
「子ども食堂」心も満腹 本紙報道で食材提供や寄付続々
2015年11月27日
2015年11月27日
貧困などの事情を抱える子どもたちに食事を提供する「子ども食堂」と、
食品を届ける「フードバンク」の取り組みを紹介した西日本新聞の記事
を受け、九州各地で食材の提供や寄付の申し出が相次いでいる。
「子どもたちに、おなかいっぱい食べてほしい」と米や野菜を届ける農
家。
「わずかな額だけど」と蓄えを持ってくる夫婦。子どもを助ける善意の輪
が広がっている。
本紙は、11月7日付朝刊で福岡県久留米市や福岡市、長崎市で取り組
まれている「子ども食堂」の様子を報じた。運営は、自費や寄付で賄う
ところが大半だ。
「金も労力も注いで、自分にはまねできない。少しでも応援させてほし
い」。
佐賀県内の自営業男性(60)は取材班にこんな声を寄せた。長崎市の
「夢cafe…ひまわり」で毎週無料のカレーを提供する川井健蔵さん
(68)に連絡を取ると、川井さんは喜んで佐賀県の男性宅を訪ねた。
2人で約30キロの米袋七つを車に積み込み終え、川井さんは深々と頭
を下げた。男性は「新聞を読んで、どうしてここまでできるのかと感心させ
られた」と語った。
「ひまわり」は昨年11月に開設。川井さんは家賃や食材費など月約10
万円を負担する。「たくさんの善意が活動を支えてくれている。格差社会
が進み、苦しんでいる子どもたちを少しでも助けたい」。活動を続ける勇
気ももらったという。
「困っている子どもたちが身近にいることに驚いた」。久留米市の自営業
女性(74)は、自身の店で取り扱う菓子やカレー粉などを同市の子ども
食堂に提供したいと申し出た。市内の別の男性(68)は記事で自分の
少年時代を思い出した。「戦後の食べ物がない時代で、つらかった。
子どもたちにそんな思いをさせたくない」。自分で育てた野菜を届ける
つもりだ。
福岡県大川市の大川昇開橋温泉は、記事を読み募金箱を設置した。
今後は、温泉で開催するイベントの収益の一部を寄付することも検討
している。支配人の百武義明さん(59)は「何か私たちにもできる
ことはないかと考えた。息の長い支援を続けていきたい」。
掲載後の数日間で、支援の申し出は40件を超えた。
◇ ◇
14日付朝刊では、生活が苦しい家庭や福祉施設に食品を届ける
NPO法人「フードバンク北九州ライフアゲイン」(北九州市八幡東区)
の活動を紹介した。バンクの連絡先も掲載すると、農家や一般家庭から
食料提供の申し出が相次ぎ、米は6人から約300キロが届いた。
ボランティアの申し出もあったという。
1600個の卵を寄贈した福岡県糸島市の養鶏業「緑の農園」の早瀬憲
一取締役(27)は「以前から、おなかをすかせた子どもたちに自慢の卵
を食べてほしいと考えていて、新聞記事が背中を押してくれた」。
バンクの原田昌樹理事長は「一人でも多くの市民が生活困窮者と食品ロ
スの問題に関心を持ち、かかわってくれることが大切」と話す。
特にボランティアが不足しており、協力を呼び掛けている。
=2015/11/22付 西日本新聞朝刊=
***
【貧困の現場から】母と子3人、所持金200円 無料食堂に響く「おかわり」
西日本新聞 12月22日(火)
街がイルミネーションで彩られ始めた11月中旬の夜。九州のある街で
、母の梓(42)と小学6年の美雪(12)、小3の直樹(9)、小2の沙織(8)
=いずれも仮名=の3きょうだいが「子ども食堂」ののれんをくぐった。
入るとき梓は少しうつむいていた。子どもたちを「ただで食べられる
レストランがあるんだ。ママも料理作らなくて楽だから行こう」と
連れ出した。「家が貧乏だと思われたくない」から、ごまかした。
子どもたちは、食堂の和室に座ると「レストランじゃないじゃん」
と口をそろえた。
でも、ミンチカツの載ったカレーライスとナシが運ばれると、子ども
たちは「すごーい、ナシだよ。カレーだよ」と声を上ずらせた。
無言でカレーをかき込み、カチカチとスプーンが皿に当たる音が響いた。
元気な声で「おかわり!」。美雪は3杯、直樹も2杯をたいらげた。
「おなか、ぺこぺこで来たんです」と梓は涙声になった。
「おなか、ぺこぺこで来たんです」と梓は涙声になった。
来たときは緊張した様子だった子どもたち。カレーを食べ終わると、
沙織が「しちろく しじゅうに」と学校で習ったばかりの九九を唱え始め、
みんなの笑い声が上がった。久しぶりのだんらん。「おなかも心も満たし
てもらった」と梓は感謝した。
「おなか減ったよ」給食以外に食べ物を口にできない日も
夫とは数年前に離婚。パート従業員としてスーパーで働き、賞味期限が
切れた食品をもらっていたため、食べるものには困らなかった。
切れた食品をもらっていたため、食べるものには困らなかった。
ところが夏にスーパーが突然閉店し、働き口を失った。貯金もなく、
月に16万円あった収入は10万円程度の失業保険だけになった。
就学援助を受けて小学校の給食費は免除されているが、アパートの家
賃に光熱費、持病を抱える子どもの通院代などの支払いは待ってくれ
ない。
豆腐ばかりの鍋やキャベツの千切りで我慢し、食費を節約してぎりぎり
の生活を続ける。
子どもたちは、給食以外に食べ物を口にできない日もあり、「おなか減
ったよ」と繰り返した。
ったよ」と繰り返した。
そんな時、インターネットで子ども食堂の取り組みを紹介する本紙の
記事を読み、「自宅近くにもないか」と探して見つかった。
すがる思いで運営者にメールを送った。「財布に小銭しかなく、
悩んでいます。子どもたちだけでもご飯を食べさせてください」
初めて子ども食堂に来た日、梓の財布には200円ほどしか入っていな
かった。
早く生活を立て直したい
「またレストランに行こうね」「今度はどんなごちそうが出るのかな」。
子どもたちも食堂を気に入った。あれから何度か通い、古米をリュック
サックいっぱいに詰めてもらったこともあった。美雪が熱を出して寝込
んだ時は、家で雑炊を食べさせることができた。
だが、失業保険はあと数カ月で切れる。来年、美雪は中学生になり学費
もかさむ。せめて高校までは行かせたい。美雪と直樹が夢中になってい
子どもたちも食堂を気に入った。あれから何度か通い、古米をリュック
サックいっぱいに詰めてもらったこともあった。美雪が熱を出して寝込
んだ時は、家で雑炊を食べさせることができた。
だが、失業保険はあと数カ月で切れる。来年、美雪は中学生になり学費
もかさむ。せめて高校までは行かせたい。美雪と直樹が夢中になってい
るサッカーも月に4千円ほどかかるが、続けさせてあげたい。
ハローワークで再就職先を探す日々。子育ての制約があり条件がなか
なか合わない。ほかの公的支援が受けられないか福祉関係者に相談し
ながら、なるべく早く生活を立て直したいと思っている。
「子ども食堂に偶然出合えて、ありがたい。生活が安定したら私が
子ども食堂に寄付して支えたい」
子ども食堂に寄付して支えたい」
この子ども食堂が開かれるのは週に1度。梓のような親子のほか、
住む家がない少女、子どもたちだけで暮らす少年たちが訪れ、寄る辺な
い生活の中でひととき、空腹を満たす。
(西日本新聞社)
この記事に出会って考えさせられるところがずいぶんある。
今、私はフィリピンにいる。
いる理由は色々とあるが、最終的には経済的なことだと思う。
年金生活者の私が今日本に戻れば、生きてるだけの男になって
しまいそうである。
この国の貧困層の中にいれば、多少は物事を考えるゆとりがある
生活が出来る。
そういう意味からこの国に感謝である。
物価は決して安くは無い。
昨日買ったキャベツはこの国の人の金銭感覚で言うと、日本で
小さなキャベツを500円で買ったのと同じである。

