
日本は大雨に見舞われている地域があるそうですね。
充分注意をなさって下さいね。
こちらは連日1回は雨の降る季節。
いつもの年はザーッと降ってカラッと晴れるのですが、今年は
日本の梅雨のような日が多くなっています。
雨が降るとインターネットの切断や停電に見舞われます。
と、思っていたら昨日記事をUPしている時に、メラルコが傍の
電柱に登っているではありませんか。料金未納の家の電気を
カットする為だとか。「お宅もカットの対象ですよ!」
エッ?あわてて料金を収めた領収書を探し係員に見せるとしぶ
しぶ納得したようで我が家は電気はカットされずに済みました。
やれやれと思っていたのも束の間、パソコンがダウンです。
パソコンだけではなく家中の電気がOffです。
連れ合いの説明によると、カットする家があるから元の線を
外したと言うのです。記事が全部パアです。
今日は朝早いほうが画像を貼リやすいので朝の7時頃から記事
書き始めました。途中画像を探したり家の用事をしたりでお昼
近くまで掛かってしまいました。
あと少しで終了すると言うところで、パソコンがダウンです。
いやいや、昨日と同じく家中の電気が止まってます。
またメラルコが電柱に登っているではありませんか。
連れ合いに聞きにやらせると、昨日カットしもれた家と復活する
家があって元を切ったというのです。

メラルコはしょっちゅう電柱に登っています。

そして何の連絡も無しに”これです”と矢印してあるブレーカー
のような物を外します。
流石に今日は頭に来て「電気を切る前に連絡ぐらいしろ!」
といってやりましたが、見ている人達は「何をハポンが言ってい
る」という顔をして見ているだけです。
大会社に何もいえないこの国の人は哀れにさえ思えます。
気を取り直して記事を書こうとしていますが、午後になると画像
がなかなか貼れないのです。

すう記事前に1897年頃の日本人の撮った写真でアメリカで
まとめられた物をご紹介しましたが、ここではそれより前に外人
によって撮られた物を含めて紹介します。

これは1860年頃のアメリカです。
日本では安政7年頃になります。

この頃にはアメリカは鉄道があったのですね。

アメリカに1860年に渡った侍達です。
この年の2年前日米修好通商条約が結ばれその第14条に依っ
て、批准書交換の使者となってアメリカに渡ったそうです。
この条約不平等条約としても有名ですね!
それを忘れて又、TPPで不平等協定を結ぼうとしていますが、
日本人ってこの頃から外国人に弱かったのですね。

1860年1月にこの幕府の軍艦咸臨丸でアメリカに出かけま
した。
これに乗組んだのが軍艦奉行の木村摂津守芥舟、船長が勝
桜田門外の変で井伊直弼が打たれたのもこの年です。

1867年ころの江戸の様子です。

長崎港だと思われますが外国の商船がいっぱいです。
アメリカでは蒸気機関車が走っているのに、日本の乗り物は
これです。

そう、籠と言っていいのでしょうか。
もっこの程度のいいものといった方が正解でしょう。
沢山のこの時代の乗り物として画像が残っていますからこれ
が多くの人に乗られた物だと思われます。
あの現代の時代劇に出てくる駕籠ではないですね。
その少し後には人力車が現れます、

そのころフィリピンではスペインの植民地から独立しようという
動きがあります。
少し後になりますが、アギナルドなどが勉強し独立運動を盛り上
げます。そこに丁度植民地が欲しかったアメリカがスペインを追い
出すのに手を貸そうということになります。
アギナルドがアメリカの司令官に『スペインを追い出した後、今度
はアメリカが植民地にしようというのでは無いですよね!』と聞い
たところ、「アメリカは大きな国だし人間性もいい国だ。植民地など
は考えてもいない。」ということでフィリピン・アメリカ連合軍はスペ
インを打ち破り、さあ独立だというときにスペインからフィリピンを
金銭譲渡してもらったアメリカが今度は植民地にしてしまったの
です。しかし根強い独立心に燃えたフィリピン人は比米戦争を起こ
し、民間人も合わせて20万人以上の犠牲者を出す事になってしま
うのです。その後の独立までの経緯は皆さんご承知の通りです。
それにしても、アメリカという国は嘘の得意なフィリピン人を騙す
嘘をこのときでもついていますね!
アメリカ・ロシア・中国は国際関係でも平気で嘘をつきます。
この3国はこれからは嘘つき3大国と呼びましょう。
いつも 笑顔で いましょうね。
