
脳卒中・脳溢血・脳梗塞はある程度の年齢になると誰にでも
起こる可能性のある病気だと言われています。
特に血圧の高い方、糖尿病の方、などは発生率が高いと言い
死亡率も高齢者ほど高くなっているようです。
発作を起こし病院等で亡くなる方の死亡率は15%ぐらいで
死亡原因の第4位を占めていると言われます。
脳の中に血が出てしまいますので、助かったとしても障害の出
る方が多いようです。
そこで”讃岐うどんとリハビリ”さんがとても参考になる記事を
ご自分の体験から書かれていますので参考になさってください。
他にもご自分のリハビリ体験を書いたものが沢山ありますので
読んでおくと為になるかも知れません。

「 脳疾患者の気持ちは、健常者には完全には理解できないもの
と思います。家族や介護者の援助は必要ですが、脳疾患者は、
自分に負い目があり、本当はできるなら家族や介護者をわずら
わせたくないのです。しかし、リハビリは、自分ひとりではなかなか
できません。
そのジレンマに悩んでいます。
ただし、どのような優れた機械や、名薬でも、さらにはどんな立派
な名医に診てもらおうが、あなた自身が、治そうという気持ちが
なければ、治るものではありません。少しでも歩けるようになっ
たら、何かにつかまってでも、杖をついてでも、少しずつでもいい
ですから、頑張って歩くことが大切なことです。
”治すのはあなた自身です。
「治すのだ」という強い意志を持ちましょう。”」
「治すのだ」という強い意志を持ちましょう。”」
これは違うリハビリ体験者が書いたものです。
又この方は、
「私の後遺症には機能障害、体調障害、心の障害の3種類あり
ました。
私の場合脳梗塞で左半身麻痺でしたが機能障害で 手がだらりと
ぶら下がったまま微動もせず、左足も動かず移動は車椅子でせ
ざるをえない状態でした。当初はベッドから車椅子に移ることも
、トイレにも自分で行けない状態でした。
6か月リハビリを続けても改善されない場合は、それ以上の改善
は無理というのが定説でしたが、あるリハビリセンターでリハビリ
の先輩方から「発症して6ヶ月ではまだまだ、回復はこれからだ
よ」、「回復は月単位ではなく年単位、焦らずがんばりなさい」、
「1年目より2年目、2年目より3年目、年とともに少しずつ、しか
し階段状に回復するよ」と口々にアドバイスされました。
今では社会復帰がどうやらできています。 」
次が”讃岐うどんとリハビリ”さんの物ですが、非常に内容が
多岐にわたっていますので、字数の関係で全部貼ることはでき
ません。
全部を読まれると大変参考になると思われますのでURLを
貼っておきます。URLをクリックするといろいろ出てきますが
『讃岐うどんとリハビリ』をクリックしてご覧ください。
「9.中枢神経が死んだ???――神経の死から生へ(新回路の
受け入れは出来ていますか?)〈平成12年6月17日〉
受け入れは出来ていますか?)〈平成12年6月17日〉
以下の議論はあくまで仮説である.
1. 神経の切れる音
第一病院へ運ばれる救急車の中で、バシッ、バシッ、と
《二回》音を聞き、私の感じであるが、最初に右手が体から
離れ、次のバシッで右足が離れた。人は信用しないが、私の
体がそりくりあがり、もう終わりだと思ったのだ。私の神経
は中枢部分で重大なダメージを受けた。
1年以内に元に戻る人がいる。脳の腫れが引くのだ。
私は、もう2年半経っており、あちこち神経が行き場を探し
ながら、試行錯誤しながら末梢神経が正しい《局所》に到達し、
まだ治りつつある。このような状況にある人々に、私の観察
を提供することで、自分の努力と神経の切れ方の間の緊張関係
の中で、自分の未来があるということをつかんでほしい。
《二回》音を聞き、私の感じであるが、最初に右手が体から
離れ、次のバシッで右足が離れた。人は信用しないが、私の
体がそりくりあがり、もう終わりだと思ったのだ。私の神経
は中枢部分で重大なダメージを受けた。
1年以内に元に戻る人がいる。脳の腫れが引くのだ。
私は、もう2年半経っており、あちこち神経が行き場を探し
ながら、試行錯誤しながら末梢神経が正しい《局所》に到達し、
まだ治りつつある。このような状況にある人々に、私の観察
を提供することで、自分の努力と神経の切れ方の間の緊張関係
の中で、自分の未来があるということをつかんでほしい。
