いろんな占い・スピリチュアル系のブログランキングを眺めていると、
いかに人々が『開運』を求めているのかがわかります。

 ブログの上位には開運・スピリチュアル系のブログがずらーっと並びます。
確かに、プレッシャーやストレスが多い現代社会では当然の事でしょう。
 
そこで、私も、このブログを始めるにあたって、
開運についての自分考えを、初めにきちっりと述べておきたいと思います。


まず、開運には順番があると思っています。

①整心~心を整える。

②知命~自分の運命を知る。

③開運~運気を上げる。

の順番です。


いきなり、何かの方法・テクニックで③の開運を求めるのはわかりますが、
安易な開運方法は、とりあえず効果があったように見えても、続かないと思っています。
まずは、自分の心を整える事がベースだと思っています。


①整心
これが一番難しいのですが、古代から、これは人類の一つの大きなテーマなので、
いろいろな方法が開発されて来ました。
私もこのテーマに関しては、幼いころから長年いろいろ試行錯誤してきました。
今後、このブログにて、自分自身が使ってきた方法や体験を書きたいと思います。


②知命~これはもちろん運命学です。私個人は、まず四柱推命からみて、いろいろな占術を併用する事をおすすめします。これにより、自分の人生の地図(アウトライン)を手に入れる事ができます。
 地図のある航海と、地図の無い航海は、雲泥の差があります。地図がないと、難破してしまう事もあります。したがって、人生行程を歩む上で、自分の運命の地図を持つ事は大切です。
 また、占術を利用すると相性もわかり、様々な人間関係が楽になります。


③開運
これも、古代より、様々な占術において、開運方法が研究されてきました。
私もいろいろと研究しました。
代表的なのは、気学や奇門遁甲があります。いわゆる吉方取りです。
それ以外にも、風水、パワースポットめぐりや、神社めぐり。祖先供養。
パワーストーン。白魔術などなど、いろいろとあります。


開運・恋愛成就のために、インスタントに③開運方法に飛びつくのはわかりますが、
本当の開運につなげたいのならば、①整心→②知命→③開運の順番を大切にされる事をお勧めいたします。

今後は、このブログにて、①整心→②知命→③開運についても、いろいろと書いていきたいと思います。

※ここでことわっておきますが、私こと三上晴山は、どこの宗教団体にも属しておりません。また、どこかの宗教団体に勧誘する事もございません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 


◎(出典)ホテルニュージャパン火災 - Wikipedia

私が四柱推命を研究していて、最も印象にのこる事例の一つとして、
ホテルニュージャパン火災とそのオーナー横井英樹との事例があります。
33人の死者を出し、都心では最大級の火災事件だったと記憶しています。
横井英樹の命式と、この火災の発生した瞬間との関係を考察してみたいと思います。


◆横井英樹
横井英樹 - Wikipedia

[生年月日]
1913年7月1日 愛知県生まれ 申酉天中殺

生年 癸丑己 比肩 偏官 冠帯
生月 戊午丁 正官 偏財 絶
生日 癸未己 □□ 偏官 墓

[大運(逆運)]
8丁巳18丙辰28己卯38甲寅48癸丑58壬子68癸亥78庚戌88

命式を見ると、月令に「偏財」で月干に「正官」があり、商売人として大きな財を動かす人である事がわかります。しかし、2つの癸と戊が「妬合」、生月支午と生日支未が「支合」と、かなり複雑な命式である。性格も相当複雑な人で、変化自在の捉えどころの無い人だったように思えます。
日干癸は、ほとんど「火土気」に囲まれて頼むところが無く、従勢格または従財格であった可能性はあります。
また、彼の経歴と照らし合わせてみると、金水気旺時に、良くない事例が起きているので、その可能性はあります。しかし、彼の生時干支がわからないので、なんとも言えません。
あくまでも推測・可能性の範囲です。


◆ホテルニュージャパン火災発生日時 (68才5カ月)
1982年2月8日午前3時24分出火
大運 辛亥 偏印
年運 壬戌 劫財
月運 壬寅 劫財
日運 壬戌 劫財
時運 壬寅 劫財

この時に火災発生。まず、年・月・日・時運に「劫財」が4つ並び、彼の財を大きく奪う暗示が出ています。

さらに、この時は、命式と行運が複雑に絡み、巨大な「水」×「火」の激突が起きています。水と火のぶつかり合いは、まさに『火災』(消火)を象徴しています。

詳細に分析してみると

・生月支午と、この時の年運支戌・月運支寅・日運支戌・時運支寅が、巨大な三合火局(寅午戌)を形成して、「火」気が旺じます。

・大運辛亥と、年運干壬・月運干壬・日運干壬・時運干壬と壬が4つも並び、「水」気も旺じます。

まさにこの瞬間、命式と運気が複雑に絡み、「火」×「水」の巨大な激突が発生しています。火水の激突は、「火事」と「水での消火」の象徴です。
そして実際に火事災害が発生します。

