《殺処分される犬と面会し引き取ろうと決意。10日後、保健所で講習を終えると...》
【殺処分前の犬たちの悲痛な叫び!!!】
遠い昔、父に連れられて保健所(犬、猫の保護施設の方)に行ったことがある。
飼い犬が病気で亡くなって、その亡骸をゴミとして捨てるのは忍びないと、父が保健所で火葬してもらうと言い出して、私もついて行ったのだ。
当時は、まだペットのための墓地などなかった時代。。
そこでかなりショッキングな光景を私は見てしまった。
何十年経っても、あの時の光景は忘れられない。
当時は、今のように動物愛護センターという名前ではなく、”保健所”だった。
そこには迷い犬や捨て犬、野良犬たちがたくさん集められていた。
彼らは粗末な檻にまとめて入れられていた。
私たちを見つけた彼らは、ものすごく悲痛な鳴き声をあげて、一斉に檻の下から手を出してかきむしったのだ。
それは、「ここから出して!助けて!お願い!連れて帰って!」きっとそう言ってたんだと思う。
彼らには命の期限があった。
数日以内に飼い主が現れない場合は、殺される運命。。
ガス室は彼らから見えていた。
そこは、日が経つにつれ、ガス室に近い檻に移動させられるシステムだった。
だから、彼らには確実に死が近づいていることがわかっていたのだろう。
あの時、子供だった私にはどうすることもできなかった。
でも、父に「お願い、ここから犬をもらって!」と頼んだ。
そしたら、父はこう言った。
「お前はこの中から1匹だけを選べるのか?」。。
私は選ぶことはできなかった。。
必死に助けを求めているたくさんの犬たちの中から1匹だけを選ぶことなど。。
できなかったのだ。
犬たちも殺される運命にあることはわかっているのです。
恐怖でいっぱいなのです。
【やっと保健所から引き出せた。。でも1匹。。】
あの時、自分は何もできなかった。
その思いはずっと消えなかった。
その後、私は渡米した。
アメリカでは7匹の捨て猫を助けることができた。
みんな最後まで一緒に暮らした。
今、そのうちの1匹だけが残っている。
その猫は、米国から日本に一緒に連れてきた。
もちろん、この猫も最後まで一緒に暮らしていく。
日本に戻ってきて、保健所(今の動物愛護センター)から、殺処分が決まった1匹のシニア犬を引き出した。
あの時、できなかったことを、やっと取り戻すことができた。
でも、今の私には、まだこの犬1匹しか助けられていない。
【殺処分になる犬を・・・】
私が保健所から犬を引き出すまでには、10日間かかった。
引き出すために保健所が定期的に行う講習を受けなければならず、一番近くの講習日まで10日間も待たなくてはならなかった。
私は、それまで保健所に何度も何度も足を運んで譲渡対象の犬たちと会っていた。
だけど、この保健所では、譲渡対象になった犬たちは飼い主が見つかるまでここで保護され、殺処分されることはないと知り、できれば殺処分になる犬を引き出したいと考えるようになった。(ペットショップでお金を払って命を買うようなことは一切頭にはなかった。)
でも、この保健所では、殺処分が決まった犬たちとの面会は一般人にはできないシステムで、どうすることもできなかった。
それで、いろいろ考えた末に、地元の動物愛護のボランティア団体に相談した。
「保健所で譲渡対象の犬たちではなく、殺処分になる運命の犬がほしい」と。
すると、このボランティア団体の働きで、保健所で殺処分が決まった1匹の犬と面会が1度だけ可能になった。
でも、それは、そのたった1度の面会で私が決めなければ、この犬は殺処分されてしまうというとても重い話であった。
どんな犬かわからない、犬との相性もあるだろう。。
でも、自分が希望したのだから、もうその犬に決めるしかないと肝を決め、その話をうけることにした。
犬は、8歳以上のシニア犬(老犬)であった。とても大人しかった。
職員の人にリードを持たせてもらったので、「ちょっと外を一緒に散歩してみてもいいですか?」ときいたら、「室内(ここだけ)にしてください。」ときっぱりと断られた。
それで、室内を数メートル、時間にしたら、ほんの数分、一緒に歩いただけに終わった。
それで、その犬をもらいうけることになった。
10日後の講習を受けてから。。
【10日間ずっと信じて待ってた犬】
10日間も時間があいてしまったし、わずか数分だけリードを持っただけだったので、まさかその犬が私のことを覚えてくれているとは思わなかった。
『だが、その犬は、私のことをちゃんと覚えててくれたのだ。しかも、この人が自分を助けてくれる人だとちゃんとわかっていたのだ。』
10日後、保健所での講習終了後、犬を引き出すための必要書類を書いていたところに、職員さんがその犬を殺処分用の奥の建物から出してきた。
講習が終わったばかりだったので、私の周囲には、たくさんの人たちがいた。
動物愛護ボランティア団体の人たちもそこにいた。
犬がリードに繋がれて出てきた。
みんなが犬に声をかけていた。
だが、その犬は!!!
