日本製原爆完成全文
歴史は繰り返す パート2
投稿者: bakusyukurennzu

(一部抜粋)


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「藤原 銀次郎」

戦前の三井財閥の中心人物の一人で、富岡製糸場支配人から

王子製紙(初代)の社長を務め「製紙王」といわれた。

その後貴族院議員に勅選され、貴族院廃止まで在任。

米内内閣の商工大臣、東條内閣の国務大臣、小磯内閣の

軍需大臣を歴任した。

戦前の財界には日本全国に篤志家がいたが、藤原はそのうち

でも最も代表的な人物。

藤原工業大学や共立女子大学、地方の大学や官立高等工業学校

にも多額の寄付を行っている。森林科学の知見をスウェーデン

から学び、森林保護・植林活動の重要性も説いている。

その一方で、生活は極めて質素だったといわれている。


<益田孝の長男 益田太郎は、原爆成功を喜んで戯れ唄

まで作っている。一体「三井」の何処が名門なのか?

名門だとすれば、無差別大量殺戮者の名門と云う汚い勲章

でしかない。そして、樺太の大王製紙と云えば、現東京都知事

の石原慎太郎の父親が、悪逆非道の限りをつくした場所である。

その石原慎太郎一族が、オウム真理教・円天などの巨額詐欺事件

で懐を肥やした訳である。この一族に選挙で票を入れた奴は誰だ。

馬鹿者が!>

***

1941年12月8日の『最後通牒(宣戦布告文)遅延』問題の4人組み、

 【新庄健吉、野村吉三郎、来栖三郎、岩畔豪雄】の内

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                   新庄健吉


“大日本帝国陸軍 主計大佐 新庄健吉”だけが、真珠湾攻撃前の

“1941年12月5日に死去”しているのは、<「よく出来た話が本当で

あることは滅多にない」(“Too good to be true”)>と云う事である。

新庄健吉は特務機関員(スパイ)である。今でこそ“新庄健吉”

