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 ミカンの花
 
 
     今日は正月7日、鏡開きの日ですね。
 
    昔勤めていた会社では、本社だけでも1000人以上の社員がいる
 
    のに、この日は全員にお汁粉の振る舞いがありました。
 
    昔の会社は社員は家族という意識があったのですね。
 
 
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    年末に我が家の庭で母がもち米を蒸し、餅つきを毎年やって
 
    いたことが想い出されます。
 
 
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    つきあがった餅でまず鏡餅を作ります。
 
 
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    いろいろな大きさの丸めた餅を作ります。
 
    後は暮れから正月にかけて食べる餅を平たく伸ばし、柔らかい
 
    うちに4cm×5cm程の四角に切っていました。
 
    その間に我々子供達は突き上がったばかりの熱々の餅を契り
 
    、用意してある小豆、黄粉、ごま、砂糖醤油などで食べるのです。
 
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    これは黄粉餅です。多分当時の私はこれが一番好きだったかも
 
    知れません。そうそう、大人たちは大根おろしを付けて食べてい
 
    ました。突き立てですからもちろん焼くことをしません。
 
    美味かったあ!
 
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    ”鏡開き”をWikipediaで調べてみると以下の事が載っていました。
 
武家では、などの具足に供えた具足餅を下げて雑煮にして食し、これを「刃柄(はつか)」を祝うといった。女性が台に供えた鏡餅を開く事を「初顔」を祝うといった。この武家社会の風習が一般化したものである。
刃物で切るのは切腹を連想させるので手や木鎚で割り、「切る」「割る」という言葉を避けて「開く」という言葉を使用する(「開き」は「割り」の忌み言葉)。鏡は円満を、開くは末広がりを意味する。また、鏡餅を食すことを「歯固め」という。これは、硬いものを食べ、を丈夫にして、年神様に長寿を祈るためという。
鏡餅の割れ方で占いをする地域もあり、「鏡餅の割れが多ければ豊作」と言われている。
 
    又鏡開きを行う日としては
 
一般的には、年神(歳神)へのお供えが松の内(1月7日)に終わったあとの1月11日に行われる(土日祝日などにより異なる場合もある)。元々は松の内が終わる小正月1月15日 (旧暦))後の1月20日 (旧暦)に行われていたが、徳川家光が亡くなったのが慶安4年(1651年4月20日 (旧暦)であったため、1月20日を忌日として避け、後に松の内後の1月11日 (旧暦)とされた。
 
    という訳で今日では無かったのですね。
 
    若しかしたら若いころ勤めた会社でふるまわれたお汁粉も、この日
 
    ではなかったのかも・・・
 
    今日は”七草がゆ”の日ということは頭のどこかにあったのですが
 
    鏡開きと混同してしまったのでしょうか。
 
    歳は取りたくないものですね。 
 
 
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                 今日の 後ろ姿
 
 
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  お正月の鏡開きでなく大股開き、
 
      いつも 笑顔で いましょうね。