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( 奥にジュリエッタ像、右上が有料で入れるバルコニー )
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( ジュリエッタ像 おっぱいは皆が触るので光っている 奥に手紙が見える )
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( 入り口の両壁に掛かれた愛の言葉? )
ヴェローナで有名のはロメオとジュリエットの舞台となったジュリエッタの家の話は、ヴェネチアからヴェローナへのバスの移動中に添乗員さんが説明をしてくれていました。
私は4年ほど前に映画「ジュリエットからの手紙」という映画でこの場所を知ったのでした。映画では50年も前の昔の手紙が出てきてその主を探すという話でとても面白くて何回か見てジュリエッタの家の場面を覚えています。映画では庭の上から撮影しているので臨場感がありましたが、普通に下から見ているだけでは小さな場所なので印象に残りにくいと思いました。映画で見た場所に実際に来られてよかったなというのが第一印象で、実際には小さな場所で感動を与えるには少々狭い過ぎるかなというのが感想でした。
観光の閑散期というのもあるのか人が多くなかったのでジュリエッタ像との撮影もそれほど時間がかかるものではありませんでした。季節が冬だけにつたも枯れていて小さな庭も今少し輝きが内容に思いました。
この庭の横にはお土産屋がハートを色々なものに縫い付けるものを販売しており若い女性にうけるようなものかと思いました。日本人の女学生も卒業旅行なのか大勢見受けられました。
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 ( ランベルディの塔が見える通り )
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( エルベ広場 )
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( ジュリエッタの家の前 )
ブラ広場からジュリエッタの家までに行く途中は繁華街なので観光をするという意味では丁度よい歩きでしたが、添乗員さんは見慣れた景色なのかどんどんと早足で歩いて行くのが何とも残念だと思いながら、撮影しながらの歩きでした。多くの道が大理石なのが驚きでした。イタリアは大理石が豊富だといっても道にまで使うのは何とも贅沢な限りであるという感想を持って歩きました。
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( ブラ広場から見たアレーナ 幅は約150m )
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( アレーナ ローマのコロッセオと似ている )
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( アレーナとマリア像 )
ブラ広場を言葉通りにぶらぶらしながら入り口とは反対側にあるアレーナに行って撮影をしました。ここでも変な客引きがありxxの寄付をお願いますと言って金をとるものでした。金をとると聞いたとたんに断りました。
アレーナはローマのコロッセオより規模は小さいものの形がきれいなのが特徴なのかと思いました。ここも外側だけ見て終わりなので時間はそれほど係りませんでした。
アレーナを見るよりも、直ぐ近くにあったヴェローナの有名なマッツィーニ通りの端にある、ハートの形をしたオブジェの前で撮影にツアーメンバーが興じていたので流石に俗物観光だなという感想を持ったのでした。
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( 城壁が歴史を物語る )
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( ブラ広場 広大な広場に石が敷き詰めてある )
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( 城壁の門 )
バスを降りてから歴史ある城壁や立派な市庁舎を見ながらアレーナのあるブラ広場に来ました。ここではトイレがあるのでトイレ休憩をとりました。お札しかないので困ったなと思いながら地下のトイレに行くと両替器があったんので助かりました。
ブラ広場は未だ早朝のせいか人は少ないのでその広さがよく分かりましたが、これだけの広さの場所に石が敷き詰めたるのが私には驚きでした。その昔に奴隷が作ったのだろうと思いましたが、日本なら砂利を敷き詰めておわりというところだろうと思いました。皇居のまでさえ砂利道があるだけということに比べれば、こんな小さな街でも石が敷き詰めるという事には甚だ驚くばかりでした。西洋文明と日本の文化の違いがこういうところにあるのかとも感じさせられたのでした。
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( 霧のベネチア )
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( ヴェローナに近づくにつれて霧は晴れてきました )
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( ヴェローナ市内 松はローマと同じ形状 )