2.理学療法士の存在の重要性
その際、自分の運命を奈落から一緒に引っぱりあげてくれる人
が居てくれると助かる。それが例えば理学療法士である。
何か応用的なことをやっていてそれは私のアイデアだと思っ
ていても結局、彼と話しその応用的なことが多い。
例。○杖とりの件。
○風呂の一人で入れるようになった件。
○自転車のブレーキの件。
○自転車に立って乗る際の膝の強さの件。
○足をのばして指を曲げるやり方の件。
○グラデーションの件。
○水泳の件。
○右手の装具の件。
○あるき方の件。
○手の細かい動き(対立、…)の件。
○箸蔵の件。
………
とはいっても、結局自分の問題だから、自分が消化して、応用問題
に換えて行く必要があるのだが。
例えば、自転車を2輪車から3輪車に変えたが、私のアイデア。
杖とリは理学療法士の指示でうまく行ったが、そのあとの風呂場は
私のアイデア。外で内反則に有ったら、足を地面にこすり付けるの
ではなく、足に包帯を巻く、これも私のアイデア。・………
理学療法士70%、私30%。
というように、理学療法士と私は一緒に奈落から這い上がる。
が居てくれると助かる。それが例えば理学療法士である。
何か応用的なことをやっていてそれは私のアイデアだと思っ
ていても結局、彼と話しその応用的なことが多い。
例。○杖とりの件。
○風呂の一人で入れるようになった件。
○自転車のブレーキの件。
○自転車に立って乗る際の膝の強さの件。
○足をのばして指を曲げるやり方の件。
○グラデーションの件。
○水泳の件。
○右手の装具の件。
○あるき方の件。
○手の細かい動き(対立、…)の件。
○箸蔵の件。
………
とはいっても、結局自分の問題だから、自分が消化して、応用問題
に換えて行く必要があるのだが。
例えば、自転車を2輪車から3輪車に変えたが、私のアイデア。
杖とリは理学療法士の指示でうまく行ったが、そのあとの風呂場は
私のアイデア。外で内反則に有ったら、足を地面にこすり付けるの
ではなく、足に包帯を巻く、これも私のアイデア。・………
理学療法士70%、私30%。
というように、理学療法士と私は一緒に奈落から這い上がる。
3.医者・理学療法士・私
M医師は私のCTを見て左がまだ脹れているからその脹れが引く
まで回復が続くのかなあ……(専門ではないんで推測表現)。
「はあ、そうかもねえ…」(私)。私は話すのも説明するのも大儀
なので救急車の中のことは言わなかった。むしろ、神経が死んで
いるにしても、圧迫されているにしても、あるいは半死半生の状態
でも、《結果》は同じだから…。
理学療法士は脹れに付き「水頭症」じゃないか、など言っていた。
医者は笑っていたが。
ここで私は完全に一人になる。これ以上を期待しまい。回復期間
を過ぎてなお回復するので不思議におもう医者、「水頭症」じゃ
ないかととんちんかんなことを言いつつ「奇跡や」「奇跡や」と
叫びながら私に全力でアドバイスする理学療法士。皆いいほうに向
かっている。
まで回復が続くのかなあ……(専門ではないんで推測表現)。
「はあ、そうかもねえ…」(私)。私は話すのも説明するのも大儀
なので救急車の中のことは言わなかった。むしろ、神経が死んで
いるにしても、圧迫されているにしても、あるいは半死半生の状態
でも、《結果》は同じだから…。
理学療法士は脹れに付き「水頭症」じゃないか、など言っていた。
医者は笑っていたが。
ここで私は完全に一人になる。これ以上を期待しまい。回復期間
を過ぎてなお回復するので不思議におもう医者、「水頭症」じゃ
ないかととんちんかんなことを言いつつ「奇跡や」「奇跡や」と
叫びながら私に全力でアドバイスする理学療法士。皆いいほうに向
かっている。
4.2本目の手、2本目の足
現象論として手足はついていたのだが、全く用を成さなかった。
いまの手足は前のものとはにてもって非なるもの、全く新しいもの
である。まーだ、60才までは筋トレは大丈夫だろう。私の第2の
手足は、第1のものよりすばらしくなるはずだ。俺は、やって見た
かったんだ、こんなこと!!!!
いまの手足は前のものとはにてもって非なるもの、全く新しいもの
である。まーだ、60才までは筋トレは大丈夫だろう。私の第2の
手足は、第1のものよりすばらしくなるはずだ。俺は、やって見た
かったんだ、こんなこと!!!!
