最近改めて想うこと。

それは40代ぐらいで気が付いた自分が「エンパス」かもということ。

それ以来自分自身で「その枠」に入れてきたなあと。

人間て、区分けするのが好きなのか、

理解するためにそれが必要だったのか、

他にも、HSPやADHDとか自閉症とか、

自分という人間を理解するためには、

そういう「特性」があるんだなと知ることは必要かもです。

でも世の中、全く同じ人間はいない訳で、

自分で無理に「枠」に入れる必要はなかったと想うのは、

自分が創り出す世界なら、

「想った通りの事象」が起きていただけかもと感じたからです。

この地球に生きてる一人ひとりが、

尊重に値する「唯一無二」の存在だと知ることと

一人ひとりが持つ「個性や特性」があり、何か「区別」することもないと、

誰もが捉えることだけかも知れません。

 

ただこれまでの「常識や風潮」だと、

学校では「みんな同じように出来る」ことが当たり前、

また社会に出れば、

頭の回転が良いとか、仕事が早いとか、礼儀正しいとか、

挙げれば切りがないぐらい社会における「評価の基準」があった訳です。

だから社会全体が、これまでの常識に囚われることなく、

それぞれの個性や特性を理解して、

その中で苦手なことは補い合い、得意なことを伸ばしていけるような、

それが当たり前の社会になれば、

一人ひとりの「自己肯定感」が下がることもないのではと想います。

 

今日から自分で「結構なエンパスです。」と言うのを止めにします。

私自身も同じく「私」と言う「唯一無二」の存在だと自覚することだけ。

何かの「枠」には入れられないし、入れられる必要もないと。