が特務機関員である事は、白日の下に照らされている訳だが、

当時でもアメリカ側の監視下に在ったと云う報道も在るのだから、

分り易いスパイも在ったものである。しかも、生死がハッキリして

いるのは、逆に疑問が出てくるものである。つまり、“特務機関員 

新庄健吉”の本当の意味での【特務機関員としての仕事は、

アメリカ側への全面的な協力】である。それは、新庄健吉の履歴から

も理解出来るのである。「ソビエト連邦・ポーランドに軍事研究員、

支那派遣軍」等の履歴から見て、北欧諸国から欧州に旅行して

、ヨーロッパ大陸の経済・軍事関係の事情を把握していて、語学能力

も高いのだから、アメリカ側の大日本帝国軍人顧問としては、正に適任

である。公衆の面前でスパイの葬式を出したという事が、

“特務機関員 新庄健吉”が、アメリカ側の諜報機関の最大の協力者

に成った事を意味している訳である。それは、“特務機関員 新庄健吉

の肩書きが『三井物産社員』だった事が、証明している。

『三井物産社員=慶応義塾大学=アメリカ海軍』この三角点が結ばれて、

1941年12月8日真珠湾攻撃と云う、大日本帝国海軍とアメリカ海軍の

戦争演出シナリオが出来た訳である。



出口充彦グループが、米国9・11同時多発テロを指導した事と、



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寺崎英成


寺崎英成グループ(重光葵―大分県人会―慶応義塾大学グループ)が、

鬼畜米英を日本の学校で叫ばせていた訳である。しかし、寺崎英成

―新庄健吉―野村吉三郎―来栖三郎―岩畔豪雄―椎名悦三郎―

藤原銀次郎(中上川彦次郎、中上川彦次郎が引いた道)そして、

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                      野村吉三郎

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                     来栖三郎

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                     岩畔豪雄


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                      椎名悦三郎


現自民党、自民党内民主党派、自民党内国民新党派、社民党、

日本共産党の5派の政治体質に受け継がれているのである

そう云っても、“特務機関員 新庄健吉”は、顔の無い男として、

1945年9月以降の大日本帝国消失後に現れた「大満洲帝国人」

と云う経済大国(エコノミック アニマル)の先導者として存在

している訳である。これを、強いて云えば「三井物産会長」と云う

役職である。瀬島龍三がシベリアから戻って「伊藤忠商事の会長、

日本経団連、臨調のまとめ役」に出世した事に酷似している。


1945年以降、日本人が画策して来た「経済で世界を支配する戦争」

に、多大な協力をしてきたのが、アメリカ合衆国政府そのもので

ある。アメリカ政府の中でも、「クエーカー教徒とアメリカ海軍」

と云う“ゲス野朗”が浮き出てくるのである。今回、日本映画

「おくりびと」が、第81回アカデミー賞を受賞したとマスコミが

連日騒いでいる。神奈川県の湘南・逗子方面では、市役所で

“無料上映”までしているのである。“アカデミー賞”は金で買う

もので在って、財力の有無が、受賞の分かれ目である。

つまり、日本政府はユダヤ関係者に多額の賄賂を渡して、日本政府

の擁護をイスラエル政府に求めたのである。

映画の内容とは一切関係ないのが、政治的な賄賂の意味である。

日本政府の身勝手な要請を、良くイスラエル政府は受け入れた

ものである。お陰で「日本の金庫(日銀)には、一円玉も無い」

のである。日本映画「おくりびと」の賄賂として、イスラエル政府

(ユダヤ人)に支払った額は“100兆円規模”である。

ユダヤ人はベニスの商人だから、お金は受け取るが、後は知らない

と云って姿を消す訳である。ならば、始めからアメリカ政府に

「9・11テロの賠償金」として支払えば、日本は助かったのにね。

「大満洲帝国人」が何を考えているのか?と云えば「おくりびと」

に関係していた芸能人“樹木希林(66)、本木雅弘(43)、

内田裕也(69)、と沢田研二(60)”が、日本の救世主に成る

と思っているわけです。「クエーカー教徒とアメリカ海軍」と云う

“ゲス野朗”について述べると、クエーカー教徒は、明治政府の

要人の妻に成って居る事でも、その関係の深さが分る。

それでは「アメリカ海軍」と、大日本帝国との繋がりを証明できる

のは、野村吉三郎・鈴木貫太郎の両名に絞って見ると、鈴木貫太郎

は東條英機内閣が瓦解した後の一般に云われる“終戦内閣”の首相

であり、クエーカー教徒のエリザベス・バイニング夫人を、

明仁天皇(当時は皇太子)の個人教授にした海軍大将で有名である。

それでは「野村吉三郎」の戦後の役割は何か?それは、早期の

大日本帝国海軍の再建である。それを可能にしたのが“松下幸之助”

である。松下電器株式会社(現パナソニック)と日本電気は共に

「住友コンツェルン(独:Konzern)」に所属している株式会社である。

松下幸之助が電子計算機部門から早期に撤退したのは、日本電気との

競合を避ける為であった。

 戦後、企業業績が悪化していた「日本ビクター」を東芝が手放し

それを、松下幸之助が引き取り、松下電器傘下に入れたのである。

此処で、松下電器の年間の売り上げ分と同等の赤字を抱えた

「日本ビクター」を買収したのには訳があるのである。当然、

松下電器の後には「住友銀行」が付いている訳である。その

「日本ビクター」の社長に先の“野村吉三郎 海軍大将”が就任

したのである。「日本ビクター」の社史を見ると、日本ビクターは、

1927年アメリカのビクタートーキングマシン社の日本法人として

設立され、1929年にアメリカ本社が、【アメリカのRCA社】に

吸収された為に、RCAビクターとなったものである。この

「アメリカのRCA社(Radio Corporation of Americaの略)」

とは、<1919年に“アメリカ海軍の肝いり”で設立され、無線事業

が主ですが、放送事業にも進出、1926年には後に米3大ネットワーク

の1つとなるNBCも創設した。その後、1930年代から1978年頃までは

自社で真空管を製造していましたが、1979年にGEに吸収された後、

1987年にGEの家電部門ごとフランスのトムソン社の傘下に入り現在

に至る。>と云う会社の履歴をたどっている訳である。

“アメリカ海軍の肝いり”と云う点が、松下幸之助と元帝国海軍大将 

野村吉三郎の日本ビクター社長就任とを結びつけた“因子”であった

訳である。パナソニック(旧松下電器)製の

「木造軍船と木製特攻飛行機」の製造を依頼したのは、毎度お馴染

みの大日本帝国海軍参謀本部(現防衛省 海上自衛隊参謀本部)

であったのだから、丁稚奉公人上がりの松下幸之助は

「皇軍・皇軍・皇軍」と貢献して、死ぬまで“大日本帝国万歳”