11. 痛みとリハビリ
私は下の引用の意見には半分賛成、半分反対である。
・一切もとの機能は戻らぬものとする意見に反対し動くところを動く
ようにさせようとしようとする立場には私と同じである。
・快楽を求めると言う立場には反対である。経験が狭すぎるし、
快楽が生まれるとする時間の幅について脳の快楽を感じる回路と、
それを感じ取る私たちの意識とのズレがあるのだろう。(未完)
・一切もとの機能は戻らぬものとする意見に反対し動くところを動く
ようにさせようとしようとする立場には私と同じである。
・快楽を求めると言う立場には反対である。経験が狭すぎるし、
快楽が生まれるとする時間の幅について脳の快楽を感じる回路と、
それを感じ取る私たちの意識とのズレがあるのだろう。(未完)
「2.筋肉の未使用はもともと神経回路の遮断から発生したものだから,
別の代替回路の形成を意図すべきこと。
2型のものに村するリハビリ,つまりほとんどは脳梗塞の後遺症からの
リハビリで一番重要なものはBである。一般にこの部分が理解,実践と
もに大きく欠けているもののようだ。重要なことは,死んだ神経細胞は
復活しない,しかし,神経回路は控えのものが代わりに登場しうると
知っておくことだ。この復活を助けることが2である。
私が意識して行なったことは,必死に神経を通じて命令を送る努力を
すること,また末端からは受け取ろうとの努力をすることである。
これを助けることも重要である。(私は当初療法士には禁じられたが
はっきり努力したのは,まず手に関しては両手の協調運動をすること
だった。これは最初は,麻痺した左手を動かそうとすると右手が自然
と同じ動作をしようとすること(そしてそれを辞めようとすると苦し
いこと)から思いついたことだった。
要するに,「楽しい」あるいは「気持ちいい」という感覚が脳の袖経
の活性化にはきわめて重要だという確信から発した「科学的決断」だ
ったが,その後脳の神経活動の最新研究によって実際に科学的に
別の代替回路の形成を意図すべきこと。
2型のものに村するリハビリ,つまりほとんどは脳梗塞の後遺症からの
リハビリで一番重要なものはBである。一般にこの部分が理解,実践と
もに大きく欠けているもののようだ。重要なことは,死んだ神経細胞は
復活しない,しかし,神経回路は控えのものが代わりに登場しうると
知っておくことだ。この復活を助けることが2である。
私が意識して行なったことは,必死に神経を通じて命令を送る努力を
すること,また末端からは受け取ろうとの努力をすることである。
これを助けることも重要である。(私は当初療法士には禁じられたが
はっきり努力したのは,まず手に関しては両手の協調運動をすること
だった。これは最初は,麻痺した左手を動かそうとすると右手が自然
と同じ動作をしようとすること(そしてそれを辞めようとすると苦し
いこと)から思いついたことだった。
要するに,「楽しい」あるいは「気持ちいい」という感覚が脳の袖経
の活性化にはきわめて重要だという確信から発した「科学的決断」だ
ったが,その後脳の神経活動の最新研究によって実際に科学的に
裏付 けられている。脳における代替神経回路の形成には,「快感
神経系」と呼ばれる回路の活用が大きくものを言うからである。
結局,ただリハビリを楽しくという気分的なだけのことではない。
楽しいほうが科学的に効果が大きいのである。」
「 前向きに取り組むリハビリテーションの奨め」
帝京大学法学部教授
帝京大学法学部教授
東京農業大学国際食料情報学部教授 栗本 慎一郎市民公開講座
『理学療法士』(111頁)"
『理学療法士』(111頁)"
ー以上
実は私、一昨年だったと思いますが、軽い脳梗塞の症状で
口で話したいことが上手く話せなくなり、頭はぐるぐる回るし
、それと同時に軽い心筋梗塞の症状で心臓が掴みだされるの
ではないかという程の痛みを起こしたことがあります。
連れ合いが大変心配をして色々声をかけるのですが、いらいら
と痛さとで『向こうに行け!水を持って来い』と仕草でしたと思い
ます。水を飲み「はあはあ!」と大きく息を吸って30分ぐらいで
元に戻りましたが、一時は目の前が真っ暗になり『駄目かも』
と思った体験をしています。
もちろん翌日医者に行きましたが高い薬の処方箋だけで、何か
あったら又来なさいでお終い。
フィリピンですから・・・

今日の 後ろ姿

いつも 笑顔で いましょうね。
