「瓜田純士批判」を与国が批判する | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

最近、演説していない。


中国の尖閣諸島追突事件。

北朝鮮の韓国への砲撃。


私は度重なる演説の中で、

次のようなことを、

度々、言い続けてきた。


「日本があるこの東アジアは、

 本当は平和ではない。

 日本人は今こそ、
 一刻も早く平和ボケから
 目覚めなくてはならない。

 なぜ横田めぐみさんが拉致されたのか、
 そして未だに祖国の土を踏めないのか、

 なぜダライ・ラマは亡命されたのか、
 そして未だに祖国の土を踏めないのか、

 それをどうか考えて頂きたい。

 そして韓国にも、台湾にも、
 なぜ男子の徴兵制度があるのか、

 我々日本国民は、
 本当に憲法九条を守るだけで、
 日本を護っていくことができるのか、

 それを真剣に考えて頂きたい」

とまぁ、こう訴えて来たが、

この言葉の意味が、

今こそ、明確になり、

分かりつつあるのではないか。

日本に訪れている国難が、

少しは日本の人々にも

理解されつつある今こそ、

演説を行って、

国難を訴えたいものだ。


誰か街宣車くれ。


なぜなら、

やはりこの国の人々は、

平和ボケしているからだ。

少しでも、

たった「1アクセス」でも上げて、

「日本最大の国難」を広め、

そしてこの国を護り抜くために、

「アクセス数を上げるにはどうしたら良いか?」

ということを考えて、

色々な方々のブログを見て回った。

そして感じたこと。

それは、

やはりこの国の人々は、

尖閣衝突事件が起きても、

北朝鮮が韓国に砲撃しても、

それでも未だに平和ボケしていて、

「日本が中国に侵略されるはずなどない」

と、

心の底から思い込んでいる、

ということである。

「初心者&ド素人向け FXで儲け続けよう」

というブログとか、

「元祖!瓜田純士ヲチブログ」

というブログとか、

そんなブログが、

高いアクセス数を叩き出しているようじゃ、

本当にこの国に未来はない。


FXで副収入を得るのも良いけど、

しかし国が無くなったら、

副収入どころの騒ぎではない。

チベットやウイグルの人々が、

中国政府によって、

どんな生活を強いられているか、

どうか知って頂きたい。


あるいは、

私の友人でもある瓜田純士を、

コテンパンに叩きのめすブログ。


ん~、

不思議だ、

なぜこのようなブログが高アクセスを取るのか。


彼に恨みがある人も、

そりゃあいるだろう。


彼に何らかの迷惑をかけられて、

憎悪している人もいるのかもしれない。


もしくは、

彼に嫉妬している人も、

もしかしたら世の中にはいるかもしれない。


しかし私は言っておく。

瓜田純士を批判し続けて、

それが一体、何になるというのか?


それを見て、一体、何になるというのか?


瓜田を批判し続ければ、

世間的な彼の評価は下がるだろう。


そうすれば、

彼に恨みを抱き、憎悪していた人は、

もしくは彼を嫉妬していた人は、

もしかしたら、

「スー」っとして、

心地よくなるかもしれない。


しかしその心地よさは、

マヤカシであって、

人間にとっての本当の幸せではない。


それに仏教でも、

「恨み心で恨み心は解けない」

というではないか。


憎悪というのは、

復讐でもって解決するのではない。

それは本当の憎悪の解決ではない。


真の憎悪の解決、

それは、

相手のことを、

心の中で許すことでもって、

本当の解決となるのだ。


あるいは、

誰かのことを嫉妬している場合、

その誰かの悪口や批判を述べて、

その誰かの評価を下げようとも、

本当の意味で、

嫉妬の解決にはならない。


真の嫉妬の解決、

それは、

嫉妬している相手の素晴らしさを、

心の中で素直に認めてしまい、

時には言葉でもって、

その相手の素晴らしい部分を褒め称えて、

その上で、

自分自身はうまずたゆまず

努力精進していくこと、

これを行うことでもって、

真の嫉妬の解決となる。


誰かを批判するブログを書き続けることに、

情熱を燃やし、

努力するのではなく、

人間であるならば、

もっと大きなことに、

もっと大切なことに、

情熱を燃やし、

努力すべきであることなど、

歴然であるはずだ。


そして、

心の専門家として、

つまりは宗教家として、

私は心の真実を述べておくが、

他人への口汚い悪口や誹謗中傷をする心は、

実は自分自身の心を汚していくのだ。

また、

そうした誰かのへの悪口や誹謗中傷を

文章として

見れば見るほどに、

あるいは、

言葉として

聞けば聞くほどに、

自分自身の心が少しずる汚れてしまうのだ。


「見ざる、聞かざる、言わざる」

というではないか。


だから、

誰かを口汚く罵るブログを書くこと、

そしてそのブログを読むこと、

これらの行為は、

己の心に悪い影響を及ぼす、

というのが心の真実である。


そして心に悪影響を及ぼし、

己の心が乱れてしまった場合、

心から安らぎは消えうせ、

人間としての本当の幸せ、

心の喜びは遠ざかっていく。

だからこそ私は、

誰かの悪口を言うことで

得られる心地よさは、

マヤカシである、

というのである。

試しに、

三十秒でも、

あるいは一分でも、

誰かの悪口を言い続けてみてごらん。

心が乱れて、

幸せが遠のいていくから。


書くならば、

愛ある言葉を書くべきであり、

読むならば優しき言葉を読むべきである。

なぜならそれが、

己の心に良き影響を及ぼしていくのだから。

書くのならば、

誰かを批判する小さなブログを書くのではなく、

勇気に富んだブログを書くべきであり、

読むならば、

誰かを批判する小さなブログではなく、

勇気に溢れたブログを書くべきである。


なぜなら今、日本は

歴史上、最大の国難を迎えていて、

この国の人々には、

本当の勇気が必要なのだから。

愛と勇気に溢れた人が、

一人、また一人と増えていくからこそ、

この国難を打破して、

私たち日本国民は、

人間にとって最も大切な財産、

「自由」というものを、

守っていくことができるのだから。


もしも貴方が、

日本にある国難の事実を、

未だに知らないのであるならば、

↓コチラをどうぞ。
「日本最大の国難」
http://ameblo.jp/masuraonokaze/


「誰かの悪口」
という小さなことに独り熱くなるのではなく、
「この国を護る」
という大きなことに共に熱くなろうじゃないですか。