Misssimのリスペクトするブロガーダメ子さんがアメブロで甘酒を紹介していたので早速、作ってみました。
たまたま冷蔵庫に米麹がストックされていたので、そんなお家はレアだと思いますが、シメたと思い甘酒作りに挑戦です

まず、炊飯器でお粥を炊きます。生まれて初めてお粥を作ったのですが、スイッチひとつで透明感のあるとても綺麗な仕上がりとなりました


ここから温度計が必要なのですが、Misssimが持っているものはワインの温度を計るのに使っている40℃までしか計測出来ないタイプです。それは人体用ではないかと指摘されましたが、未だかつてこれで熱を計ったことはありません。はい、キッチンに常備されている紛れもないワイン用です
甘酒は冷やして頂くと上品な甘さのデザートのようです。学生時代ドイツでひと月働いていましたが、その頃によく口にしたミルヒライス(ミルクライス)のよう。お米の甘味がじんわりと感じられ、甘味が苦手なMisssimでもパクパクいけます。
お湯割もなかなかです。お湯割りと聞くとお酒のイメージが強いのですが、酵母菌は無添加なので甘酒と言えども、ノンアルコールです。必須アミノ酸、ビタミン、ぶどう糖などが含まれており飲む点滴と言われている凄奴です

見た目は炊き上ったばかりの柔過ぎのべちゃライスですが、正真正銘の甘酒です。麹菌がでんぷんを糖化しぶどう糖に分解、タンパク質はアミノ酸に分解されました。
どうりで今年4月に作った自家製味噌から強い旨味を感じたワケです。大豆のタンパク質が旨味であるアミノ酸に大変身したからですね。納得です


発酵の力は偉大ですね

ただ、朝目覚めて炊飯器を覗いた時に腐ってしまったのかと疑いました。匂いでは判断が出来ず恐る恐る口に運ぶと美味しいではありませんか。ほっと、一安心。発酵と腐敗は紙一重です。人にとって有益であれば即ち発酵と言う事ですね

発酵もそうですがやはり生き物は大切ですね。ワインもそうです。樽やタンク内、或いはボトリング後も彼らは瓶内でまことしやかに生きていますから

ワインの生からその対極である死についても考えてみました。
ワインが死を向かえる時とはどんな時でしょうか。劣化した時?人に飲まれて消費された時?この世から消えてなくなった時?
生きとし生けるものが必ず直面するものが死であり逃れられない絶対的なものです

数世紀続いているワインメーカーも一定期間が来れば醸造家達は伝統と技術を引継いで次の世代にバトンタッチです。神と言われるような偉大な作り手も世代交代を余儀なくされます。
Misssimが思うに、今、生きている人々の記憶に残っていればそれは永遠に生き続けているということなのではないかと。人間の記憶というものは非常に曖昧で儚いものです。横の伝承、あるいは縦の次世代に伝承されなければ即座に死に絶えるものです

ワインも人も死を向かえるのは人々の記憶から完全に忘れ去られた時なのではないかと想像します。地球上から1982年ヴィンテージワインが全て消えてしまっても、例え自分が亡くなってもそれを即ち死と捉えるのではなく、人々の記憶に永遠に生き続けられる事が出来たら実物は存在しなくとも生きていることになるのではないでしょうか

Misssimの5、6世代末裔の会話を思い描きました

「21世紀に生きていたMisssimおばあちゃんはやっぱり素敵ね。私の憧れだわ」
「そうだね、ママ。彼女が残した名言と貴腐ワインは我が家の家宝だね」
Misssim没後、数百年後のお話です。
誰かの記憶に残り続ける人でありたい。そんな人生を全うしたいと思いました













