だいぶ間が開きましたが、前回のエントリでまだ書き足りないことがあったので補足の意味も込めて。なぜ踊ってみたにはまるのか(番外編)です ^^;)
私がDANCEROIDにはまっていった経緯を自己分析のつもりで書いていきます。
さて、私がニコ動を見始めたころは初音ミクが流行っていて、ミクを見るためにニコ動のアカウントをとったようなものでした。ついでのように歌ってみた、演奏してみたを見ていました。その後踊ってみたを見るようになっていきました。
初期の踊ってみた(に限りませんが)は、いかに人を笑わせるかというところがポイントでした。画質がよくないのを逆手にとって、女装はもちろんのこと性別がわからないようにしたり、脱いだり、突然荒ぶったり…
そんな中、いとくとら(以降いくらさんと表記)は海外(マレーシア)からネタと踊りを混ぜて勝負。そのセンスと、後日帰国してDANCEROID結成までする行動力には感心しました。
愛川こずえはルカルカナイトフィーバーで一躍有名になりTV番組にも取材されるほど。これがきっかけで彼女は踊ってみたを世に広める重要な役割を果たすことになります。
ミンカ・リーは以前のエントリにも書いたように、踊ってみたで顔出しのトレンドを作り出し、その後に続く人たちは堂々と顔を見せて踊るようになりました。これが引き金の一つとなって、良くも悪くも踊り手がアイドル化していくわけですが、そこはまあ時代の流れと言えますね。
個人的に最重要ポイントにいたと思われるのがYumiko(以降Yumiko氏)。フランスのとあるイベントで初音ミクのコスプレをして踊って日本文化を紹介する活動をしていた、というので火がつき、帰国してからは色々なボカロ曲に振り付けをしてニコ動の踊り手に踊ってもらう裏方的役割をしていました。(自分でも振り付け動画を発表したりもしてますが) 現在は別な活動に軸足を移してしまいましたが、今でも踊ってみたで人気の振り付けの多くは彼女が作ったものです。
<例> DANCEROID DVD用に振付けたものも含む
奇しくもこの4人が2008~2009年にニコ動で出会い、踊ってみたの歴史の中で非常に重要な先駆的役割を担ったと思います。
特に踊ってみたを世に広めたという点で愛川こずえは踊ってみたの表の立役者であり、またボカロ曲に多くの人が踊ってみたいと思わせる振り付けをしたYumiko氏は踊ってみたの陰の立役者と言えます。
(続く)