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MIT.EGG 3.0

某工科大学とはなんの関係もありません。
まだまだ工事中。

これから数回に別けて、CG好きの私がなぜ「踊ってみた」にハマり、DANCEROIDにはまったのかを自己分析を兼ねて書いてみます。
なお以下の記事は去年とあるSNSに書いたものを加筆修正したものです。
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私はもうずっと昔からCGアニメーションが好きで、趣味にしています。
前のエントリにもあるように、よく静止画の3DCGを作ったりしますが、数秒の短い動画も作ったりします(主に実験目的で)。
なのでCGアニメーションは昔からよくウォッチしてました。(学術的なものや実験映像、教育映像、ゲームや映画といったエンターテイメントへの利用トレンド等)

CG技術が向上するにつれて多くの人が人間を描きたいと思うようになり、理想的な女性を描き出そうとするアーティストも出てきました。
(画像が見つからないのでとりあえずWikiへのリンクのみ貼っときます→加藤直之 沈黙の美女)

CGによる人物造形が広まっていく中で、1996年にはホリプロから伊達杏子 DK-96というバーチャルアイドルがデビューします。ただ、このころはまだ動画にするにはハードルが非常に高く、静止画での露出が中心でした。伊達杏子は失敗したと言われているけど、ホリプロはCGの人物像を文字通りアイドル(偶像)として創りだそうした先駆者だと私は思います。

そして2000年ごろ、日本のCG業界で個人的にエポックメイキングな出来事がありました。
その頃は3DCGバーチャルアイドル全盛で、いろんなタイプの人物モデル(主に女性)が雑誌等で発表されていました。
これらのモデルとモーションキャプチャーを組み合わせたダンス動画集(ビデオ/DVD)が発売されたのです。

テライユキのダンシングクイーン  (Wiki→テライユキとは)

なぜダンスだったのか。
もともとはTVの深夜番組の1コーナーで、毎回違うクリエイターによって作られたバーチャルアイドルが1曲踊るだけの企画でした。
時間も限られていたし、1曲5分程度で複数の作品を見せるのには都合がよかったのでしょう。バーチャルアイドルの制作者は基本静止画の人たちで動画は未経験。でも5分くらいなら作ってみようという気になったのでしょう。(たぶん)予算もつくし、自分のキャラクターが動いたら、そりゃ楽しいですよね。番組制作者側から見れば楽曲のプロモーションにもなります。
ただ、技術的にはモーションキャプチャーを使うにしても、リズムに合わせて顔や手の表情をつけていくのはかなり難しい作業ではありました。

当時はそれなりの予算をつけて、DVDで回収するモデルでないとできなかったことでした。

(続く)