このキャベツ70ペソ(今日のレートーで約180円)
フィリピンの年収が日本の3分の一と仮定して180円×3=540円
日本に比べても物価が安いとは決して言えない。
それどころか、かえって高いぐらいである。
この国の貧困層はキャベツなどと言う物は滅多に口にしない。
豚肉・牛肉にしてもそうだ。
そんなフィリピンにいられる訳は、生活レベルを貧困層と同じか
ちょっとマシな程度で生活する事が出来るからだ。
日本にいればそうはいかない。
この国でメイドを使い、運転手を雇って優雅な生活をしている方は
この国の貧乏人に感謝をしなければならない。
この国の一番日本と違うところは人件費の安いことだ。
と言うことは、安い金で働いてくれる人達に感謝をしなければなら
ない。日本にいれば安いメイドでも月に20~30万円の給料を払わ
なければならない。運転手の場合は30~40万円の給料を払うの
が当然である。
その使用人2人だけをとっても50~70万円の給料を支払う
ことになる。この国にいれば大げさな言い方をすれば、メイドや
運転手の犠牲の下に雇い主がいることになる。
そのことをよく考えて、この国に感謝することを忘れてはならない
のではないでしょうか?
そうそう社交嬢の場合も全く同じであるように思う。
クリスマスはこの国に感謝する日であります。
私も困窮邦人ですがクリスマスには多少のご馳走を近くの貧乏人
の親戚の子供たちに振舞わさせていただくつもりで買出しを昨日
しました。
困窮邦人がそのようなことが出来る事に、この国に感謝です。


今日の 後ろ前姿

いつも 笑顔で いましょうね。
