
(CC,by,田中十陽)
都忘れ と 雫

今から66年前の1945年8月6日午前8時15分、広島の町は一瞬
にして灰の町となりました。

今週の土曜日がその8月6日です。
私は若い頃この日は朝から重苦しい平和式典の模様を、どこのテレビも
やっていて好きではありませんでした。
今でも、決して好きな日ではありません。仰々しく政治関係者、その他の
方たちがいかにもという感じで式典に参列しているようで・・・
それはそれとして、間違いなく66年前のこの日に多くの民間人が一瞬
にして亡くなったという事実は事実としてあります。
いくら戦争状態であったとは言へ異常なことです。
当時すぐに、スイスの国際機関を通じて抗議をしたそうですが、如何とも
なるものでもありません。
戦争という事自体が、異常な状態なのですから異常な事が起こり得ま
す。日本も東南アジアを始め様々な国の方達に多大なる迷惑をかけて
きた事も事実としてあり、反省もしています。
しかし、この原爆という物が人間に対して使われたという事は神おも恐れ
ぬ所業としか言いようがありません。
戦争を早く終わらせたかった。
アメリカが戦後有利な立場で国際的な舞台でいるためだった。
様々な言われ方をしています。

これは原爆により止まってしまった時計です。

一瞬にして10万人近くの人の生きる権利を奪った原爆です。
この年の年末までに14万人の方が亡くなったと言われています。
派手な式典もいいかも知れません。
しかし、戦争で犯してきた事、犯された事の事実はきちっと次の世代
に伝えていかなければなりません。
式典の時だけに平和を訴えるのではなく、常日頃の子供達の教育の
場でもそれは大事な必要な事です。

ウラン型原爆、広島にはこの通称”リトルボーイ”と呼ばれたものが使用
されました。

B29爆撃機が3機、マリアナ諸島テニヤン島から広島を目指して飛で
来ました。

飛行機の愛称は”エノラゲイ”

原爆を開発した科学者達の中には、その威力から人道的立場で
事前通告すべきだと言ってた人もいたようです。

一瞬にして生き物を根絶し、後々まで被害を及ぼす物を人間が使う
べきでない事は当然のことでありますし、その類の物を利用するなど
とんでもない事です。
一つ間違えれば、大惨事です。

(CC,by<Juria Yosikawa-1)
今日の 後ろ姿

(CC,by,bdogggut34)
いつも 笑顔で いましょうね。
笑顔でいるためには平和で幸せである事が必要です。
心の平和、幸せをいつでも持っていたいと思います。
*返コメするべく努力はしているのですが、まだうまくいきません。
心苦しいのですが、今暫くご容赦の程よろしくお願い致します。