2月20日(金)、この日はツアー観光の最終日でした。午前9時にヴェネチア郊外のホテルを出て高速道路でヴェローナに向かいました。添乗員さんはバスの運転手を休ませる必要があるので遅い時間に出ますと説明をしていました。毎日朝から晩までバスに乗りっぱなしなのでご苦労さんという事とイタリアでは運転時間の規制があるという事でした。
ピサではツアーの予定にはなかった斜塔を登るということもありバスに予定時間よりも1時間近く遅れたので、その時は私が代表でツアーメンバーからチップを集めて渡しました。添乗員さんは「先日は私が渡したので、今日はツアーのどなたからか渡してください」と言われて私が渡したのでした。運転手さんはわざわざ座席のところまで来て日本語で「ありがとう」と言っていました、運転手さんは遅れてもチップを貰う方がうれしいのではないかとも思えたのでした。それくらいに毎日夜遅くホテルに到着しているという事でした。
私はバスの長旅と聞いていたので運転手さんに日本でお土産を買っていました、フィレンツェのホテルを出る時に持参したお土産の風呂敷を渡したらたいそう喜んでくれました。添乗員さんによればイタリア人はちょっとしたプレゼントをするという風習があると聞かされて、私のお土産もそういう類と理解されたのかなと思いました。
ヴェネチアを出て約1時間半かかり、午前10時30分頃にはベローナに到着して、何時も通り市街手前の駐車場でバスを降りました。
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( 霧があたりを包む ホテルドュカーレ前 )
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( ホテルのベランダから撮影 LRTは電気で動いていました )
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( 少量のパン 後でハムとチーズが来ました )
2月20日(金)のホテルドゥカーレの朝食は韓国人の50人程のツアーが優先されて、我々のツアーの朝食は午前7時45分と遅いものでした。ホテルの出発も午前9時と遅いので起床も朝6時位に少し遅めに起きました。
午前7時少し前にホテルの近くを散策するも濃霧で、出勤する人がバス停とかLRT駅に歩く人の姿ばかりしか見えず、周りは住宅街で見るべきものも無く10分ほどでホテルに帰りました。街の片隅の小さな公園の土のあるな場所には霜柱が出来ていたので寒さも知れると感じました。
ホテルの私の宿泊した部屋は道路に面した3階でベランダがありました。寒いベランダに出て、道路を走るLRT見ていると、音が静かでおかしいなと思ったら電気で走るバスでした。しかし形状は普通の電車と同じなので電車と勘違いしたのですが、一昔前のトロリーバスという物でした。良く見れば道路にはアース用の線路が一本だけなのでした。
そのLRTの電気を給電する電線を釣る線が家の壁から出ていることには驚きを隠せませんでした。日本では絶対にありえないと思いましたが、それは逆に言えばそれくらいに建物が長い間建て替えることを考えられない事を前提としいると思い、日本との考え方の違いがあるように思われました。
午前7時40頃にレストランに行くと我々の朝食を食べる部屋の隣の大きな部屋は、韓国人ツアーの食べ散らかした跡がありました。その後片付けづけも終わらないうちに我々のツアーの朝食の時間が来たのですが、食べるものが少なくて現れた添乗員さんが「これじゃあ可哀想だね」と言って厨房に行って一言二言言うとハムとチーズの切ったものが出てきて漸く朝食を食べることができました。小さなホテルなので、これほどの人数をさばいたことがないだろうなという事態であったと思いました。
この日のフロントには昨日の小柄な良く働くおばさんではなくて、雰囲気は同じの眼鏡をかけたおばさんで添乗員さんは「同じように見える人ですが、愛想が悪いね」と感想を述べていました。確かに眼鏡が昨日のおばさん同様に四角いものだったので一瞬見ると同じ人に見えるのですがよくよく見ると背も高く頑丈そうな人に見えました。
朝食はゆっくり食べても午前8時過ぎにしかならないので部屋に戻り寒いベランダに出たり入ったりして時間を過ごしました。
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( トマトソースのパスタ )
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( エビとイカのフリッター )
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 ( アップルパイ 一人一切れ )
ホテルのフロントは韓国の観光客の対応で手いっぱいというので、ツアーメンバーのキーは食事の前にもらうというようなことになりました。
ホテルに到着したのは午後7時15分位でしたが、ホテルのレストランに入ったのは午後7時40分位で、ホテルは多忙の中の対応らしいと思いました。
食事も出てくるのに時間がかかり、フロントの仕事が一段落したらしくフロントにいた中年の小柄な女性が食事の配膳をしていました。一人で何役もこなすので私はてっきりこの女性がホテルのオーナーさんかなと思って添乗員さんに告げると、添乗員さんがその女性にオーナーさんかと質問したら違いますという答えでした。この女性が一人で何役もこなしているのを見ていると、普通は暇なホテルでたまたま今日だけが忙しいのかなと見方を変えたのでした。
