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    種まきから1ヶ月ほどでゴーヤの花が咲きました。
 
 
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    『JAL123便墜落事故』
 
事故発生日 1985年(昭和60年)8月12日 月曜日 
                操縦不能により18:56.26秒 山に衝突
事故機    JAL123便(ボーイング747SR-46・ジャンボジェット、機体
         記号JA8119)
搭乗者    乗員乗客524名(乗員15名)を載せた同機は墜落、死亡
        520名、生存者4名という事故にみまわれた。
墜落場所、・ 群馬県多野郡上野村高天原山の山中
事故原因、   事故調査委員会の推定原因によると、
         1978年6月2日、羽田発伊丹行き115便として本機が伊丹
         空港に着陸しようとした際、機体尾部が滑走路と接触し
         中破する事故が発生したが(日本航空115便しりもち事故)
         、この事故によって生じた損傷の修理を製造元のボーイン          グが行った際、後部圧力隔壁を修理する中で発生した作
         業ミスが本事故の主原因と結論付けられている。
 
    本機は日本の航空会社で運航している同型機が墜落事故によっ
    て登録抹消された初のケースであり、墜落事故では2014年現在、
    日本の航空会社での同型機による唯一の登録抹消の機体でも
    ある。
    (以上Wikipediaより)
 
     様々な方がブログで記事で書いております。
 
    それらを参考に、この事故が風化しないためにも再度書きます。
 
    事故以来今年で29年になるそうです。
 
    『実際にあった事だけを書けば』
 
    日航123便は1985年8月12日 18時12分に東京羽田を離陸し
 
    大阪伊丹空港に向かった。
 
    18:24分35秒、後部でバーンと言う音とともに客室に酸素マスクが
 
    降下します。
 
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       事故機に乗り合わせた小川さんのカメラに会った写真を現像したものだそうです。
 
       酸素マスクは降りていますが客室乗務員は立って説明しています。
 
       あとで出てきますが後部圧力隔壁が損傷したならこんなことはありえないそうです。
 
 
    飛行機は操縦士のコントロール不能になります。
 
    その7秒後にスコーク77という国際緊急信号を出しています。これ
 
    は飛行機が他から攻撃されたような時に発進する緊急信号だそう
 
    です。
 
    18:25分20秒東京管制部にトラブル発生報告とともに22000フィート
 
    に降下要求している。
 
    18:56墜落する。
 
    「墜落後に起こった事」
  
    米軍輸送機C130が沖縄の帰途中JAL123便の異常を察知し、
    交信を傍受。
    米軍横田基地から直ちに捜索開始命令が発せられ、20分後(19:
    15分)にそのC130が墜落現場を特定。
  
    座間から救難へりUH-1も到着し、救助隊員2名を直ちにロープで
    下ろし救助を始めようとしたところで、そこへ横田から帰還命令が
    発せられた。
    帰還に当たって墜落場所の正確な位置を横田基地に伝えている。
    そして帰還するとこの件は口外するなと口止めされたことが後日
    わかる。
 
    自衛隊担当は米軍から正確な墜落場所を伝えられているはずな
    のに、捜索場所の誤報を繰り返し、墜落場所の特定をおくらせた。
    長野県警のヘリが翌朝5:37分現場を確認した後も誤報を出して
    いる。
 
 
    「事故を見に行った近隣に帰郷していた青年が後日、事故現場で
 
    見たことを証言しています」
 
    《これ等から要点をまとめてみる。》
 
   目撃者M氏が墜落現場に着いた午前4時ころには、既に100人前
 
   後の暗視スコープ等の本格装備をした自衛隊員がいた。
   
   自衛隊員は墜落負傷者等を救助せず、手に持った袋に何か拾い
 
   集めているようだった。
   
   拾い集めたものの袋が入った物をまとめてホバーリングしている
 
   ヘリに引き上げていた。
   その数70袋ぐらい。
 
   現場到着1時間後ぐらいには救助自衛隊員と入れ違うように下山し
 
   ていった。
 
 

   救助された生存者は4名。
 
   しかも現場から救助され病院に搬送されるまで30分から1時間程
 
   度の時間を要したと言います。
 
   ふもとの病院までヘリなら10分ほどの距離だそうです。
 
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    この子の遺族と思われる方の元へ届いた遺体は指先だけだそう
 
    です。抱きかかえられている体はどこへ行ったのでしょうか?
 