『周囲の誰にも目もくれず、椅子に座って書類を記入していた私のもとに迷わず向かってきて、立ち上がって、私の膝を前足でチョンチョンとたたいたのだ。』
これには、間に入ってくれたボランティアさんたちもびっくりした。
「誰が命を助けてくれるのか、ここから出してくれるのか、ちゃんとわかっているのねぇ~!」と。
それは、10日前にちょっとだけ面会した私が、その後10日間一度も会ってもいないのに、
「この人が自分を助けてくれるのだ。迎えにきてくれるのだ。」
と、この犬はまるでずっと私のことを待ってたようだった。
たぶん、そうだと思う。
動画が残ってないことが残念だが、本当に私もびっくりしたくらい、この犬は私のことをちゃんと覚えていたし、私が迎えに来たこともちゃんとわかっていたのだ。
【ペットショップでの檻と、保健所の檻 その両方を経験してしまうこともある】
犬も猫も、人間と同じように「気持ち」があります。
人間と大きく違うことは、彼らは「無償の愛」を与えられるということかもしれません。
そんな清らかな心を持っている彼らに私たち人間は何をしているのでしょう?
日本は、ペットショップで犬や猫を当たり前のように狭い檻に入れて陳列して、商売している恥ずかしい国なのです。
このことに対しては、たぶん世界一、恥ずかしい国かもしれません。
日曜日ともなると、そんな狭い極悪の環境である檻の前に、たくさんの親子連れが「わぁ~かわいいねぇ~!」と集まってきます。
母親から無理やり引き離されて、うんこまみれ、しっこまみれで運動することもできないでひとりぼっちで見世物同然にされている小さな命たちを笑顔で鑑賞し、やすらぎを得てるなんて、おかしいと思いませんか?そんな状態を子供たちに見せておかしいと思いませんか?
ペットショップでは、彼らのことを”生体販売”と呼んでいます。
彼らは商品であり、物扱いなのです。
売れ残れば、どうなるのかわかりません。
でも、需要がある限り、何度でも繰り返されていくのです。
お金で買われる命もあれば、捨てられて処分される命もある。
保健所には、かつてペットショップで生体販売されていた犬たちもたくさんいます。
生まれて2~3か月で生体販売の檻に入れられ、そして殺処分の檻に入れられる子たちもたくさんいるのです。
おかしいですよ。日本のこのペット事情。。。
ペットショップで値段が半額以下になったペットたちは、なんらしか処分される前だと思います。
どうしてもペットショップで買うのであれば、どうかそちらを選んであげて下さい。
でも、ペットショップから命を買う人がいる限り、生体販売は続いていくこともお忘れなく。
もっと真剣にこの問題を日本は考えなければならないでしょう。
『このままでいいはずがありません。』
まだ生きられる命をこんなにたくさん殺してしまっていいはずがないのです。
(spotligtより)