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                   ( 雪の解けた河原から山道に入る )
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                       ( この先も川沿いの道が延々と続く )
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                        ( 川沿いの細い一本道 )
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                                                       ( 人の少ないババ平に到着 )
雪渓を下った場所で午前8時くらいだったので太陽に当たっていても暑いということはありませんでした。しかしこの先ではだんだんと日の光が強くなり気になりだしました。昨日は様子を窺いながら歩いたというのが、今日は天気も良いし歩くのは苦になりませんでした。早朝の山の空気は冷たくはありませんでしたがすがすがしくは感ぜられるものでした。体が山の空気で癒されるように感じたのはこの辺りまでした。
急坂の雪渓下りが終わると、先は急な坂も無くだらだらした坂をひたすら下りるばかりというのは分かっていたので、これからは歩け歩けというようなテンポで下山したのでした。昨日よりは楽なので途中の数少ない高山植物を撮影しながらという余裕もありました。
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                   ( アイゼンの無い人はロープにつかまって下山 )
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                      ( 雪渓下りを始めた地点で振り返る )
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                   ( 雪渓をだいぶん下った地点で振り返る )
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                                               ( 雪渓下りの終点 アイゼンを外す )
急な雪渓下りになって、登山ガイドのOさんはアイゼンの無い人達をロープをつかませて一列になって下るように準備をしました。先頭の添乗員の山Yんはアイゼンを持ってきていないので、Oさんが作ったという布製の靴の底を保持する道具を付けて滑るのを止めることにしていました。
急な雪渓はアイゼン無しでもさくさくと下りる人たちや、半分滑りながら下りる人など様々でしたが、皆我々のツアーメンバーよりも早く下りていきました。又、アイゼンを付けたメンバーは先に雪渓の下で待っているような状態でした。私はどのみち下で待つくらいなら遅いアイゼン無しグループとゆっくり下りたほうがいいだろうと思って、ロープを握っている列の横で下りてゆきました。途中で滑ったのでロープのメンバーから「アイゼンは雪に刺して下りなきゃ」とアドバイスをうけたので、その先は軽アイゼンの使い方の練習だと思いながら歩きました。
普通ならば2・30分で下れる雪渓の急斜面を40分くらいかけて下りたました。添乗員のYさんが「お待たせしてすみません」と謝る必要などないのになと思いながら聞いていました。雪渓を下った場所で午前8時くらいだったので太陽に当たっていても暑いということはありませんでした。しかしこの先ではだんだんと日の光が強くなり気になりだしました。
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                 ( ななかまどの白い花を見ながら下山 )
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                   ( 右上の雪のある場所が氷河公園 ) 
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                    ( 快晴の山並みと雪渓が綺麗 )
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                                        ( 雪渓下りの起点に到着 )
坊主岩屋下から雪渓歩きの場所までは、最初は雪渓がありましたが残りは大半がごつごつした岩のつづれ折れの道を下るものでした。時々こんな朝早くからゆったり登山する若い女性に何人かに出会いました。それに加えて我々よりも足の速い若い人の軍団がどかどかと下山したりするのみも遭遇しました。そういう登山者の間を縫うようにゆっくりと下山しました。
途中で登山ガイドのOさんが反対側の山に見える積雪したあたりを氷河公園と言って雪が解けると池が出来て槍ヶ岳が映りますという解説をしてくれました。それに加えて、今年は今頃になってもこんなに雪が多いので根雪になる可能性がありますという感想も漏らしていました。
