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    大先輩人格者のpinsanに刺激され以下の記事を掲載します。

    西村眞悟の時事通信より

極東国際軍事裁判(東京裁判)と日本国憲法
平成24年1月23日(月)

 本時事通信が間遠になっているので、本年に入り、空いた
  時間に何に取り組んでいるかをお伝えする意味で、去る、
  二月二十一日、難波神社で行われた「大和心のつどひ」で
  話したことがらのなかから、以下、東京裁判と日本国憲法の
  関連について述べておきたい。

 我が国の戦後を考える場合、まず第一に念頭に置いておくべき
  ことは、我が国を軍事占領した占領軍のトップである連合国
  最高司令官マッカーサーというやつが、非常に嫌な、歪な性格
  の人物だったということである。

 もともとマッカーサーは、卑劣な復讐心と自己正当化の衝動が
  非常に強いのだが、こういう性格の男が、我が国の第十四軍に
  よってフィリピンのバターン半島に追い詰められ、昭和十七年
  四月、コレヒドール島から部下を見捨てて自分だけ命からがら
  オーストラリアに逃げた。

 これで、さらにどれだけ、性格が歪になるか。
 日本軍によって、軍人として世界に恥を晒すことになった
  このマッカーサーが、こともあろうに、我が国を占領する連合
  国最高司令官になって昭和二十年九月、コレヒドール島から乗
  って逃げたB17、その名も「バターン号」に乗ってきて厚木
  に降り立ったのだ。

 このマッカーサーが、日本に来て為そうとしたことは、
 「復讐を実行しつつアメリカは正義で日本は不義だと世界と
  日本人に刷り込むこと」である。

 その為に、彼が実施したのが東京裁判と他の多くの戦犯裁判だ。
 そこで、これらの裁判では、起訴状は連合国側つまりマッカー
  サー側が提出するのであるが、日本側からもその起訴状を補強
  し裏付ける文書が必要だと彼とその幕僚(コミンテルンのフロン
  ト達)は考えた。

 そして、その為の文書として日本国憲法がつくられた。
 彼は自分が屈辱を受けたフィリピンの二人の将軍に対して、
  襲いかかるように復讐する。

 かつて緒戦でシンガポールを陥落させたマレーの虎といわれた
  猛将の山下奉文大将は、フィリピンで投降したが、この山下大将
  に対して、マッカーサーは、日本に来た翌月の昭和二十年十月
  二十九日に裁判を開始し、同十二月七日判決で翌昭和二十一年二月
  二十三日に軍服も着せずに絞首して殺している。

 次は、マッカーサーをコレヒドール島から追い出した昭和十七年
  の第十四軍司令官本間雅晴中将に対して、

  昭和二十年十二月十九日に裁判を開始し、
  翌二十一年二月十一日判決、
  同四月三日午前0時五十三分死刑執行。
 この本間中将に対する判決日は紀元節二月十一日である。
 そして、死刑執行の日と時間は何か。

 四年前のその日、その時間、即ち、本間雅晴第十四軍司令官は、
  バターン半島に立て籠もって頑強に抵抗するマッカーサーを
  司令官とするアメリカ軍にたいし、昭和十七年四月三日午前
  0時五十三分、総攻撃を下命した。

 マッカーサーは、その日のその時刻に、本間雅晴中将を殺害した
  のだ。つまり、私怨を晴らした。

 私が、冒頭に、マッカーサーは実に嫌な奴だと書いた理由が
  お分かりいただけたと思う。

 それともう一つ、マッカーサーの癖が既に顕れている。
  それは、日付けにこだわる、ということだ。本間裁判の判決日、
  死刑執行日がそれだ。

 この山下、本間両将軍が死刑になるなら、日本軍と戦ったアメリ
  カ軍の全ての将軍も死刑でなければならない。アメリカ軍は日本
  の民間人を殺す目的で軍事行動をしていたからである(サイパン、
  沖縄はおろか東京、大阪、広島、長崎を見られよ)。

  更に、ベトナム戦争におけるウェストモーランド統合幕僚長も
  間違いなく絞首刑だ。

 にもかかわらず、マッカーサーが後に書いた「回顧録」には、
  自分が行った裁判は完全に正義に基づくものだったと強弁している。
  特に、本間中将の妻が、東京でマッカーサーに、「夫の助命嘆願を
  しているのではない、裁判記録に自ら目を通してほしい、そうすれ
  ば何を為すべきかお分かりいただけると信じている」と願い出たこと
  に関しても、よくもまあぬけぬけと嘘がつけるなあ、と思うほど
  誤魔化している。

 以上の通り、マッカーサーの、恨みのフィリピンにおける二人の
  日本軍の将軍に対する措置とその時の癖を述べた。
 このことを念頭に置いて、次の日付けを見ていただきたい。

 東京裁判に関して

 起訴、昭和二十一年四月二十九日(天皇誕生日)
 審理開始、同五月三日
 判決、同二十三年十一月十二日
 死刑執行、同十二月二十三日(皇太子誕生日)

