2月初旬の福島行き、3日目。
この日はとてもいいお天気で、節分とは思えない陽気でした。
お昼には帰らないといけなかったので、また少しだけ海沿いを案内してもらいました。
前回記事の写真より北、相馬市中心部から近い、松川浦というところです。
細い砂州で海と隔てられた潟湖で、小松島と言われる景勝地であり、県立自然公園に
指定され、観光施設や漁港があり、海苔の養殖の盛んな場所だったそうです。
この辺りは、建物の基礎だけが残る枯野が広がる中、あちこちに重機が見えて、復旧
工事が始まっているようでした。

堤防も道路も壊れてしまっている状態の中、内側に新しく堤防を作る基礎工事?らしいです。


堤防の外側に出てみました。
見渡す限り、応急措置の消波ブロックが積まれています。


海はとても美しく、でも、立っているのが難しいほど風が強くて、穏やかな表情なのに波が高く、
さすが太平洋、という感じでした。

工事が始まっているとは言え、手つかずのところも多いようで、船が積み上がっていたり、
橋の欄干やガードレールがなかったり。



戻る途中で、災害公営住宅(いわゆる復興住宅?)が建設中なのを見かけました。
周囲に比べれば、敷地内にぎっしり並ぶ様子は息苦しい感じもしますが、明るく暖かそうな
印象で、仮設住宅から引っ越してきたらほっとするだろうな、と思いました。
看板によれば、工期は一昨日まででしたが、無事完成したのかな。


お昼に相馬を出て、車と新幹線を乗り継ぎ、18時過ぎに帰宅しました。
やっぱり遠いです…。
明日で丸2年が経つんですね。
これまで現地にボランティアなど行ったことはなく、今回も、ただ見るだけというのは躊躇われる
気がしたのですが、目に見えるところすら、復興ということばとはほど遠い状況が垣間見えて、
見せてもらえて良かったと思いました。
だから何かが変わるということは、私の場合はないのですが。
阪神のときにも感じたのですが、どんなに警鐘を鳴らしたところで、忘れる人は忘れていくもの
ですし、当事者ではなくても、覚えている人はそれぞれの形で心に刻んでいるものだと思います。
そして、覚えていたとしても、自分の生活をベースにする限り、できることは限られている。
知ることは大事なのですが、知ってどうする、ということとセットにならないと、あまり意味がない
ような気がします。
なので、2周年メモリアル報道が溢れるこの時期と、記事のタイミングが重なってしまい、何だか
居心地の悪い思いがしています。もっと早く書いておけば良かった…;
こんなのんびり記事で、不快に思われた方がいらっしゃったら、申し訳ありません。