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                        ( 坊主岩屋下を出発 )
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                   ( 振り返ると槍ヶ岳がまだ見えました )
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            ( トラバースする雪渓から下を見ると急坂を登って来る人が見える )
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                                       ( 朝日に輝く湧き水、命の水だ )
下山するときは気持ちに余裕があったので周りの景色を楽しむことが出来ました、そのせいか昨日横切った雪渓の道も昨日のもうろうとした頭では殆ど記憶に残っていなかったのですが、その雪道の深さとか固さとかが体を伝わるのがよく分かりました。それにこの雪渓の急坂を登っている人がいたので驚きました、その豆粒みたいに見える人たちを見て、昨日は槍沢ロッジに宿泊して早出して登ってきたのだろうかとなどと勝手な想像をしていました。
坊主小屋下の次に休憩したのは水場でした。昨日はこの水場まで登ってくるのに完全に体力も無くなり頭が真っ白な状態だったのを思い出しました。昨日は水場の清水が湧き出る写真を撮り忘れていたので水を飲みがてら撮影を行いました。
「この水は湧き水なのできれいで飲めます」と登山ガイドのOさんが言っていたのですが、岩の割れ目から吹き出す水は冷たくて生き返るようでした。何よりも冷たいというのが火照った体には一番のごちそうだということだと思いました。水場を下りるときには岩に「水沢」と書いてある文字に気づくほどに体調は良くなったと、昨日の体調との大いなる差を感じた場所でした。
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                   ( 坊主岩屋下から見る槍ヶ岳、最高!!! )
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                      ( 坊主岩屋下から下を見る )
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( 槍ヶ岳山荘で昨晩もらった朝食はおこわでした )
坊主岩屋下では空は快晴で槍ヶ岳が美しく見えて登山したかいがあったと感じさせる風景を目に焼き付けることが出来て満足しました。又、空気も冷たく気持ちのよいものだと感じさせる場所で、日ごろの憂さを一瞬忘れさせてくれました。
 
昨晩の夕食が終わって朝飯として渡されたのを、この坊主岩屋下の休憩の時に開いてみると竹皮におこわが包んでありました。皆が美味しそうに食べるのですが私は三分の一も食べられずのそのまま残しました。下山中に何とか全部食べたいと思いましたが、結局家まで持って帰ることになりました。
おこわは決してまずいようなものではなく、若い人向けに鶏肉とかも入った具の多いもので味は悪くはありませんでしたが、昨日の延長で歩きだすと食べられなくなる私の体質でそうなったようでした。ザックの中には、このおこわより一昨日にもらった横尾山荘の朝食のパンも全部残っていて、自宅に帰宅後少しづつ山の思い出として朝食に食べました。そういう食べ方も悪くないと思いました。
この日も長時間の下山するほどに体が火照ってきて、水ばかりをほしくなり食欲は失せてしまいました。
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                    ( 朝焼けの岩肌を見ながらの下山 )
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           ( 本当に苦しかった殺生分岐からの登り道を楽々下りる )
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                       ( 急坂も下りは楽だ・・・ )
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                                        ( 日が山の斜面に当たり周りが明るくなってきた )
出発前にストレッチ体操をしてから、午前5時くらいに下山を始めました。もう少しで明ける直前だったのでヘッドランプをつける必要は全くありませんでした。
昨日一番苦労した殺生分岐からの坂も下りるときに見るとそれほどの急坂でもないことが分かりました。そんな急な坂でもないのに昨日は何であんなに苦しかったのかと思うほどでした。丁度一人の中年男性が一人で登るのとすれ違いましたが、その男性の息はあがっておらずしっかり足取りだったので普通のひとならばこういう歩きになるのかなと思いました。
右手の山の斜面が赤くなるのを見ながらどんどんと下るのですが、快晴の空の下で楽々と山を歩くのが楽しく感じられたのは、体力的にも朝なので余裕があって周りの景色を楽しめたからではないかと思いました。
