教育訓練の一環として始めたブログ書き、訓練中ですら後半は更新をさぼっていました。
まずは2010年12月に日本では難病指定されているとても珍しい病気「フィッシャー症候群」を発症し、その年のクリスマスは病院で過ごしました。 退院したい、といっても帰らせてもらえませんでした。 医者から見れば退院させてそのまま死ぬ可能性が十分ある、と思われていたようです。
1年半以上を経過した今でもまだ病気は完全には治っていません。 右眼球の動きがまだよく無く、車をバックさせるときには気づくと片目つぶってます。
それよりでかかったのはやはりF1の事故。
事故直後から海外メディアの通訳としての仕事が立て続けに入り、教育訓練で1カ月に貰えるお金を2日間で稼げるので、結局訓練に最後まで参加することはできませんでした。
通訳をしていた日々、欧州のニュース時間に合わせて、各国メディアが東京では浅草は浅草寺境内に夜毎集結していました。 ここにKDDIの国際衛星中継車が停まり、各国のメディアがそれぞれの本国にその日に集めたニュース素材を本国送信していました。 そのまま生中継で放送することもありました。
ここで各国クルーの話を聞き、持ち込んだガイガーカウンターの数値を見せられ、日本の大手メディアが如何に何も報道していないか、真実・事実には目をつぶり、大本営発表のまる写しをそのまま伝えるだけ、という現実を知りました。
自分の抱える幼い子供達には雨には濡れるな、砂場で遊ぶな、側溝に入って遊ぶな、水たまりに入るな、草むらに入るな、と言い続け、それを健気に守る子供たちを見ているうちに自分が嫌になりました。
そして長女の1学期終了を待って、終業式のその日に引っ越ししました。
今は沖縄県宜野湾市というところに住んでいます。
こちらに来た頃、ここの雨は毒じゃないの? 雨飲んでも死なない? 落ち葉で遊んでもいいの? 砂場で遊んでいいの? 水たまりでばしゃばしゃやっていいの? と聞く子供たちに全部大丈夫、と言い続けながら、どんなに金がなくても、こいつらを健康に大人にすることが何よりも重要であり、この事故が起きる前にぷー太郎になってしまったのも、こうやって引っ越しをする決断をしやすくするためになっていたのかなぁ、とすら考えました。
人生で二度目の沖縄行きが「移住」ということになったわけですが、覚悟はしていたものの「見ると聞くとは大違い」結構ありました。
これからなるべく毎日でも更新して、同じように関東圏から沖縄への移住をお考えの方々の一助になれば、と思っています。
追伸
misのみなさん、お元気でしょうか。
その節は大変ご迷惑をおかけしました。
消えてしまい、まことに申し訳ありません。
多分、もう見てはいらっしゃらないでしょうが。
まずは2010年12月に日本では難病指定されているとても珍しい病気「フィッシャー症候群」を発症し、その年のクリスマスは病院で過ごしました。 退院したい、といっても帰らせてもらえませんでした。 医者から見れば退院させてそのまま死ぬ可能性が十分ある、と思われていたようです。
1年半以上を経過した今でもまだ病気は完全には治っていません。 右眼球の動きがまだよく無く、車をバックさせるときには気づくと片目つぶってます。
それよりでかかったのはやはりF1の事故。
事故直後から海外メディアの通訳としての仕事が立て続けに入り、教育訓練で1カ月に貰えるお金を2日間で稼げるので、結局訓練に最後まで参加することはできませんでした。
通訳をしていた日々、欧州のニュース時間に合わせて、各国メディアが東京では浅草は浅草寺境内に夜毎集結していました。 ここにKDDIの国際衛星中継車が停まり、各国のメディアがそれぞれの本国にその日に集めたニュース素材を本国送信していました。 そのまま生中継で放送することもありました。
ここで各国クルーの話を聞き、持ち込んだガイガーカウンターの数値を見せられ、日本の大手メディアが如何に何も報道していないか、真実・事実には目をつぶり、大本営発表のまる写しをそのまま伝えるだけ、という現実を知りました。
自分の抱える幼い子供達には雨には濡れるな、砂場で遊ぶな、側溝に入って遊ぶな、水たまりに入るな、草むらに入るな、と言い続け、それを健気に守る子供たちを見ているうちに自分が嫌になりました。
そして長女の1学期終了を待って、終業式のその日に引っ越ししました。
今は沖縄県宜野湾市というところに住んでいます。
こちらに来た頃、ここの雨は毒じゃないの? 雨飲んでも死なない? 落ち葉で遊んでもいいの? 砂場で遊んでいいの? 水たまりでばしゃばしゃやっていいの? と聞く子供たちに全部大丈夫、と言い続けながら、どんなに金がなくても、こいつらを健康に大人にすることが何よりも重要であり、この事故が起きる前にぷー太郎になってしまったのも、こうやって引っ越しをする決断をしやすくするためになっていたのかなぁ、とすら考えました。
人生で二度目の沖縄行きが「移住」ということになったわけですが、覚悟はしていたものの「見ると聞くとは大違い」結構ありました。
これからなるべく毎日でも更新して、同じように関東圏から沖縄への移住をお考えの方々の一助になれば、と思っています。
追伸
misのみなさん、お元気でしょうか。
その節は大変ご迷惑をおかけしました。
消えてしまい、まことに申し訳ありません。
多分、もう見てはいらっしゃらないでしょうが。