バスの運転手さんも一緒に食事をしていましたが、そのうちに電話が来て何処かに行ってしまいました。我々が食事を終えても戻らなかったのでバスの燃料でも入れに行ったのかと想像をするだけでした。
食事は簡素でしたが味は日本人向きのもので美味しくたべられましたが、朝から晩までこういうカロリーの高いものを食べているし、何よりも野菜が少ないのが気になりました。食事が終わったのは午後8時過ぎでしたが、部屋に行って寝るだけなので気は楽でした。
このホテルは結構古くて風呂場はシャワーだけだったので疲れが落ちないように感じました。部屋も少し狭く使いづらいと感じました。
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( 水上バスを降りてバス駐車場に向かう場所の土産物他 )
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( 夜の土産物屋の軒先 )
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( ヴェネチアの街の光が名残惜しい )
イメージ 4( ヴェネチア郊外のホテル )
午後7時位に水上バスを降りて再びバスの駐車している場所まで歩きました。途中の土産物屋は夜も営業していましたが閑散としていました、そういう光景の方が写真としては面白く見えました。
バスに乗車して真っ暗な道を15分程走りヴェネチア郊外のホテルに到着しました。道路が暗いだけにバスがヴェネチア島の街の灯が点々と見えたのは何とも印象的に感じました。
午後7時15分位にヴェネチア郊外のドゥカーレホテルに到着しましたが、この日は韓国からの大勢の観光客と遭遇してホテルのフロントは混乱していて少しばかりチェックインまでに待たされました。
部屋に入る前にホテルの食堂で夕食を澄まそうと添乗員さんからの話があり、ホテルの部屋に入る前に食事をすることになりました。
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( 暮れるヴェネチアの街を桟橋に向かう )
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( 桟橋から見たヴェネチアの夕景 )
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( 水上バスから見た鐘楼とドゥカーレ宮殿 )
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( 窓から灯が見えるヴェネチアの街 )
ゴンドラ観光が終わると午後6時30分くらいで、間もなく暗くなるじかんでした。薄暗い道を水上バスが係留している桟橋まで歩くうちに何枚か撮影しました。やっぱり空が赤くはなりませんでした。桟橋で現地ガイドのイタリア人のおばさんと別れました。
水上バスに乗船して撮影しようとすると着た時よりは温度が相当低く感じられて長時間船の外にはいられませんでした。こういう暮れゆく景色もそれなりに風情があるものだと思って見ていました。
ヴェネチアンを出る時の10分位が限度で、そこから先は船内でじっとして到着するのを待っていました。
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 ( 狭い路地から海に出たところ )
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( サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会 )
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( 夕景のゴンドラ )
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( 橋の手前が乗場、先が下り場 )
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( チップを入れる帽子 )
もう日も落ちているような時刻でしたが全く暗いというような感じはなかったのが救いでした。夕焼けならよかったのですが、靄がかかっていてきれいな夕焼けがゴンドラから見えなかったのが残念に思えました。
ゴンドラの船頭さんは横じまのシャツを着ているのかなと思ったら、冬で寒いのでジャケットを着こんでいました。船頭さんも若い人は、ゴンドラを操るのに年配者からあれこれ注意をうけているように聞こえるよう会話を聞きながらゴンドラに乗っていました。
最初は細い路地のような場所で両側に汚い家の壁しか見えませんでしたが、海に出るとクーポラのある教会が見えたり、ゴンドラが浮いている様子ががなかなかにいい光景だと思い撮影をしましたが、ゴンドラは揺れるので撮影もそれなりに大変でした。我々が乗っているゴンドラを大型の水上バスに乗った大勢の中国人が撮影をするというようなこともありました。
30分と言われたのは本当に30分なのかと思える程に短いものでした。ゴンドラの航路は四角いルートを一周するもので、あっという間に時間が過ぎました。
ゴンドラ下り場は乗場とは橋の反対側にありました、その場所にはチップを入れる帽子が置いてあって1ユーロを入れて下さいと添乗員さんが言っていました。
ヴェネチアに来たらゴンドラ観光は是非してくださいと言うのが私の感想でした。日本でも川下りの船がありますが、そういうものと同類かなと思えるのでした。