放蕩息子はどこに消えた。 | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

キリスト教にはこんな話がある。

ある人に二人の息子があった。

弟は、畑を耕し、牛や羊の世話をする生活にもうんざりして、遠い町の華やかさに心をひかれた。

弟は父に向かって言った。

『お父さん、私が貴方からもらうべき財産をください』

そこで、父は資産を弟に分けてやった。

幾日も経たないうちに、弟は自分の全財産をまとめて、遠い国に旅立った。

そして、そこで放蕩に身を持ちくずし、財産を無駄使いした。

昔も今も、お金を振り撒く人の回りに、人は大勢集まって来るが、しかしお金を目当てに集まって来た人の中には、真の友人はいなかった。

お金が無くなると共に、周囲に人もいなくなり、息子はその日食べる物も無い状態になってしまった。

財産を全部使い果たしてしまったとき、その地方にひどい飢饉が起こって、食べる物にも困り出した。

そこで、その地方のある地主のところに行って、そしてすがりつくと、その地主は、彼を畑にやって豚を飼わせてあげた。

彼は、豚の餌で、空腹を満たしたいほどであったが、食べ物を与えてくれる人は、他にだれも居なかった。

そしてどん底の中で、彼は我に返ったとき、こう言った。

『父のところには、パンのあり余っている。
 それに雇い人も大ぜいいるではないか。
 それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。
 立って、父のところに行って、こう言おう。
「おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。
 雇い人のひとりにしてください。」と』

こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに帰っていった。

ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

息子は言った。

『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』

ところが父親は、しもべたちに言った。

『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。
 それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。
 食べて祝おうではないか。
 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』

そして彼らは祝宴を始めた。

ところで兄は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。

それで兄は、しもべの一人を呼んで、「これはいったい何事か?」と尋ねた。

しもべは言った。
『弟さんがお帰りになったのです。
 無事な姿をお迎えしたというので、おとうさんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』

すると兄は怒って、家に入ろうともしなかった。

それで父が家から出て来て、兄をなだめた。

しかしそれでも兄は、父にこう言った。

『考えて下さい。
 長年の間、私はおとうさんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。
 その私に対して貴方は、「友だちと楽しめ」と言って、子山羊一匹下さったことがありません。
それなのに父は、遊女に溺れて財産を食いつぶして帰って来た弟のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

父は兄に言った。
『おまえはいつも私といっしょにいる。
 私のものは、全部おまえのものだ。
だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。
 いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

この自分勝手で、そして無力な放蕩息子こそ、道を間違えやすい我々人間の姿であり、

そしてこの偉大な愛に溢れた父親こそ、神仏の姿と言えるだろう。

さて、さて、放蕩息子はどこに消えたのやら。

さてさて、放蕩息子はどこに消えたのやら。