下りなので最初の休憩は坊主小屋下で一休みしました。昨日は、この場所から槍ヶ岳山荘まで上がるのに3時間以上も掛かったのに下りは僅か1時間ほどでした。下りでも歩きの遅い三人が先頭集団でしたが、下りでは全く問題無く登山ガイドのOさんのペースについて行けました。
この場所から槍ヶ岳を見ると快晴の空に見事な槍の姿が見えて見応えのある風景だったので皆が記念写真を撮影することになりました。
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                                          ( 朝4時30分の槍ヶ岳 ヘッドランプが見える )
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                         ( 槍ヶ岳山荘正面 )
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           ( 槍ヶ岳山荘裏手 アルプスの峰々がつながっているのがよく分かります )
この日は朝5時に槍ヶ岳山荘を出発という事を昨晩の夕食時にYさんから言われていました。昨日同様に足の遅い3人組がいるので早めにしたのだろうと思いましたが、下りは登りと違って踏ん張って歩くだけなので私は苦にはなりませんでしたが、足の裏が痛くなるだけでした。
 
午前4時30分に起き出すと横で寝ていた男は既に起きて布団の上に座っていたので、何なくベッドから通路に出られました。昨晩出発の準備がしてあるので、直ぐに廊下に出て靴とザックを持って玄関に行き出かける準備をしました。この時ヘッドランプをつけようとしたらつきませんでした。何回か電池を出し入れして試しましたがだめでした、多分昨晩寝るときに首にぶら下げて点灯するのを確かめたのですが、何かのきっかけで電池が消耗してしまったようでした。予備をもってこなかったのでヘッドランプはあきらめざるを得ませんでしたが、出発する午前5時には少し明るくなってヘッドランプは不要で下山できたので心配は杞憂に終わりほっとしました。
山小屋から外に出ると未だ夜明け前なのにヘッドランプをつけて槍ヶ岳の頂上に登っている人達が小さな明かりで見えたのに驚きました。朝早くからご来光を頂上でというような事を考えて登っているのかなと思いました。この日は快晴だったので周りの山々が一望できました。頂上では見られませんでしたが、山小屋の前からも十分に楽しめる光景が見られて感動をしました。富士山が見られなからのは少し残念というような気持ちでした。
昨日はOさんから「往々にして山は天気が悪いからね」と曇りで視界がきかないのを説明していましたが、この日は朝から快晴だったので槍ヶ岳山頂からは360度の展望が見えてどんなに素晴らしいのかなと想像しました。この快晴も午前中のひと時だったので、つくづく山の天気はむつかしいと思いました。それでも山小屋から周りの山々を見下ろすことが出来て少しは感動ができました。
登山ガイドのOさんが山小屋の横の場所から見える山々の名前を順番に教えてくれましたが、続いている尾根はどれがどれだかよくは分かりませんでした。時間があればもう一度槍ヶ岳の頂上に登って見たいという気持ちにさせるほどの気持ちの良い天気となりました。
 
午前4時30分に槍ヶ岳山荘の玄関前に全員が集合した時にYさんが「天気が良いので見える山を説明してください」と登山ガイドのOさんに請うたので、人の良いOさんは小屋の前に見える山と横手裏から見える山々の説明をしてくれました。ツアーメンバーの反応は今ひとつでしたが人柄の良いOさんは小うるさい質問にも丁寧に答えていました。
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                                             ( 槍ヶ岳山荘の夕食 )
午後3時30分くらいに山小屋に入り部屋に行くと私ともう一人の男の寝床は決まっていました。部屋は上下のベッドでしたが、横一列に寝る形なので人数が調整できる構造でした。この日は混んでいるので4人の布団に5人が寝るというので、掛け布団が二つに折って置いてあり、遅い三人のうち槍ヶ岳に登らなかった男は一播奥手で横になっていました。私はベッドの中央の場所で頭の上には梯子があるので、寝場所に入るのには両脇の寝ている人をまたがなければならないような一番悪い場所でした。
 
ザックは部屋の中には置けないので廊下に置いて明日の準備をして直ぐに出かけられるようにしました。水を補給しようとペットボトルを入り口の洗面所に持って行って、蛇口をひねっても水はちょろちょろとしか出ないので、3本のペットボトルに水を入れるのは時間がかかりました。しかし夕食の5時までには十分時間があるので焦る気持ちにはなりませんでした。
部屋に戻って寝る準備をしていると、廊下に置いたザックをわざわざ部屋に持ち込んで中から色々と取り出して整理を始めた男もいました。仕事の段取りができなさそうな男だったので仕方ないのかなと思って見ている場面のあるほどに時間はありました。
 
午後5時少し前に添乗員のYさんが「夕食の時間なので一緒に食堂に行きましょう」と声をかけられたので全員が揃って1階の食堂前に並びました。大勢の人達が並んでいるので全員が座れるかと心配になりましたが、大きな食堂は6・70人は入れるような大きな部屋でした。食堂に入りご飯や味噌汁をよそって食事を始めましたが、私は朝から何もたべていないし、登山の疲労も一段落したこともあって食欲があり全部たべてしまいました。登山ガイドのOさんはご飯に味噌汁をかけて古風な食べ方をして沢山のご飯をたべていましたし、添乗員の山田さんは若いだけあって全ておかずを平らげるとご飯にふりかけをかけて食べていました。一番元気なのは登山ガイドとツアーの添乗員であったというのがこの時分かったような気になりました。