を叫ぶ事に成るのである。“野村吉三郎 海軍大将”の

「大和こころ(神社本庁)の精神」を、松下幸之助も共に共有して

いたのである。その「大和こころ(神社本庁)の精神」を、政治に

具現すべく設立されたのが、松下幸之助の【松下政経塾】である。

政治に「大和こころ(神社本庁)の精神」を具現するとは、大日本

帝国の再興つまり「勝つ戦争をする」を国民と世界を巻き込んで

やるつもりでいる訳である。【松下政経塾】出身の国・県・

市町村議員を見ると、頭に“日の丸”の鉢巻をして、ハーバード

大学で「勝つ戦争」の図上演習をして、日本に帰国してくる様は、

戦前の帝国陸海軍軍人そのままである。背広をきた軍人達である。

“野村吉三郎 海軍大将”も背広をきた軍人であった様にである。

「日本ビクター」は常に赤字経営で問題はないのである。

それはHONDAと同じ「国策会社」だからである。

経営の赤字補填は「税金」で穴埋めすれば良いからである。

“野村吉三郎 海軍大将”が、社長に就任してから「日本ビクター」

が黒字になるのは当然である。

<野村吉三郎 海軍大将=日本ビクター=アメリカ海軍>この因子

の結びつきが、「大日本帝国海軍復活(現海上自衛隊)」の協議の

テーブルだった訳である。しかし、此処で、一つの疑問が発生する

のである。【アメリカのRCA社】は、「真空管技術」では評価が

高い。それは、アメリカのレーダー技術の発展に大いに貢献している

のである。<日本ビクター―東芝―松下電器―アメリカ海軍>

この関係ならば、帝国海軍技術工廠は“レーダー開発”に遅れを

とったと云うのは、別の問題を隠蔽する為の口実である。

それは、1944年~1945年にかけてアメリカ軍が、日本全土に対して

行った「日本本土の大空襲」の被害を甚大に拡大する為についた

虚偽である。大満洲帝国人(玄洋社・黒龍会=現葉山・逗子の

海軍軍人の子孫)が「日本本土」に移住する為には、日本全土を

焦土化しなければ、移住できなかったからである。

“日本製レーダーも、日本製原子爆弾も、風船爆弾も、人間爆弾も

”何でもあるのが、釈迦族である。

 南北朝時代から続くと云う事が、人格形成の唯一の因り処である

と云う「畑茂(故埼玉県知事 畑和の三男)と、二宮寛の最上家、

陸羯南(くがかつなん)」と、三井コンツェルン(独:Konzern)

=慶応義塾大学と、住友コンツェルン(独:Konzern)=京都府

・石川県・富山県・鳥取県の日本書紀から続くと云う天皇家と、

満洲帝国の暴れ者“鮎川義介”の日産コンツェルン(独:Konzern)、

三井三池炭鉱、住友赤平炭鉱、三菱美唄炭鉱、小坂鉱山、日本窒素

工業等と「松下幸之助と野村吉三郎 海軍大将」と云う図式は、

<大日本帝国海軍(パナソニック)=アメリカ海軍>と云う『戦争屋』

の繋がりを示しているものである。その事を証明すべき、最近の

出来事と云えば、09年24日午前10時半

(日本時間25日午前零時半)にアメリカのホワイトハウスで行

われた【麻生太郎首相とアメリカ大統領バラク・オバマ】との会談

である。本来この会談は実現不可能だったのであるが、アメリカ

海軍大将の斡旋で実現できたと云う報道である。

 産経新聞から<前文省略・・・・・・オバマ大統領が日本重視

に傾いたのは、元海兵隊大将で沖縄駐留経験もあるジェームス

・ジョーンズ大統領補佐官(安全保障担当)や、知日家で次期

国務次官補(東アジア・太平洋担当)に指名されるとみられる

カート・キャンベル元国防副次官補も大きな役割を果たしたとされ

る。・・・・・>これは、イラク戦争での海上自衛隊の「給油活動」と航空自衛

隊のイラク国内での「物資・兵員輸送」の軍事支援活動にも現れているし、

ベトナム戦争や朝鮮戦争での軍事作戦に、大日本帝国陸海軍人の作戦

本部が多大な貢献をしていた事でも容易に証明されるのである。巨大軍

事大国 アメリカ合衆国は、その軍事力のコントロールが出来なくなってい

る訳である。アメリカと云う巨大航空機(軍人を核とした軍需産業企業体)

が、操縦不可能状態なのである。アメリカ国防総省の“体たらく”の原因、

大日本帝国陸海軍参謀本部に乗っ取られ(Hijack)ているからである。そ

の起源は、アメリカ太平洋艦隊の“ペリー提督”を徳川幕府と共犯になっ

て、浦賀に黒船を来航させた事から始まっているのだから、昨日今日の問

題ではないのである。ヒラリー・クリントン国務長官やバラク・オバマ大統領

などは、まだ産まれても居ない時代の話である。この大日本帝国海軍と、

アメリカ海軍との繋がりで【麻生太郎首相とアメリカ大統領バラク・オバマ】

との会談が実現した背景には、国際司法裁判所長の小和田恒も絡んでい

る。小和田恒の婿先が江頭家で、其処は「海軍大将 山屋他人」の家だか

ら、海軍大臣 米内光政とも繋がる訳である。岩手県の海軍軍人達はシャ

バ僧(更生が不可能な不良)である。

小和田恒、二宮寛、東伏見慈洽、畑茂らの出口充彦グループ

(オウム真理教・ふるさとテレビ・会員制ダイニング「お取り寄せ

サロン KURIKURI」)