 日本国憲法に関して
 公布、昭和二十一年十一月三日(明治節、明治天皇誕生日)
 施行、同二十二年五月三日(東京裁判審理開始日)
 フィリピンの本間中将裁判であれ、東京裁判であれ、精根尽
  きた敗戦後に日本国民が初めて迎える紀元節と天長節
  (天皇誕生日)にそれぞれ判決をなし審理を開始している。
 そして、連合国最高司令官司令部(SCAP)において、
  東京裁判と日本国憲法制定が、ばらばらに進行していたのではなく、
  両者は不可分のものとして同時並行させていたことは、日付けから
  見ても明らかである。
 東京裁判の審理開始の日から一周年の同じ日が、日本国憲法施行日
  とされている。
 さらに、その内容は、先に述べたように、東京裁判の起訴状を
  日本国憲法が補強し裏付ける関係に立つ。
  日本国憲法の特に「前文」を読まれたし。
  前文は、日本を戦前と戦後に分断し、戦前は「人類普遍の原理に
  反する」と宣言している。
 このことを更に裏付ける文書がある。
 それは、GHQの30項目にわたる検閲指針である。
 この検閲の根拠は、GHQの発した放送遵則と新聞遵則であるが、
  驚くべきはその遵則の内容だ。
 それは、冒頭、「連合国最高司令官(マッカーサー)は、日本に
  言論の自由を確立せんが為に・・・」とその目的を掲げ、第一と
  して「報道は厳に真実に即する旨とすべし」と定めていることである。
 連合国最高司令官は、日本に言論の自由を確立するためと厳かに宣言
  しながら、日本の言論の自由を根絶やしにする完璧な検閲を密かに
  実施していたのだ。
 何度でも言うが、マッカーサーほど嫌な奴はいない。そして、
  彼に率いられた幕僚達、彼等の本国に帰ってからの「生き方」
  を知る必要がある。
 如何なる人間であったのかが分かるからである。鼻持ちならん
  奴であったことは推測できる。
 次に、この検閲指針を三十項目全て掲げておく。
 その理由は、未だに我が国の言論は、この検閲指針通りに自己規制
  しているからである。
 従って、今こそ、この検閲指針を熟読吟味する必要がある!
 
 そもそも、現在に至るまで、学校で、日本人が日本国憲法を書いた
  と教えているのは、この検閲指針が今も生きて機能しているからで
  ある。
  安倍総理が、菅直人のアホに質問されて、「宣戦の詔書」に祖父の
  岸信介国務大臣が副署したことは過ちであったと答弁してしまった
  のは、この検閲指針が未だに生きているからだ。
 以前私がテレビで、日本を何時までも朝から晩まで非難し続け、
  時に日の丸を焼いて気勢をあげる朝鮮人や韓国人を日本人は到底好
  きになれない、と当然のことを言っただけで、スタジオの皆から
 「レッドカード!」と非難されたのも、この検閲指針が生きている
  からだ。
 本稿の主題である東京裁判と日本国憲法の関連については、
  検閲指針の①、②、③、④を見られたし。
 語るに落ちるとはこのことである。
 まことに、無念ではないか。
 検閲指針
①連合国最高司令官司令部(SCAP)に対する批判、
②極東軍事裁判批判、
③SCAPが日本国憲法を起草したことに対する批判、
④検閲制度への言及、
⑤合衆国に対する批判、⑥ロシアに対する批判、⑦英国に対する
  批判、⑧朝鮮人に対する批判、⑨中国人に対する批判、⑩他の
  連合国に対する批判、⑪連合国一般に対する批判、⑫満州にお
  ける日本人の取り扱いに付いての批判、⑬連合国の戦前の政策
  に対する批判、⑭第三次世界大戦への言及、⑮ソ連対西側諸国
  の冷戦に関する言及、⑯戦争擁護の宣伝、⑰神国日本の宣伝、
  ⑱軍国主義の宣伝、⑲ナショナリズムの宣伝、⑳大東亜共栄圏
  の宣伝、21その他の宣伝、22戦争犯罪人の正当性及び擁護、
  23占領軍兵士と日本女性の交際、24闇市の状況、25占領軍軍隊
  に対する批判、26飢餓の誇張、27暴力と不穏の行動の扇動、
  28虚偽の報道、29SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及、
  30解禁されていない報道の公表

マニラ軍事裁判
起訴された212名のうち177名が有罪となった。判決内容は、
死刑69名、終身刑33名、有期刑75名。無罪は33名、2名が釈放となった。

東京裁判(極東国際軍事裁判)
裁判中に病死した2名と病気によって免訴された1名を除く25名が
有罪判決を受け、うち7名が死刑となった。
当時アメリカ領(植民地)であったフィリピンのデルフィン・ハラニーリャ
(派遣) - 司法長官。最高裁判所判事。日本の戦争責任追及の急先鋒で、
被告全員の死刑を主張。

ラダ・ビノード・パール(インド派遣) - カルカッタ高等裁判所判事。
判事の中では唯一の国際法の専門家であった。東京裁判では平和に対
する罪と人道に対する罪とが事後法にあたるとして全員無罪を主張。

如何にアメリカ軍事指導部が外道だったかよく判る動画があります。

ユーチューブより















    アメリカを牛耳っている連中はアメリカ軍指導部の外道の冷酷

    さを知って利用しています。

    今尚それは続いています。

    そのアメリカに追随することは他でもない日本が外道の仲間入り

    をすることになります。

    そんな事でいいのでしょうか?


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                  今日の 後ろ姿


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      いつも 笑顔で いましょうね。