    『ここからはブログ・記事にある憶測・推定等の参考意見を書きま
 
    す。』
 
    1、JAL123便が飛行している相模湾で日米合同訓練が行われ
      ていた。
      その際使用された軍事演習用の巡航ミサイルが尾翼に当た
      るか自爆が遅れて尾翼を損傷させたのではないか?
 
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    2、軍事演習をしている海域上空は飛行禁止のはずであるが、飛
      行したのは何故か?
 
    3、操縦不能となったJAL123便に自衛隊機F-4FJ2機が6時
      40分過ぎから併走してたと言うが山中墜落と墜落と関係ある
      のか?
 
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    4、墜落現場が早期にわかっていながら、現場特定救助に行くのに      時間を要したのはなぜか?
 
    5、現場に午前4時頃入った青年が見た、暗視ゴーグルを着けた
      完全装備の自衛隊員が100名近くもいて、救助活動もせず何
      かを拾い集めているらしい所を見たのは何をしていたのか?
 
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    墜落現場で後日拾われたもの
 
    6、JAL123便の貨物の中に放射性物質、或いは核物質が積ま
      れていたと言うが墜落と関連はあるのか?
 
    7、当時アメリカ経済を助けるような円高誘導をアメリカから強要さ
      れていたが、それに反対する関西経済界の重鎮4名が当機に
      乗っていたがそれとの関連はあるのか?
 
    8、事故翌月開かれたアメリカ経済を助けるとも言われるブラザ
      合意に急遽署名したのは何故か?
 
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        ブラザ合意に署名したG5蔵相、この前に各国とも
        大きな事件に見舞われる。
 
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      当時の日本の首相、中曽根と米大統領レーガン
 
      中曽根は後日JAL123便墜落事故の真相は墓まで
 
      もって行くと言うようなことを言ってたらしい。
 
 
    9、墜落現場から後日様々な危険物や旧ソ連の戦闘機の残骸や
      アメリカの戦闘機の残骸が発見されされているのは何故か?
 
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  現場スゲノ沢近辺で見つかった、VXガスと思しき物の入った容器
 
 
   10、事故調査委員会の墜落原因として後部圧力隔壁の損傷を上げ      ていますが、生存者の証言によりそのような事態が無かったに
      もかかわらず、結論付け再調査しなかったのはなぜか?
        余談

      3月のマレーシア航空機行方不明事件と今月のマレーシア
              航 空 機撃墜事件がマレーシアがTPPになかなか合意しようと
              しないからだという意見もあります。
 
      撃墜されたマレーシア航空機には80人前後の子供が乗って
      いたようです。
      そして墜落したJAL123便には40名前後の子供が乗っていた
      と言います。
      見えない大きな力がアメリカと言う国の力を利用してあらゆるこ
      とに、自分達の都合の良いように手段を選ばずしている事が
      わかるような気がします。
 
      ニュースでは米軍が日本配備用に100億ドルを日本から拠出し      韓国の戦闘機350機を購入へ
      (2014年07月20日 09:46)

      とありましたが日本は独立国です。
      アメリカがなんでこういう内政干渉以上のことをするかといえば、      韓国経済は破綻していますが、民間大企業の多くがアメリカの
      国際金融資本家組織の資本で賄われています。
      アメリカの金も出す事は出来ませんので日本に経済援助のた
      め韓国製の飛べない戦闘機を買わせて韓国経済を少しでも立
      て直し、甘い汁だけ吸おうとしています。

      都知事の舛添要一も韓国の冬季オリンピックと日本の夏季オリ       ンピックのジョイントなどとホザイテ母国韓国を援助するつもり
      のようです。
      すべからく見えない所で世界を操る連中の仕業です。
      目を見開き、世界で起きていることを冷静に奥深くまで考えよう
      ではありませんか。
      今、日本の指導者は国民を家畜とし、奴らの思うように動いてい      ます。
      用が済めばお払い箱となるのも気づかずに!!!