていればもっと辞退者が出たのかも知れません。


    因みに日本のノーベル賞受賞者は関西系に多いと聞きます。

    それは推薦状?を熱心に関西系の関係者が出すからと

    関東以北のノーベル賞をもらってもいい筈の方から直接聞いた

    事があります。


フィールズ賞を辞退した人

数学のノーベル賞といわれることもあり、数学に関する賞では
最高の権威を有する。
「4年に一度」「40歳以下」「4名まで」といった制限があり
ノーベル賞以上に獲得が困難な賞として見る向きもある。
過去の辞退者はわずかに1人。

グリゴリー・ペレルマン(1966-) 

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2006年、100万ドルの懸賞金がかけられているミレニアム
懸賞問題の7つの数学上未解決問題の1つ「ポアンカレ予想」
の解決に貢献し受賞。しかし、

「自分の証明が正しければ賞は必要ない」
として受賞を辞退した。後にも先にも辞退者は彼一人である。
自分の論文をあまり公表したがらない性格で、アメリカの雑誌
の取材に対しては
「有名になると何も言えなくなってしまう」
と答えている。



文化勲章を辞退した人

科学技術や芸術などの文化の発展や向上にめざましい
功績のある者に授与される日本の勲章。
章、鈕、環、綬の各部から構成される。
過去4人が辞退を表明している。


河井寛次郎(1890-1966) 

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1955年文化勲章を、名利を求めない姿勢を貫いて辞退。
河井は自身の作品にも銘を入れないほどこの姿勢に徹底
していた。

人間国宝や芸術院会員への推薦も同様に辞退している。
日本の陶芸家。陶芸のほか、彫刻、デザイン、書、詩、詞、
随筆などの分野でも優れた作品を残している。

”河井寛次郎の言葉”

 「売るという事が始まってからの物の乱れ、
わかりもしない人の好みを相手に作る事からの物の乱れ、
先ず自分の為に作らねばならない、自分を喜ばす物から
作らねばならない、
それからだ、
それからだ 」


熊谷守一(1881-1977) 

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1968年
「これ以上人が来てくれては困る」
と言い文化勲章の内示を辞退した。
日本の美術史においてフォービズムの画家。
しかし作風は徐々にシンプルになり、晩年は抽象絵画
に接近した。二科展に出品を続け「画壇の仙人」と呼ばれた。



大江健三郎(1935-) 

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1994年受章。しかし、
「私は、戦後民主主義者であり、民主主義に勝る権威と価値観
を認めない」
として受章を拒否した。

もともと文化勲章を受けたりする文学者の姿勢には批判的
である。
芥川賞作家でありノーベル文学賞受賞者でもある。

    ならば芥川賞もノーベル文学賞も拒否するべきである。
    何故なら、ノーベル賞は世界を牛耳ろうとする連中が
    出す賞だからである。


杉村春子(1906-1997) 

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1995年受章。しかし
「勲章は最後にもらう賞、自分には大きすぎる。
勲章を背負って舞台に上がりたくない、私はまだまだ現役
で芝居がしていたいだけ」

「戦争中に亡くなった俳優を差し置いてもらうことはできない」
と周りの説得も聞かず辞退した。



    その他によく知れ渡っているところでは日本には”国民栄誉賞”

    というものがある。

    これは多分に政治家の時の首相の人気取りに使われることが

    あり、辞退者が創設の期間の割りに多い。

    福本豊氏、古関裕而氏、イチロー氏らである。


    私も受賞されると若い頃は嬉しかったものです。

    それは世間と言うものを知らない年齢だったからだと思います。

    間違ってもありえないことですが、現在上のような賞を授与さ

    れるとしたら人のために歩いてきた人生ではない。

    自分の行っていることは『天知る 地知る 我知る』だ!

    と言って断ることでしょう。

    有り得ない事ですから、カッコつけたかな。

    陶芸家の方の言葉にもあるとおりです。


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                  今日の 後ろ姿



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