なお、ウイキによると。横井の元部下は「横井社長は火災発生当時、ただ黙って(途方に暮れ)呆然としてばかりいて(従業人に対し)何一つ指示を出していなかった」と証言しています。
この瞬間の出来事を、横井氏はどのような気持ちで見つめていたのでしょうか。


延焼の原因としては、ホテルニュージャパン側が、度重なる消防当局の指導にもかかわらず、経費削減を理由にスプリンクラー設備などの消防設備を一切設置せず、かつ消防当局や専門業者による防火査察・設備定期点検も拒否し続けていたことがあげられています。



◆実刑判決日→入獄・服役へ (80才3カ月)
1993年11月26日
大運 庚戌 印綬
年運 癸酉 比肩 天中殺(空亡)
月運 癸亥 比肩
日運 辛亥 偏印

この日、横井氏は、ホテルニュージャパン火災で禁固3年の実刑判決を受ける。
比肩が「天中殺」(空亡)の年である。そして、入獄・服役へ。
この時期の運気をみると、金・水気が旺じている形となっています。


◆出所 (83才)
1996年
大運 庚戌 印綬
年運 丙子 正財

この火事で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。



◎大マゼラン雲 - Wikipedia

  
小柴昌俊さんは、ニュートリノの観測成功で、ノーベル物理学賞を受賞された先生です。

◆小柴昌俊 - Wikipedia


●[命式]
生年月日 1926年9月19日/寅卯天中殺(空亡)、互換空亡

生年 丙寅丙 正官 正官 胎  天中殺(空亡)
生月 丁酉辛 偏官 比肩 建禄
生日 辛亥甲 □□  正財 沐浴 天中殺(生日空亡) 

(大運)7戊戌17己亥27庚子37辛丑47(壬寅)57(癸卯)67甲辰77乙巳87

小柴先生の命式をみると、生日干支が生年干支を空亡し、生年干支が生日干支を空亡するという、四柱推命では「互換空亡」と言われる宿命天中殺をもっています。
このような人は、いわゆる世間とはかなり感覚がずれた特殊な運命の人が多いです。
実利の世界の入ると、自分で大きなものを築き上げ、そして自分の代で全て潰すという、
一代運となると言われています。
でも医者や僧侶などは適した生まれの星です。

つまり、このような宿命天中殺の人は、世間と隔絶したところでの仕事には向きます。
カミオカンデ(岐阜県 神岡鉱山地下1000mに存在した観測装置)の中での研究生活は、運命どおりの道で天職かと思います。


●[ニュートリノを検出]60才
今回のノーベル物理学賞の受賞のきっかけとなった、大マゼラン星雲内で起きた超新星・SN 1987Aからのニュートリノを「カミオカンデ」で検出した日時は

1987年2月23日
大運 癸卯 天中殺(空亡)
年運 丁卯 天中殺(空亡)
月運 壬寅 天中殺(空亡)
日運 癸卯 天中殺(空亡)

さらに、生月丁酉を、大運癸卯・年運丁卯・日運癸卯が三対冲(地中殺)するという、
彼の人生の運気のなかでも、特殊な日である。

天中殺と対中(地中殺)が三つも四つも多数重なって混在するという、
もし実利・実業の世界で生きていれば、命を落としたり破産したりしても不思議ではない瞬間といえるでしょう。

しかし、小柴先生の活動舞台は、『虚』の世界です。
学者・研究者という世界で生き、さらにその研究テーマが「素粒子物理学」という、
一般的には目に見えない世界の研究です。
虚の世界での活動では、天中殺が「陽転」するケースは、私の研究実例でも、沢山あります。
芥川賞を受賞したり、レコード大賞を受賞したり、芸術・文学などの世界では、よく起こる事です。また、宗教家やスピリチュアルの世界で活動している人にとっては、悟りの瞬間などにもなります。

ちなみに小柴先生は、この1カ月半後の1987年4月1日に東京大学を定年退職されています。

長年の研究に対して、退職直前のギリギリのタイミングで、まさにこの瞬間に「ニュートリノ」という天からの贈り物をいただいたかたちです。

天中殺の期間は、自分の生きる運命のパイプラン(規定ライン)の枠蓋が無くなる時期と言われています。いわゆる、「宇宙と繋がる時期」・「あの世と繋がる時期」と言われています。
小柴先生は、「天中殺のロイヤルストレートフラッシュ」の瞬間に、宇宙との枠蓋がはずれて、「天の機密」いわゆる「天機」を知る事となるのです。
まさに、選ばれた人の選ばれた瞬間です。
運命って不思議ですね。


●[ノーベル賞受賞日]76才
この日、電話でノーベル賞の受賞を受ける。

2002年10月8日
大運 甲辰 
年運 壬午
月運 己酉
日運 己酉
昼頃

大運天中殺も明け、この世(シャバ)に戻って来ての受賞です。
先生にとっては、ノーベル賞受賞の瞬間よりは、ニュートリノを検出した瞬間の方が、学者としては感動の瞬間ではかったかと、個人的には勝手に推測しています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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