となみチューリップフェア

チューリップ四季彩館
この建物の中には
ワンダーガーデンがあり
春の花チューリップと季節の花々の
コラボレーションが楽しめます。













珍しいチューリップも沢山咲いてます

チューリップが一年中咲くための
ヒミツや伝来の歴史も紹介されています。

チューリップフェアが閉幕しても
四季彩館は室内なので
雨の日も季節を問わず
楽しめます。

花や緑を愛する特別会員として
年間パスポートもあるそうです。
一時期 買おうかと思っていました。
チューリップフェアの入場も無料ですし
年に何度も訪れるならと考えると
未だに 思案中なのですキョロキョロ

今年もチューリップに癒されました

チューリップ畑を見ると
圧倒されますよキラキラ


これが満開ならば
もっと感動するでしょうねルンルン








となみチューリップフェア

毎年この季節開催されます

可愛いチューリップが沢山咲いてます






チューリップ四季彩館へ


中に入ると チューリップのいい匂い








昨年の秋に皇室へ献上された品種


チューリップ以外の花もありました

四季彩館の中のチューリップは
この次にアップしますね!


となみチューリップフェア

4月22日〜5月5日まで


毎年恒例というか

人混みが苦手な割に

行ってますルンルン




年号変わるときは変えるのかな?




初日なので

まだ半分くらいかな

それでも綺麗に咲いてた



私のお気に入り





花の大谷



富山県警察音楽隊コンサート


特殊詐欺の注意もされてましたOK





チューリップの魅力満載

この続きはまた








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私は静かな場所が好きキラキラ



20日は父の月命日
お天気が良かったので母を連れて
お墓参りに行ってきました。


せっせと草むしりをして
ほうきとちりとりを持たせると
ちりとりで履いていたびっくり
逆だけど まぁいいかルンルン
注意されても我が道を行く認知症

息子が一緒に行ってくれたので
お墓参りをしてから
眺めの良い所へ

久しぶりのドライブ
二上山万葉ラインへ


母とこの鐘 ついてきました爆笑
ゴ〜ンと響く物凄い音
余韻もすごく体全体に響きました
ここへ来たなら是非鐘を鳴らしてみてね!




ずっと平和で過ごせますように!!


このお店 昔からあったね〜
今も変わらず営業中でした
懐かしいキラキラ


立山がくっきり見える

この眺め 好きだな〜

この先の城公園まで足を伸ばし


母は観音様に熱心にお参りしてました。
八重桜 まだ咲いてなかったタラー





ソメイヨシノは随分散ってました
海と山と空が綺麗でした。




私が小さい頃見てた桜が
まだ 健在でした
頑張ってるな〜桜桜



高岡市は財政難なので
万葉ラインも、整備が行き届かず
少し残念な感じがしました。
昔は デートコースだったのに
今もかな?

母は懐かしいと喜んでましたチョキ

何度でも来たい場所です!



アルツハイマー型認知症の母
緩やかに進行する中
神経質な母に苛立ちを抑えられない
そんな時もあります。

ほんの数分で今言った事も忘れる

これで助かってる部分も多く
母は何もかも忘れて
無限♾の繰り返し

介護する側は何度も聞いてる
何度も同じ答えを出す

わかっているけど またハッ
気持ちに余裕があればスルーできる

出来なくなると どうするのかアセアセ

母に言っても仕方がないのだから
誰かに話すしかない
誰でもいいわけでなく
介護の事を知っている人がいい
知らない人は 解決しようと
出来ない事を提案するから

とにかく 聞くだけでいい

それでも収まらない時は
娘とストレス発散のカラオケへ行く
大きな声で歌うと スッキリする

あとは景色の良い場所に出かける


こんな場所に行くと
自分の小ささを感じる

また明日から頑張ろうと思う!



キンクマハムスターのクラマハムスター

今日もマイペースで生きてますチョキ

急に暖かくなって桜も散ってますね桜

ポカポカ陽気の中
我が家のクラマはお昼寝中


気持ち良さそうラブラブ


何か用?
起こしちゃったねアセアセ


何かちょうだいルンルン


珍しく積極的ルンルン


でも、警戒心丸出し


やっと出てきたのに慎重なクラマ


いつも カメラ目線なのねキラキラ


ガサゴソ始めました


ひまわりの種少ないよね〜 


探し回る クラマ

一回りすると さっさと帰る


マイペースなクラマでした!!