が、現在進行させている計画は、長野県佐久市前山1380−3に

在る<曹洞宗“貞祥寺”℡:0267-62-0325、(日仏合同座禅合宿の会場)

>に逃げ込んでいる。それは、‎貞祥寺の住職が、東京大学卒で曹洞宗門

のご意見番であり、細君は“ハワイ大学卒”の才媛で、長野県内の

殆んどの寺院が親族と云う訳だからである。“貞祥寺”が長野県知事

を選任していると云っても過言ではないのである。

この“貞祥寺”の末寺の観音寺に一時住職していた関係で、

出口充彦は“貞祥寺”と懇意な訳であるが、23年近く面識は途絶え

ていたのである。しかし、「美智子皇太后撲殺事件

(2008年12月14日16時死亡確認)」以来、聖心女子大学や日赤等

の旧美智子皇太后派が、出口充彦の極刑を望んで、激しい

“鍔迫り合い”を繰り返してきた。特に黒田清子(美智子皇太后の

長女、常陸宮が胤)の怒りは収まらないのでる。それは当然の事で

ある。去年までは、秋篠宮も黒田清子も当然徳仁皇太子、

特に雅子妃(白骨)と出口充彦(黒骨)の親密度は、周りの者でも

兄妹より濃い関係だったのである。それが、「美智子皇太后撲殺事件」

以後、出口充彦が逃げた関係で、三者の関係に隙間ができていたの

であるが、黒田清子が頭目の“聖心女子大学派”をけん制しながら、

ハワイ大学派(貞祥寺の細君と、ジャーナリスト 櫻井よし子、)

と、コクドと西武鉄道の元社長 堤義明が組んで“仲裁の労”

をとり、休戦状態になったのである。その後“2月25日に両者の

結婚が確定”したのであるが、出口充彦グループ側(慶応義塾大学派

を含む)が、黒田清子の“聖心女子大学派”に提示した空手形は、

黒田清子の生活費(皇族としての所得、年間30億円)を全額支給

すると云う内容である。当然、急場しのぎの空手形だから、黒田清子

の“聖心女子大学派”に隙が出来れば、そのときは皆殺しである。

出口充彦グループ(慶応義塾大学派を含む)の手口に変化は無い

のである。だから、現在でも悪さのし放題である事を忘れたら、

黒田清子の“聖心女子大学派”は皆殺しである。その萌芽は既に

ある。小和田恒の三姉妹(雅子、礼子、節子)が、秋篠宮紀子一家

の「殺害計画」の段取りをつけたからである。

ハワイ大学派(貞祥寺の細君と、ジャーナリスト 櫻井よし子)

も、交渉の流れ如何では、生死の境に立つ立場に成った訳だから、

戦場は「長野県“貞祥寺”(弟子丸泰仙の日本・フランス禅交流会場)」

と云う訳である。女子大学卒業者の争いに成ってしまったのである。

出口充彦を“殺人罪で現行犯逮捕”出来たのに、逮捕しなかった

皇宮警察は必要悪でしかない。09年2月17日に、ローマで開かれた

先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)終了後、ろれつが

回らない状態で記者会見し、帰国後辞任した“中川昭一財務大臣”

の最大の功績は、『美智子皇太后が、皇居内で出口充彦の素手で

“撲殺”された事を、証言した』事である。そんな簡単な事も、

日本国内では「言論統制」されて“事実の報道が出来ない”

のである。

以下割愛・・・



    一部話が飛躍しすぎているところがあるかもしれませんが、

    面白い話だと思います。


***

岩手県議会議員 飯沢匡(ただし)さんはブログで言ってます。


昔の桃太郎の歌は

「桃から生まれた桃太郎、気はやさしくて力持ち、鬼が島をば
伐たんとて、勇んで家を出かけたり。情につきくる犬と猿、
キジもなんとかお供する」

ところが近頃の歌は

「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたキビ団子、一つ私に
下さいな。あげましょう、あげましょう、鬼が島の征伐に、
ついてくるならあげましょう」

昔の歌は 仁徳と愛の政治をあらわしているが、

新しい方は

「一つ私にくださいな」は全くの功利主義、条件闘争の歌だ。

いまの政治をみて思うのだが、政党は利権獲得会社の観がある。

これおは新しい桃太郎の歌の功利主義の精神だ。

くだらない。こんなことでは政治はよくならない