食事をしながら部屋の構造を見ていると、この山小屋は最初から積雪を考えて柱は鉄で出来ていて頑丈であると思いました。Oさんに聞いたら「冬はこの山小屋は雪で埋まってしまいます」と言っていたので、頑丈には見えるけれどもこれだけの大きな規模の山小屋を建築するのは大変だったろうなということを思い、食事を終わり登山ガイドと添乗員の食事を横目で見ながら、お茶をすすっていました。
食堂で翌日の朝飯といわれた紙に入ったものをもらい部屋に帰りました。廊下でザックにもらったものを雑に放り入れて部屋に入りました。
夕食が終わってから歯も磨けないので、そのまま部屋に戻って横で寝る男が入る前に厚い布団をかぶって目にはハンカチを置いて寝ました。午後6時くらいだっいたと思います。部屋には暫くしてツアーメンバー以外の人達が入ってきて会話をするのも耳栓を通して聞こえましたが、一番気になったのは隣の男が寝返りを打って私の方に寄っかかってきたときでした。私は押し返そうかとも思いましたが、大人げないのでそのまま放置していましたが、狭い場所でどう寝るべきかも分からない人がいるんだということも分かりました。
夜何時か分かりませんでしたが、ふと目が覚めると部屋の明かりが消えていたので目の上のハンカチをズボンのポケットにしまい、暑くなった足から靴下を脱いで暫くすると、昼間の尋常ならざる疲れから自然に深い眠りに入っていきました。この日は誰も酒を飲まなかったのか、それとも私が気づかなかったくらい深いねむるだったせいか分かりませんが、鼾が聞こえなかったのが幸いでした。
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            ( 槍ヶ岳山頂から下山する最初の梯子、登りと別になっている)
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                      ( 登って来る人を見ながらの下山 )
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                     ( 岩壁伝いに歩く岩稜歩き )
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                                            ( 槍ヶ岳の岩陰に咲く花々たち )
下山には10分ほど待ちました、というのは下山するのに登山ガイドもいなくて自分たちだけで登ってきた若者達が降りるのに恐怖を感じて足の動きが悪くなっているようでした。素人が登山ガイド無しでこういう山に来ること自身が不思議でしたが、人気のある山なので富士山同様に気軽に登山にくるのだろうと思いました。私には体力的に非常に困難だと思いましたが、若い人には急斜面も何のそのといって若い力任せに登ってくるのでしょうかが、こういう場面に遭遇すると登山ガイドをつけるべきだろうという事を強く意識させました。
下りは登りよりもするすると降りられて気持ちてきにも余裕があったので、岩場の花の写真を撮影しながら降りました。こういう厳しい環境でもちゃんと生きているという証を示しているのだと感じたのです。
素人衆が降りるのにまごまごしているので、Oさんが裏道だという場所から降りたのですが、その道を後続の人達も降りてくるので「裏道では無くて正規の下山ルートになってしまうね」とOさんが言いながら山小屋に向かいました。
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              ( 山頂は20人で満員、写真を撮影してさっさと下山するのがマナー )
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( 別ルートからザイルを使って登頂する人たち )
私ともう一人の男の二人連れなのですいすいと頂上に上がって、登山ガイドのOさんに頂上での写真撮影をしてもらい下山しようかと言うときに、添乗員のYさんが頂上に到着しました。
頂上の周りは真っ白なので写真を撮影したら終わりでした。普通のルートではなく、別のルートからロープを張って登っている人達がいたので、下山出来なくて頂上で下山の順番を待っているときにそういう人達が上がってくるのを見学していました。そういう光景をOさんが解説をしてくれたので何をしているのかがよく分かりました。休日なので普通のルートでは無く山好きの人達は普通の人が登らないルートを楽しんでいるように見えました。
私はザックなしで登ったのですが登山ガイドのOさんが「こういう時に水がほしくなるでしょう」と言ってザックからペットボトルに入った水を差しだしてくれたので一口飲みほっとしました。散々に水を飲んでいたので喉の渇きはありませんでしたが、気遣いを受けてという意味でほっとしたと感じました。
一方Yさんは「ここまで来たので登りたくて・・・」と言ってましたが、若いので体力で余裕があるのだなと思いました。それにどのみち我々二人の帰りを山小屋の前で一人で待たなければならないので寂しさというのもあったのだろうと思います、私は感謝感謝でした。