NHKの綾瀬はるかさん主演のドラマ

『ひとりでしにたい』の第1話をみました。

 

私は昨年、両親を見送って今は叔母の世話をしています。

母は突然の死で亡くなる前日まで家事をして食欲も旺盛でした。

父は母の死後入所した施設で転倒して骨折、入院した病院で感染症や誤嚥性肺炎となり最期はコロナに罹って隔離室で亡くなりました。

叔母は四肢拘縮のため全介助で施設に入所中、頭はしっかりしているものの終日寝たきりです。

 

私が本格的に叔母の世話をし始めたのは、母が亡くなってからです。

叔母は実印も持たず、運転免許、パスポート、マイナンバーカード何も持っていません。

色々、私が代理で手続きするにもマイナンバーカードくらいは作成しておこうと思い、先日、ベッドに寝ている状態で写真を撮りました。

マイナンバーカードは手続き中です。

ベッドなど背景に何か写っている場合は、予めコールセンターにその旨伝えなければなりません。

それで、じっと叔母の写真を見ていると・・・

後から自分が叔母を虐待しているような気持ちになりました。

 

目は半開きでオシャレもせず、化粧もせず、とても哀れな写真なのです。

叔母にとって初めて持つ写真付きの証明書なのに。

もう少し綺麗にとってあげればよかった。

 

両親の死は未だに私を責め続けます。

何の親孝行もせずに死なせてしまった母。

旅行が大好きだったのに、もっと連れていってあげればよかった。

施設に入れてしまった父。

施設なんか入れなければ転倒もしなかっただろうし、今も生きていたんだろう。

最期は隔離室でたった一人、40日間も絶食状態で苦しみながら逝った父。

 

じゃあ、叔母は?

 

私、3人を看ていて思うのだけど

死に方なんてどうでもいい。

死に方はその人の生き方そのものなんだと思う。

 

人に見守られて死ぬのが幸せとは限らない。

例えば、入浴中の発作で無残な状態で発見されたからって、それがどうなんだろう?

施設に入所していれば、ひとりで死ぬことはできない。

そう、できないのです。何もできないのです。

 

叔母は四肢拘縮でペンが持てず、署名ができないことを証明してほしくて

医師に診断書作成をお願いしたら、認知症による理解力低下のため自筆困難と記載されていました。

私は叔母に認知症がないことは確信しています。

少なくとも自分の名前や年齢、その他、自分の知っていることや意思表示は明確に発言可能です。

 

要するに診断書は機械的に作成されるもので、

高齢者が字が書けない=認知症となるのでしょう。

身体的機能が原因で自署できないことと認知症で自署ができいないことは

今後、私が叔母の生活を支える上で、大きな違いが出てきます。

当然、そんなことは医師には全く関係のないこと・・・

 

そう、他人に勝手に決められてしまうのです。

自分の出来る事、出来ないこと、自分の生き方、自分の死に方を

医者が勝手に決めてしまうのです。

 

父は、食べられる、食べさせてくれ!と何度も頼んだけれど、

医師が食べられないと決めてしまえば絶対に食べることが出来ないのです。

父の人生に、何の関係もない医師が父の死に方を決める権利を持っているのです。

 

だったら、ひとりでいいじゃないですか。

 

私は幸いにも天涯孤独なので、身元引受人がいません。

入院するにも一苦労、当然、施設に入所は不可能です。

 

よかった。

喜んで孤独死しよう!

そう、私は「ひとりでしぬしかない」のです。

 

選択肢がないということは不安もありません。

どうせ死ぬことは決まっているのだから。

 

だから、皆さん、決まっていることに無駄な労力を使うのはやめませんか。

生き方は自分で選べるけれど、死に方は自分で選ぶことができない。

それでも、死に方は生き方そのものです。

 

私は未だに辛いけど、大好きなオカキを一袋ボリボリたべて翌日突然亡くなった母は、幸せだったのかもしれない。

生きている私はそう思いたい。