東北大震災から今日で8年ですね。

今日はたまたま非常勤職員の仕事がお休みで朝からテレビを見ています。

私は神戸に住んでいます。

やはり、1月17日と比べると震災関連番組は少ないように思います。

 

東北大震災が発生した直後、私は神戸での震災の記憶がよみがえり

一日も早い復興をただただ祈りました。

しかし、日がたつにつれて、

神戸だけが早々に復興したことに少なからず罪悪感を抱くようになりました。

 

津波があったこと、原発があったこと、単純に比較はできません。

でも、原発があったことで復興が遅れているということは

すべての日本人、、、人類に責任があります。

 

神戸の復興にしても、今の街が神戸の人々、日本の将来に希望が持てるものでしょうか。

 

人間は上手くいっているときは、何も疑問をもちません。

今までこれでよかったのだからこれからもこれでいい。

多くの人々が文明の発展、道路の整備、ビルの建設による恩恵を受けました。

 

でも、綺麗に整備された長田の街を歩いてみると

言葉にできない違和感があります。

 

最近では、大阪の西成地区が中華街になりつつあると報道されます。

街は自然発生的にその姿を変貌させます。

しかし、その町の特性、住民の思いを考慮せずに人工的な手が加えられるのは少し違う。

 

福島県と兵庫県を単純に比較してはいけない。

市民が何を望むのか、希望と展望、必要性と危険性、優遇と犠牲。

 

東北大震災について、東京で発生しなくて良かったといった発言が問題になりました。

感情的に批判だけをしてはいけないと思う。

今や世界はつながっています。

いくら早期に復興したといっても神戸の地盤沈下は進んでいるように思います。

もちろん震災だけが理由ではなく、むしろきっかけに過ぎないかもしれません。

 

今、日本が抱える様々な課題。

少子化、高齢化、男女参画、人口減少、移民、貿易、経済、自衛力。

 

地震大国である我が国は、また長寿大国でもあります。

災害犠牲者を心から追悼し、

そして、その経験を人智として取り込み

これからの街創り、命の継承につなげていきたいと思います。