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「人生いたるところ青山あり」のことわざはみなさん、

一度くらいは聞かれた事があると思います。

 

本来の諺とその意味は

 

「人間到る処青山あり」で、「青山」は、死んで骨を埋める『墓地』の事です。

 

東京の「青山」(あおやま)の事ではありません。(笑)

そういえば、東京の青山には「青山霊園」という墓地がありましたね。(笑)

 

話がそれましたが、ことわざ辞典をみると

◆人間到る処青山あり - 故事ことわざ辞典

 

ことわざの意味は、世の中は広く、死んで骨を埋める場所ぐらいどこにでもあるのだから、大望を成し遂げるためにならどこにでも行って、大いに活躍するべきである、

という事らしいです。

 

幕末の僧の釈月性の詩「男児志を立てて郷関を出ず、学若し成る無くんば復還らず、骨を埋むる何ぞ墳墓の地を期せん、人間到る処青山あり」から、とられています。

月性 - Wikipedia

 

 

 

私は、この元のことわざを、もう少し別な解釈をしています。

 

「青山」を「死に場所」ではなく、文字通り、「綺麗に晴れわたって美しい山」としてとらえています。

つまり、人生は何処に行っても、素敵な場所、素敵な人、素敵な事、美味しい食べ物、楽しいことにめぐり会えるという、さらに積極的な解釈です。

いわゆる「ポジティブシンキング」ですね。

 

 

地獄の底でも、素敵な人、素敵な場所、楽しい事はあると考えています。

また、それを見つけられる人、そう考えられる人になりたいとも思っています。

 

この4月のスタートの時期で、思わず転勤になった人や、第2志望の学校などに入学して、自分の希望どおりでは無い人生を歩んでいる人も多いかと思います。

また、いさんで行ってみたけれど、思っていたところと様子が違ったと、とまどっているか人もいるかもしれません。

そんな貴方に送りたいのが、このことわざです。

 

「人生いたるところ青山あり」

 

どこにだって、素敵な事や、素敵な人や、楽しい事や、美しい風景はありますよ。

また、今、苦しいと思ってやっている事が、将来の糧になる事もあります。

あなたが気がついていないだけです。

 

ちみなに、ブログタトルでは、「青山」を私の名前「晴山」に変えて使っています。

私の座右の銘となっています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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近年、冥王星が、残念ながら天文学的に「準惑星」に落とされてしまいました。笑い泣き

教授が准教授に役職を落とされた感じですかね。

 

いわゆる「格落ち」ですね・・・・。照れ

しかし、占星術的な意味合いには変化無く、ホロスコープに入れ込んで、占い師たちはいつもどおり鑑定しています。

 

 

そして、近年この「準惑星」に新顔が続々と発見されています。

それが、ハウメア、マケマケ、エリスです。

 

未だ、あまり占星術学会は、この歴史的な発見に占星術的な意味をつける作業に、

積極的ではないようにみうけられます。

 

いずれ、私が勝手につけていきたいと思っています。グラサン

(「マケマケ」は、「負け負け」な感じかな?ジョークです!)

 

冥王星から、新顔のラインナップを紹介すると

 

 

◆冥王星 - Wikipedia (公転周期248年)(1930年に発見)

 

 

◆ハウメア (準惑星) - Wikipedia (公転周期282年)(2003年に発見)

 

 

◆マケマケ (準惑星) - Wikipedia (公転周期310年)(2005年に発見)

 

 

◆エリス (準惑星) - Wikipedia (公転周期560年)(2003年に発見)

 

 

 

最近は、望遠鏡や宇宙技術の進化により、続々と「太陽系外縁天体」なるものが発見されています。

◆太陽系外縁天体 - Wikipedia

 

西洋占星術をはじめとする「実星占型」の占星術は、この新しい動きに着いていけてないような気がしてるのは、私だけでしょうか?

 

最後までお読みいただきありがとうございました。ドキドキ

 

 

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バビロニア数字 (出典)六十進法 - Wikipedia

 

 

日頃、占いで「四柱推命」を使っていると、この占術の原理になっている

「60干支」理論は、どこから来たのか、その源流の謎にぶち当たります。

 

◆干支 - Wikipedia

 

現在使っている「60干支」自体は、中国の黄河文明が源流で、すでに紀元前2000年前から使っていたので、現代まで約4000年に渡って脈々と続いてきたのです。

ここまでは、考古学的にすでにかなり解明されています。

 

 

しかし、私が興味があるのは、さらにその先です。この60干支(60進法)を黄河文明に伝えたのは、何処からなのか、そして何者なのか?

 

ここに興味を持つと、前期メソポタミア文明にあたる「シュメール文明」の「60進法」に行き当たります。

(※ちなみに「60」という数字は、公約数が多く古代より「神聖な数」とされてきました。現在も、時間は60進法で表記されています。)

 

◆六十進法 - Wikipedia

 

上記のウィキをみると、紀元前約3000年前より、シュメール文明やその後を継いだバビロニア文明で、この60進法は使われていました。

60進法を記入した、楔形文字も見つかっています。(トップ画像参照)

 

 

 以下は、あくまでも、私の独断的な推測です。

 

◆占星術 - Wikipedia

の起源自体は、古代バビロニアにあると言われています。

 

このうち、

●天体観測技術を中心に実星占星術理論の部分が西回りにヘレニズム・ギリシャ・ローマと進み発展したものが→「西洋占星術」となり

 

●数理論を中心とした虚星占星術理論の部分が東回りにシルクロード・中央アジア・中国と進み発展して→「中国占星術」となり、

いわゆる60干支(10干・12支理論)をベースとした占星術(四柱推命・紫微斗数や算命学など)となったと思っています。

 

そして、この2つの占星術の流れが、現代の日本で出会い、深まり、統合されて行くことを、「占星総合研究所」では目指してします。

 

 

 

(参考サイト)

※大ざっぱに言うと、チグリス・ユーフラテス河沿いで発展した「メソポタミア文明」の

◆前期を「シュメール文明」

シュメール - Wikipedia

 

◆後期を「バビロニア文明」

バビロニア - Wikipedia

 

と考えています。

そして、この「シュメール文明」は、『アヌンナキ』という「天空の神」からもたらされたというバビロニア神話があります。

◆アヌンナキ - Wikipedia

 

5000年以上前に、「天空の神」からもたらされた数学や天文学や占星術の知識が古代バビロニアより、東西に分かれて世界に伝わり、この日本でまた出会って、統合され、研究されていくなんて、歴史のロマンを感じますね。

 

私は、自分は、20代ぐらい前の「前世」で、古代バビロニアの天文官だったと、

勝手に思っています。口笛

 

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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