日付が変わり… | missy0121さんのブロ

missy0121さんのブロ

ブログの説明を入力します。

先日、療養中だった、ばぁばのお兄さんさんが亡くなられました。



お年齢は67才。
まだお若いです。



胃癌で余命1年と言われながらも、打ち勝とうとされていました。



まだまだお元気でした。


時代祭の際も、京都に来たいとおっしゃってたのですが、
その前に東京に2度続けて行かれて、かなり体に負担だったようで、しんどいからやめとくわ、との事で、パパの晴れ姿を見て頂く事が出来ませんでした。



ある日、診察の為、病院に行かれた時に、脳梗塞になり、何もわからなくなられたそうで、即入院。



癌の方の薬は、ストップとなり、そちらを優先されました。



このご夫婦は、おじ様が退職された後は、2人の時間を大切にされ、どこへ行くのも、何をするのも一緒で、おじ様のおっしゃる事は正しいと、おば様は精神面でも頼っておられたようです。



そのおじ様が、癌になり、脳梗塞をおこしてしまった途端、おば様は糸が切れてしまったと言うか、おじ様が居なくなるという現実を目の当たりにしてか、すこし精神を乱されたようです。



子供達も独立してますが、香川と東京では、離れすぎてます。



おば様の気持ち、わからなくもないです。
私の母も、境遇は違えども、父を頼っていました。…というか、(母方の)寝たきりのおじいちゃんのお世話を9年間、面倒をみました。おじいちゃんにせよ、父にせよ、意地という名の依存で、亡くなった後、大変でした。本当は、精神的にものすごく弱い人だったので。



そんな母を見てるのと、私自身も今の生活を見ていると、そのおば様の気持ちがよくわかるんです。



ばぁばは、現実主義。
そうでなければ、生きていけないのでしょうが、人の気持ちは、そう簡単に割り切れるものではありません。



それでも、3つ上のお兄さんを亡くされた、ばぁばも悲しい思いをされているはずです。



そして、ふと私の兄2人の事、私のおじさんやおばさん達の事、脳裏に浮かびました。



両親が他界した私にとって、兄弟や親戚は大事なホームです。
私も、兄達にもし何かあれば、両親の時以上にダメージが強いんじゃないかと思います。
女姉妹なら、連絡も取り合うのでしょうが、兄達とは、全くと言っていいほど、連絡しあいません。
そんな私も、一昨日の晩、10才上のお兄ちゃんに電話しました。
『何か、ものすごーく淋しくなってん』って。
8才上のお兄ちゃんには、連絡してませんが、元気でやってるらしいので、又後日。



おじさんやおばさん達も、もう70才を超えているので、無理してでも会いに行かなければ、…と
考えています。
今のところ、3人とも健在なのですが、人は何があるかわかりません。




昨日は、母の命日。
8年前ですが、亡くなる日のお昼、お見舞いに行った時の事、忘れられません。ここ数日、様子がおかしいと兄から連絡があったので、顔を見にいきました。
病室に入ると、酸素吸入をしていた母は、眠っていました。



帰り際、
『明日、又来るね!』の私の言葉に、
『気ぃつけて帰りや。
明日、何時頃来てくれるん』
と母の声。
『お昼過ぎかなぁ』
『もうちょっと早よ来れへんの?』
『う~ん、わかったよ
なるべく早く来るね』



『…ん?』



妄想?夢?
母は、寝てるのに…不思議でした。



そして、日付が変わる少し前に、病院から連絡が…。



あれは、きっと妄想や夢ではなく、母の心の声だったのでしょう。



母は、子供が大好きで、人が大好きで、(あっ、父もそういう人でした。)キレイな人で、歌が上手な人でした。
…ちょっと人を追い込む所があったり、気の強い人ではありましたが汗


人には言えない事も多々ありますが、
嫌な思い出は、出てきません。
父も母も、私の大事な自慢の両親です。
この年齢で、両親がいない、帰る所がないのは、ものすごく寂しいですが、いつも見守ってくれているはず?!なので、家族みんな元気に過ごしています。

いつまでも、ありがとうね。



近々、おじさんやおばさん達にも連絡をとってみることにしようっと!




…長文ブログで、すみませんでした。
最後まで、読んで下さり、感謝致しております。ありがとうございました。