インド旅行記とか、日々思ってることを気ままに書かせていただいているこのブログですが、
私は、インド旅行で体験した、いちばんたいせつなことをまだ、書いてませんでした
(多少どこかで言及した気もしますが、ちゃんとは、書いてない)
ので、書きます!!
それは、
今回インドを旅行して出会ったインド人たちのほとんどが、
日本の地震、津波、未だ続く福島原発の問題について、心配してくれたってことです。
「日本のようないい国があんな目にあうなんて、今でも信じられないよ」
「たくさんの人が亡くなったね。でも自然災害だからしょうがないんだ」
「ぼくも津波の映像を見た。つらかったね。でも神様が見てるから大丈夫」
「日本は今までたくさんの国を助けてきた、だから今はみんなに助けてもらう番だよ」
「ぼくはこれ以上誰も不幸にならないように、神様に祈ったよ」
「日本のテクノロジーがあれば、すぐ、元通りになるさ」
私、「日本人」というだけで、歩いてるだけで、そんな言葉をたくさんのインド人からいただきました。
実際にインド政府は、災害が起こってすぐ、たくさんの毛布などの被災グッズの援助や、
救助隊の派遣、お金の寄付などをしてくれています。
インド国内には、こじきもたくさんいて、救うべき人たちもたくさんいるはずなのに、
日本が不幸にみまわれて、すぐに、反応してくれました。
それが正しかったのかはわかりません。国内の乞食を救うほうが本当は、先かも。でもうれしかった。
被災してない私でさえ、うれしかったのです。
私が旅先で出会った人たちのほとんどは、リクシャーワーラー(日本で言うタクシーのうんちゃん)や
レストランの店員、商売人など、中流か中の下くらいの生活をしている人たちです。
でも
「おれはーたばこをがまんして、寄付したぞ。ちょっとだけどな。」
「おれもだぞ。」「いやおれだって…」
って言ってました。ほんとかどうかはわかりません。でもそう言ってました。
そして最後はおきまりの
「つーかお前大変だったな。東京も揺れただろ?チャイでも飲んでけよ」でした。
「福島が心配なら、日本人全員インドに来てもいいんだぞ」とも言ってました。
(※インドにも原発はあります)
私は、被災者でもないし、直接は大切な人もなくしていません。
ボランティアに励んだわけでもない。
ただ揺れるのがこわくてこわくて、わーわー言ってた小市民のひとりです。
でも、インド人たちが、インド流に慰めてくれたり、はげましてくれたり、とにかくことばをかけてくれる
のが
思ってもみなくて(だってインド人、普段は自己中なんだもん)、うれしくて、うれしくて、
その時ばかりは、日本人代表になったつもりで、心をこめて、本当に心の底から、(時には涙を浮かべて)
「われわれ日本人は、
インド人のみなさんが日本に援助の手を差し伸べてくれたこと、
こうして今も心配してくれていることに、心から感謝している。
絶対に忘れない。
そして日本は、何年かかっても、もとの平和で美しい国に戻ります。」
と
宣言してきました。
(今思えばかなり恥ずかしいです…被災者の方々、関係者の方々、すいません)
でもでもとにかく、(特に被災者、関係者の方に知って欲しいのですが)
日本は、愛されてました。
インド人はみんな、日本におこったことが悲しくて悲しくて(youtubeとかで全部知ってる)、心配で心配で、
だまってられない人たちばかりだったんです。
(単に好奇心が旺盛、という面も影響してますが…)
そしてもう一つ印象的だったのは。
今回私は、北部と、一気に飛行機でとんで南部の沿岸沿いを旅したのですが、
南部に飛んでから、津波の話をする人がぐっと増えたということ。
聞けばインド南部も、2000年に大津波があって、10万人亡くなったとか。
(お恥ずかしながら、知りませんでした)
「日本は世界最高のテクノロジーがある国だから、死者2万人ですんだんだ。
インドは10万人死んだんだよ…僕の友達も…」
なんて話、なんど聞いたことでしょう。
漁で生計を立ててる人も多かったので、
「日本のフィッシャーマンは、これからどうやって生活するんだ?船は無事なのか?」
「日本のフィッシャーマンの技術は世界最高だから、大丈夫だと思うけど…」
という具体的な心配もしてもらいました。
実体験がある分、日本の津波についても他人事とは思えなかったんですね。
人は、経験することで、他者の痛みもわかるようになるんだなぁ。やさしくなれるんだなぁ。と
心底思いました。
だからきっと日本人は、特に東北人は、もっとやさしくなれる。と思ったのでした。
さあ宣言してきたからには、やらないと。ですね。
心配してくれたインドの人たち、ありがとう!!絶対に忘れません!!