ユダヤ教徒はイエスが救世主であったことをいい加減、悟るべき | 中国に侵略されている日本を護り抜け

中国に侵略されている日本を護り抜け

~この日本には、もう国を護とうろする男はいないのだろうか。武力衝突だけが戦争ではない。すでに中国共産党による情報の戦争、そして侵略は始まっている。眠っている男たちよ目を覚ませ。大和魂よ、蘇れ!そしてこの美し国を護り抜け!~

「イスラムテロリストたちは、
 宗教によって無差別テロを行なっているが、
 しかし霊的な知識の乏しさが、
 無差別テロに結びついている」
と、そう述べたが、それはユダヤ教徒たちが、
イエスを初めとするキリスト教徒を迫害したり、
ムハンマドを初めとするイスラム教徒を迫害てきたのも、
まぎれもなく真理を知らぬがためだ。


ユダヤ教徒たちは、
「ユダヤの民だけが神より選ばし民である」
などという選民思想を、
もういい加減やめるべきである。


その愚かな選民思想が、イエスへの迫害につながり、
そしてそのイエスへの迫害が反動となって、
キリスト教徒たちからユダヤ人への迫害へと結びつき、
二千年にも渡って虐げられ続けてきたことに、
いい加減、ユダヤの人々は気がつくべきである。


時にはそのユダヤ人への迫害が、
ヒトラーのユダヤ人大虐殺さえ生み出したのだから・・・。


それとももしも本当にユダヤの民が、
「神より選ばし民である」というのなら、
我々大和の民を初めとする世界中の人々は、
「神に選ばれなかった民」であり、
ユダヤの民に下僕や奴隷のように従え、とでも言うのだろうか。


確かにユダヤの人々には、
大富豪が多く、
ユダヤ人たちが世界を動かしている面はあるだろう。


しかしユダヤ教徒たちが、「宗教家である」というのなら、
本当に優れた人間というのは、
富を稼ぎ、蓄えることに長けている人間などではなく、
精神性の優れた愛ある人間であることなど、
簡単にご理解していただけるはずだ。


太陽が善人の上にも、悪人の上にも昇り、
雨が健やかなる時も、病める時も降り注ぐように、
雨雲が喜びの時にも、苦しみの時にも引いていくように、
神とは万象万物に対して平等な愛を与える存在である以上、
およそこの地上の中に、
「神より選ばし民」など存在していないことなど、
少し真理に触れれば、一目瞭然である。


ユダヤ民族の離散と迫害の二千年の歴史の中で、
虐げられてきた彼らは、商売に精を出してことで、
莫大な富を手にすることもあっただろうが、
しかしそれは決して、
ユダヤの民が「神より選ばし民」だったからではなく、
彼らがソロモン王の血を引いているからでもなく、
ユダヤの教えの中に、
人間を教育する素晴らしい教えがあったからであり、
ユダヤの民自身が虐げられる環境の中でも、
苦難に負けることなく最大限の努力を行って、
自身の持つ個性と能力を存分に発揮してきたからに他ならない。


ユダヤ教の中には、
「いつか聖地エルサレムの『黄金の門』と呼ばれる東の門より、
 救世主が馬に乗って現れて、
 ユダヤの民を救い出してくれる」
という言い伝え、予言が今も残されている。


その言い伝えを聞いたイスラム教たちは、
16世紀にその門を塗り固め、閉ざしてしまった。


しかし今でも、混乱の続く聖地エルサレムで、
その言い伝えを信じて、
「いつか救世主が現れて、このエルサレムの混乱を鎮めてくれる」
と、そう待ちわびているユダヤの民もいることだろう。


しかし今から約二千年も前に、
イエスはロバに乗ってその黄金の門をくぐり、
エルサレムに入ったではないか。


そしてその後、
イエスの愛の教えは確かにヨーロッパ中に広まって、
人々の心を救い、キリスト教はヨーロッパの支柱となってではないか。


イエスが世を救う主であったことは、
これまでの二千年のヨーロッパの歴史が、
すでに物語っているではないか。


それとも、イエスの説いた、
「天にいる父なる神を信じよ」
「人にしてもらいたいことを自分が隣人に行いなさい」
「汚れ無き幼子のごとく清らかであれ」
これらの教えが、真理に反していたとでも言うのか。


杓子定規になってイエスを見るのではなく、
イエスの教えの中の本質を見抜き、
その教えが真理かどうか、
いい加減、それをユダヤ教徒は見抜くべきである。


そして今こそユダヤの民が、選民思想などを捨てさって、
イエスが救世主であったことを素直に認めるべきである。


さすれば聖地エルサレムの混乱は、
パレスチナ問題は、
中東問題は、
ずいぶんと解決に向かうことだろう。


なぜならユダヤの民が、
「イエスは救世主であった」と認めるということは、
それはユダヤ教徒がキリスト教に改宗するということであり、
結果的にはユダヤ教が消滅していいくことを意味するからだ。


そして彼らユダヤ民族が真理を知り、
悟りでもってキリスト教に改宗した時、
ユダヤの民は、迫害による離散・ディアスポラではなく、
自由な離散・ディアスポラが始まり、
イスラエルという国はやがて消滅していくのだ。


この地上に、「神より選ばし民」など存在しないように、
神より選ばし民に与えられる恵みの土地・カナンなど存在していないのである。


そしてユダヤ教徒が改宗して、
イスラエルという国が自分たちから消えた時、
パレスチナ問題は解決に向かい、
人類は平和へとまた進歩することだろう。


イスラム原理主義者たちは、
皮肉なことに、真理を知らぬがために、
テロ行為を行っていると述べたが、
これと同様に、ユダヤ教徒たちは、
真理を知らぬがために救世主であったイエスを迫害して殺し、
そしてその反動で彼ら自身が迫害を受けた。

そしてその迫害が彼らを強くして、
「やはり自分たちは選ばし民である」
などと、真理を知らぬがために増長させてしまった。


そしてさらに彼らは、
真理を知らぬがために今もまだ改宗することなく、
イスラエルの地に固執して宗教紛争に油を注いでいるのだ。


ユダヤの方々は、
イエスが「油の注がれたる者(救世主の意味)」であったことを悟り、
そして自分たちが宗教紛争に油を注いで、
地球を葬りさろうとしていることを、
もういい加減、悟るべきである。