出国検査を経て建物の外で時間待ちをする小さな広場に出たのが午前8時ころでした。空港に到着したのが午前7時くらいだったので待ち時間を含めた検査は約1時間も掛かったということでした。
KNさんが「今日は晴れだからいいですが、雨だと傘がいるのです」と言われて傘を持参する意味が始めて分かりました。傘は山で使用するのではなくて、この空港で1時間以上も屋根の無い広場で時間待ちをする時に雨が降ると傘は必須だと思いました。この場所で雨の時は、私は登山用の雨具を着るしかなかったと思い、傘を持参しなかったことの反省と同時に晴れてよかったと思いました。コンクリートの上に小さな水溜りがあったので、朝方は小雨が降っていたかもしれませんでした。
この小さな広場の一番奥に張ってあるロープのある先に小形のバンが停車していたので、この車で人を乗せて何回も飛行機との間を移動するのかと思っていたら、暫くして空港の奥に行ってしまいました。その後で移動用の大形バスがやってきましたが、乗車時間までの小1時間をバスの運転手は新聞を読んで過ごしていました。こういう段取りを見ていると、仕事の仕方が無駄ばかりのような気がして、旧ソ連の仕事ぶりが引き継がれているのかと感じました。田舎の空港なので飛行機の離発着する便も少ないだろうというのは分かりますが、一人で何役もして仕事を効率化するという考えはないのかも知れません。
この待合の広場を仕切るロープの張ってある一番奥にロシア人の若い女性が立っていました。年齢は20歳そこそこに見えるロシア美人でした。検査を終えた年配者の何人かが写真を撮らせて欲しいと言っても断られて、空港の建物の写真ならいいですと手で示していました。大人しい日本人の老人ばかりなので、パスポートチェックしているような恐そうなおばさんではなく新人を配置したのではないかと推測しました。手には無線機を持っていましたが、多分形ばかりの装備だと思いました。こういう美人が年とともに太ったおばさんに変貌するのかなとも変な想像をしてしまいました。
この広場に成田行きの飛行機に搭乗する150人程が検査を終えて待っていると、広場の横をスーツケースの山を積んだトラックが通ると「アー・・・」という声が上がりました。トラックの荷台が小さくスーツケースは10個以上も積み上げられているので一番下のスーツケースには相当の重量が掛かっているだろうというのは容易に想像できて、「私のスーツケースがあんな下にあるよ」と悲鳴にも似た声が出て、中に入れたお土産の燻製やいくらの心配をしていました。これは全員が同じ気持ちだったろうと思いました。「飛行機の中では積まれる順番が変わるから・・・」と気休めを言う人もいました。私のスーツケースは上から2つ目の場所に積んであったので、飛行機の中では下に積まれるのかと少し心配になりました。このスーツケースの運搬は2回ありましたが、広場ではおしゃべりする以外は何もすることも無いので皆自分のスーツケースを目で探していました。
私の参加したツアーメンバー27名の中で年配の女性が、添乗員のSTさんに「別のツアーの人が来年はアバチャ登山ツアーに来たい」と言われましたと言って紹介状を手渡していました。フラワーハイキングは天気が悪くて散々だったのですが、アバチャ登山ツアーは登山当日晴れて素晴らしい光景が見られたと、そのおばさんが宣伝したのだろうと思いました。紹介状を渡した人の周りにいた人は「紹介した人は割引がありますから名前を書いたほうがいいですよ」というようなアドバイスをしていました。
この小さな広場では午前8時から午前9時半まで約1時間半も待たされました。天気は晴天でしたが、遠くに見える筈のアバチャ山やコリャーク山は雲に隠れていましたが時間とともに姿を見せ始めたので皆カメラで撮影をしていました。出国時に晴れて来たという何とも皮肉な結果でした。
KNさんの周りに集まって出発を待ちながら、時間つぶしで海外旅行とか登山とかの自慢話をする人の話を聞いていました。そういう話に経験豊富なKNさんは合いの手を入れるのが好きなようでした。
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