乞食にお金をあげるかどうか | 倫世の日報

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インドには、たくさんの乞食がいます。

今までいろんなアジア諸国を旅しましたが、インドの乞食がいちばん過酷。


手がない人、

足がない人、

子どもを連れた人、

死んだ赤ちゃんを抱えた人、

まだ大丈夫そうで、芸を見せてくれる子ども、


いろんな人がいます。



乞食や物乞いに対して、あなたはどんな態度をとりますか?



気が向いたときだけお金や食べ物をあげる、

なるべくあげない、

絶対あげない、

等々、いろんな接し方があると思います。


私は、例えば友人の車に乗っているとき・・・など、人に迷惑がかかるとき以外は、

ずばり、「あげる」派です。

コインを、あげます。要は、5ルピー以下の手持ちがあれば、あげちゃいます。

(お札まではあげる勇気がない)




これってどうなんでしょう。




「そうやって乞食にお金をあげる人がいるから、それに甘んじて、乞食がいなくならないんだ」

「誰もお金をあげなくなれば、乞食という職業自体この世からなくなるはずだ」

「必要なのは、もっと根本的な社会インフラの整備だ」


こういう意見、よく聞きますし、もっともだと思います。


でも私には、社会インフラを整える力がない。

乞食の人たちが、なんの差別も受けずに、教育や、就職の機会を得るための力に

なってあげることができない。

どうしたらいいのかわからない。


そして


目の前の子どもが、栄養失調で苦しんでいる。

たとえその子供が、レンタル子どもだったとしても。

とにかく、目の前の現状をなんとかしてあげたい。

私のあげた5ルピーで、チャイが飲めるなら、それでいいじゃないか。



そう思って、あげちゃいます。



これって、よくないでしょうか?


ある人から見れば、良くないと思います。

でも私は、あげずにはいられないのです。

偽善だといわれてもかまいません。


ひとりの子供に1ルピーをあげると、どんどん子どもがあつまってきて(鳩のように)

対応しきれなくなるときもあります。

「たった1ルピーかよ」みたいなことを言われるときもあります。



でもあげます。



やっぱり偽善でしょうか?

コインはあげても札はあげないって、偽善?



もうよくわかんないです。



でもとにかく私は、「あげる派」です。




みなさんはどうですか?



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