「妄想」が許される世の中になってきました。
また、それを人と共有して楽しめるようにも。
友達から教えてもらったある方のブログに書いてありましたが
理想の男の子像、てのは女の子なら誰でもあるけれど、
どんな男が好き?と聞かれて
優しい人かな、などと言える女は
モテ系女。だそう。
なぜなら、現実と理想のギャップが少ないからってことらしい。
そして、理想の男というところに、いかにマニアック度をもり込み
非現実的な対象を偶像化して「妄想」するのは
モテない系女。だということでした。
完全に、わたくし、後者でして。
日々、男だけでなく、理想の女像というのも妄想します。
これも自分にないものからうまれるため、
当然モテ系女が出来上がるのですが。
何人も、私の崇拝するモテ系女というのは頭の中で生活していて
その中の像で、「キックのある女」ってのがあります。
この間、渋谷のとある雑居ビルに焼酎バーを構える
40代半ばの、ちょい中村あゆみ風のママが
店をやるきっかけについてこう言ってました。
「あたしって人間に、どれだけ人が集まるんだろう、どれだけ人が呼べるんだろうって思ってね。あたしってどれほどのもんなんだろうって。」
その方が、とても自信にあふれているから、
その大胆な言葉もちっとも恥ずかしく聞こえなかったし
イヤミな感じもおぼえなかった。
何かや誰かに強いとかいう意味じゃなくて、
えてしてごまかしたくなる自分自身について
あえて試すことの出来る強さとか、
するべきところで自分のタイミングで
心地よくターンすることを選択出来るという
優雅さを感じたのです。
こういうの、キックのある女って、言いたくならないですか?
(出来れば共有したい)
そういえば、モスコミュールっていう馴染み深いカクテル、
‘キックのあるカクテル’という意味の名前でした。
モスコミュール=「モスクワのラバ」という意味で、ロバと馬のあいの子のラバというのはキックをする癖があるってことで、ラバに蹴飛ばされたように強いですよ、キックのあるカクテルですよ、ということ。
モスコミュールを飲むたびに、
とかく、モテ系女などの妄想の世界を
浮遊してしまうのです。
また、それを人と共有して楽しめるようにも。
友達から教えてもらったある方のブログに書いてありましたが
理想の男の子像、てのは女の子なら誰でもあるけれど、
どんな男が好き?と聞かれて
優しい人かな、などと言える女は
モテ系女。だそう。
なぜなら、現実と理想のギャップが少ないからってことらしい。
そして、理想の男というところに、いかにマニアック度をもり込み
非現実的な対象を偶像化して「妄想」するのは
モテない系女。だということでした。
完全に、わたくし、後者でして。
日々、男だけでなく、理想の女像というのも妄想します。
これも自分にないものからうまれるため、
当然モテ系女が出来上がるのですが。
何人も、私の崇拝するモテ系女というのは頭の中で生活していて
その中の像で、「キックのある女」ってのがあります。
この間、渋谷のとある雑居ビルに焼酎バーを構える
40代半ばの、ちょい中村あゆみ風のママが
店をやるきっかけについてこう言ってました。
「あたしって人間に、どれだけ人が集まるんだろう、どれだけ人が呼べるんだろうって思ってね。あたしってどれほどのもんなんだろうって。」
その方が、とても自信にあふれているから、
その大胆な言葉もちっとも恥ずかしく聞こえなかったし
イヤミな感じもおぼえなかった。
何かや誰かに強いとかいう意味じゃなくて、
えてしてごまかしたくなる自分自身について
あえて試すことの出来る強さとか、
するべきところで自分のタイミングで
心地よくターンすることを選択出来るという
優雅さを感じたのです。
こういうの、キックのある女って、言いたくならないですか?
(出来れば共有したい)
そういえば、モスコミュールっていう馴染み深いカクテル、
‘キックのあるカクテル’という意味の名前でした。
モスコミュール=「モスクワのラバ」という意味で、ロバと馬のあいの子のラバというのはキックをする癖があるってことで、ラバに蹴飛ばされたように強いですよ、キックのあるカクテルですよ、ということ。
モスコミュールを飲むたびに、
とかく、モテ系女などの妄想の世界を
浮遊してしまうのです。