
フィリピンビオレット・クビナガバルレリア

昭和16年12月8日、日本軍のハワイ真珠湾攻撃により俗に言う
太平洋戦争は始まりました。
これは紛れもない事実であります。
しかし、何故アメリカ、イギリス等連合国と呼ばれる国と戦争にな
ったのかは、今では知る人も少なくなって来てしまいました。

日本は戦争前アメリカから70%の鉄鉱石、78%の石油、
66%の工作機械を輸入していました。しかも当時は昭和12年
から中国蒋介石政権と戦争中でありました。
アメリカは当時アジアで勢力を伸ばしつつある日本に脅威を感
じだしたのです。
ロシアがアジアに進出しだして中国は具体的策は何も取れない
でいました。そのロシアが朝鮮半島にまで進出してきたら日本に
とっては脅威です。そこで日本を守るべく日露戦争を起こし、それ
に勝ってしまったのです。
そして満州国を作り台湾・朝鮮を植民地化していったのであります。
アメリカはそんな日本を叩きたくて仕方ありませんでした。
裏ではアメリカは日本と戦っている中国蒋介石に膨大な軍事物資を
供給していました。

知っていますか太平洋戦争の前のアジアを。
アジアには日本のほかに独立国と呼べる国はタイしかなかった
ことを。
大正3年の話ですが地球上の84%の土地を人口比率から言え
ばわずか15%しかいない白人が支配してたのですよ。
1941年 9月27日に、日、独、伊の三国同盟が成立するとアメ
リカはヨーロッパで戦争をする絶好のチャンスと日本が戦争を引き
起こす事に画策し出します。
日本を 挑発する ことにより、米国に対して戦争行為をするよ
うに計画 白人による アジアの植民地支配体制の維持。
昭和 15 年 ( 1940 年 ) 6 月には ドイツが フランスを占領した
ため、 不利な戦況に追い込まれた英国を援助するために 、 米
国は早急に ヨーロッパに 参戦する 必要があった 。
しかし昭和 1 6年 ( 1941 年 ) 1 月 30 日に実施された ギャラ
ップ社の世論調査によれば、 米国民の 88 パーセントは米国
の欧州戦争介入に 反対でした 。
日本が真珠湾を攻撃した ニュースを聞いた チャーチルは、これで
ドイツとの戦争に勝てると大喜びしたと伝えられています。
米国は マッカラムの戦争挑発計画に従い昭和 16 年 ( 1941 年 )
7 月 25 日には、アジアにおける植民地支配体制の維持に障碍と
なる日本の叩き潰しを図る英国、オランダとも共謀して、自国内の
日本資産 1 億 3 千万 ドルを凍結し、貿易、金融関係を全て
断絶する経済封鎖 を実施し、フランス、カナダ、ポルトガルも同調
しましたが、まさに開戦を意図した挑発行為そのものでした。戦争に
なる前からですよ。
更に米国の大統領 ルーズベルトは 8 月 1 日に英国、オラン
ダと協力して 石油などの対日輸出禁止 の追い打ちを掛けまし
たが、当時の日本の石油自給率は僅か 5 パーセントであり、9
5 パーセントを対日経済凍結地域からの輸入に頼っていたた
め、 日本経済の窒息はもとより、国家としての存亡の危機に見
舞われました。
を、日本に突きつけました。
一部を要約しますと、日本は満州はじめ台湾・朝鮮を返せ。
アジアの白人の植民地には口出しするな。等というとても日本には
飲めない内容のものです。
その結果 石油の枯渇から 、 座して死を待つよりも、勝算のない
戦に挑む 、にいたるのです。
次回に続く・・・

今日の 後ろ姿

いつも 笑顔で いましょうね。