先日のブログで母の介護の事を書いた

お知らせ通知を見てびっくり!!

沢山の いいね!コメントでの
励ましの言葉に感謝です

本当にありがとうございます!


その続きを書きますね

私も母も初めは不安だらけでした
介護されるのも介護するのも
初めてなのですから当然です

早期発見のアルツハイマー型認知症
早く薬を飲み始めたのも良かった

私が次女だから良かった
なぜか 姉に対する母はいつまでも母として
凛としていたいように見える
私の前では、少しずぼらでも平気
ありのままでいるのがいい

今でも 姉が来るよと言うと
そわそわする
姉にいい所を見せたがる

私と姉は連絡を取り合い
母がこういう時態度に出るとか
色々と伝えてあるから
心配無用なんだけれど
それを知らない母は必死になる

たまに 緊張するのも良い事だと思い

定期的に姉には顔を見せるように
頼んでいる。

姉は姉で 心配性な所が
母そっくりな人
自分ではそうは思っていないようだ
義兄にそう話すと その通りだという
わかっていないのは本人だけだ

そんな姉は私より5歳年上
だから小さい頃は母親が2人いるようだった
私が何かをする時に 必ず口出しし
これは出来ないから やめておけ
そんな無駄な事はやらない方がいい
自分で確かめたい私に 2人揃って
ダメと言っていた
私はダメな子なのか? と錯覚していた

今から思えば 私に失敗させたくないから
そう言っていたんだと分かる
それに気がつくまで かなり時間がかかり
自分勝手に生きてきたと思う

そんな私に 恩返しができる
チャンスをもらった
介護をするのは大変だけど
自分にできる事をするだけ
沢山の愛をもらった分
お返しするのは当たり前

私はそう考えている

歳をとると若い頃には
わからなかった事が
分かるようになる

私も歳を重ねてやっと
わかった事が沢山ある

まだ、若くてわかったような顔
している人 いますよね〜

私も昔はそうでした
がむしゃらに働いて頑張って
子供に親にしてもらって
親に感謝して
他人にも優しくなれて
これからも多くの事を知っていく
まだまだ未熟な私です

母が元気な時には
こんな日が来るとは思っていなかった

最近母は父の写真を見ては

お父さん 早かったね
いつ迎えにきてくれるの?

私はそんな時
まだまだお迎えはきません!
そう言うと、母は必ず

え〜何で知っとる?
まだまだ来ないのか!
今日も元気だしね

そう言って笑います爆笑

今日も元気ルンルン 笑って過ごしましょう!






















私が母親の介護を始めたのは

平成19年11月から


長い話になります。


父親の三回忌が終わり

ホットしていたら

母親の様子がおかしい?と

姉からの電話がありました。

この時の私は仕事をフルタイムでしていて

時々母親の様子を見に行ってましたが

全く気がつかなかった


まさか!?


姉は姑が重度の認知症で

毎日大変な介護生活をしていました

なので、母親のちょっとした異変に

素早く気がついたのです。


まさか!!


この時母は75歳

この時もまだ認知症とは

誰も思っていなかった。

いや、思いたくなかった。


検査に連れて行く

とはいえ

素直に検査に行くはずもなく

どう言って連れ出そう

そう考えていたら

キラキラ

健康診断で再検査の結果

コレステロール値が高い


この機会に

大きな病院で診てもらおうよ

私がついて行ってあげるから

この言葉に同意した母


私は仕事を休み

母を厚生連の神経内科へ

受付で再検査と認知症検査を申請

血液検査とCTを撮った


診察室

認知症検査をした

簡単な質問に

危なっかしく答える母

??

その時まで

認知症でないと思ってたのだが


まさかタラー


もう少しお待ちください


知り合いの看護士がいたので

(私は慢性甲状腺炎で通っていた)

どのくらいかかるか聞いた

1時間はかかるとの事

お茶でもして来ていいよ

そう言われて


母の好きなコーヒーを飲みに


母は美味しそうに飲んでいた

そして、

私どこか悪いの?聞いてきた


コレステロール値が高いから

もう一度調べに来たんだよ

そのついでにいろいろ検査して

悪くなければ安心でしょ!

