
大人だと思っていた世代に到達して、想像とは全然違うと感じるのは三回目くらいだろうか……。
こどもの日、から生まれた思考のおはなしです。
お久し振りです、ご無沙汰しております。霞京介です。ただでさえ何を書こうか日頃から悩み、言葉がうまく紡げず更新が途絶えている昨今、フレンドリーに書こうとするとなおさら文章を書けなくなるので、この書き方、しゃべり方をご容赦いただきたい。不思議とこの書き方だと言葉が上手く舞うのです。一種の苦肉の策なのかも知れませんが、恐らく言葉に向き合ったときにフラットに現れるスタイルがこの文体なのでしょう。
幼い頃、学生時代に思い描いていた自分の姿と異なる自分が今ここにいる。職業や家庭環境ではなく内面というか……。具体的にどういう事かを思索してみると、なんとなしに答えが見えた。今ここにいる自分は昔思い描いていた二十歳相当の自分に当たるのではないか、と。つまり成長が十年ほど遅れているという事だ。道理で若く見られるわけだ。
…………失礼。
男は三十歳から、という言葉をここ数年胸に秘めて生きてはいたが、同時に「三十歳なんてまだまだじゃないか?」とも思っていた。疑いながら三十歳を迎え、思考と遊びながら腑に落ちる先程の結論にたどり着いた。
あくまでも霞個人の話であって、世間一般の三十歳は大人であるだろうと思っているし、同年代に対して喧嘩を売ってるわけでは無いことは明記したい。ブログをなかなか書けない理由の一つとして、こういった読み違いを誘発し、無駄に摩擦を生むことを避けるように書かなければならない面倒くささもあったりする。文章を書くって難しいことだ。
……と文字を踊らせている途中で、一つの仮定がうまれた。もしかするとこどもの有無ではないか、男が大人になるのは父親という存在
(……以下省略)
実験的に書きやすい文体で書いてみました。あまりにも更新していなかったので、無理矢理にでも更新をということも含めての執筆(?)です。
ただこの書き方の欠点は『収束しないこと』いつまでも頭の中の人物は語り続けるのです。それが一人でなく二人の対話、複数の談義だったりもしますが……。
でも、これが霞のやりたいことじゃないか、と最近思うのです。
霞の『○○歳から』はいつになるのでしょうかね。本当にやりたいことを形にできて、自分に自信が持てるように、自分が自分になったときでしょうか。
これからも不定期更新が続くでしょう。
暖かい目で見守って頂き、応援して下さると幸いです。しかし、この記事を読んだ後だと『何を応援するの?』となるでしょうね……(苦笑)
霞京介
(Twitterアカウント……@KasumiKyosuke)