そう言いながら

私が内心 ハラハラしていた


検査の結果


CTの写真を見せながら

医師がハッキリ

この辺りに萎縮が見えます

アルツハイマー型認知症です

すぐにお薬を飲む事をお勧めします

訳がわからないけれど

医師の言う通りにした


母を家に送った帰りに

本屋へ寄り

認知症関係の本を読んだ

その中から1冊買って帰り

ゆっくり読んだ

少しだけ認知症の事がわかった

本の通りではなく

個人の性格や環境によって

症状は様々な事も理解した


母はどんな風になるのだろう



認知症発覚から1ヶ月後

MRI検査を受けた


前頭葉の血流が悪いようです


母を家に送り

検査の結果は

コレステロールと血圧が高いから

薬を忘れないように

念を押して帰った


姉に報告をした

どちらかが母と同居した方が良いのでは

姉の姑の認知症は日々進行し

2人の面倒は無理

私の家に連れてくるしかない


家族会議

そして、本家の母に相談

本家の母が早く連れてきて

安心させてあげなさい

そう言ってくれた

嬉しかった

有難いと心から思った


当の本人は

私は1人でも大丈夫

まだ面倒みてもらう必要なし


断固としてくる気がなかった


私が仕事に行ってる間

人の家の留守番なんて嫌だ

なんやかんやと拒否していた


そんなある日

実家の近所の人から連絡が

公民館の掃除の日を間違え

何回も朝早く立っていた

散歩が日課の母は

迷子になったらしい

家がわからなくなり

困っていたと

さすがにここまで来たら

放っておけなくなり


仕事帰りによってみた

冷蔵庫を開けると

味噌が大量に買ってあった

毎日買い物に行き

買ったのを忘れてまた買い

それがずっと続く

几帳面な母からは

想像がつかない行動だった


姉からも言われていた

仕事はやめられないの?


私の家の経済的に

それは無理な事もわかっていた


母親の国民年金と

父親の遺族年金

合わせて

私の年収を天秤にかけても

辞めて大丈夫かもやもや

悩みに悩んだ


母の性格からして

施設とかは絶対ありえなかった

今決断しなければ

きっと後悔するだろう


私は仕事を辞めて

母の面倒をみることにした


支店長に状況説明をして

1か月後に退職

その後も母はずっと拒否していたが


姉夫婦と共に

家を片付け

11月にやっと引越しした

毎晩

帰らせてくれとせがまれ

今日は遅いから泊まっていきなさい

この繰り返し


やっと言わなくなったのは


母の友人が遊びに来たから

母がとても信頼している人

私も大好きな人

母の近況を聞くと

様子を見に来てくれた


娘に面倒見てもらえるなんて

なんて羨ましい

良かったね〜

そう言って母にここに来て

良かったと言い聞かせてくれた


それ以来

母は帰りたいと言わなくなった


はじめの頃は散歩も行けた

季節もハッキリわかっていた

少しずつ

出来ない事が増え

今は

季節さえもわからない

寒いのか暑いのかも

わかっていない

だけど

1人でトイレも行ける

着替えもできる

布団の上げ下ろしもやる

お茶碗も洗える

できる事はやってもらう

決して完璧は目指さず

足りない所はそっと手助けし

気づかれないようにする

私は 母がいつも笑っていてくれれば

それだけでいいのだ


毎月来るケアマネに


この人あれしろこれしろと

何でもさせると訴える


ケアマネはいい事やね

身体動かして元気になれる

だからいつも動けるんだね

プラスなことしか言わない


デイサービスの介護士さんも

母を元気にしてくれている

楽しそうに帰ってくる


同居した時は

10年後にまだ元気だとは

想像できなかった


姉も うまい具合に進行してるね

何でだろ?

不思議に思っている


安心


これが認知症の人には

1番の薬だと思っている

母がいつも安心できるよう

繊細な母だから

好きな事をさせてあげる

たとえ すぐに忘れても

母が安心していれば

私も安心なのですルンルン




いつまでも元気でいてほしい





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