ぬです。
おはようございます🌞
突然だが映画『ボヘミアンラプソディ』を
ご覧になっただろうか。
世界的ロックスターQueenのボーカル、
フレディ・マーキュリーの実話に基づいたお話。
私はあの映画が大好きだ。
音楽が素晴らしいのはもちろん、役者の演技やストーリー構成が本当に素晴らしい。
かなりヒットした作品ではあるが、
なぜわたしはあんなにも
あの作品に惹かれたのだろうか。
当時はここまで考えてはいなかったが、
結局は全て繋がっていたのだ。
一昨日のブログを読んでない人はぜひ先にそちらをご覧ください↓
以下ネタバレがあるのでご注意を。
このブログで興味を持った方はぜひ
『ボヘミアンラプソディ』の鑑賞を推奨します。
わたしはいつでも語り相手になります☺️
↓
映画を見た人はどんなところに注目しただろうか。
自身のコンプレックス(セクシャリティ)の苦悩の映画。
私が思うにキーマンは
メアリーだ。
フレディは彼女に一目惚れをし、付き合って最愛の人だと伝え「merry me」と指輪を渡す。
アーティスト活動が波に乗り始めた時フレディは彼女に自分はバイセクシャルかもしれないと告げる。
彼女は貴方はゲイだと言い、泣いて指輪を外そうとする。フレディは外さないでと頼む。
セリフを映画から抜粋すると、
メアリー: 私に何を求めるの?
フレディ: ほぼ全て。
俺たちは信じ合ってる。それで十分だ。
その後2人は別居をする。
フレディにもメアリーにも
それぞれ別の恋人ができる。
映画を見た人はフレディとメアリーの関係を
どう思っただろうか。
私はこの作品を映画館で8回見てDVDでも見て
金曜ロードショーでも見らくらい大好きだ。
でも正直最近までこのシーンの意味が
わかってなかった。
フレディはゲイでもうメアリーへの気持ちはないのになぜそんなことを言うのか。
メアリーはフレディのその言葉をその場で理解したのだろうか。
フレディの気持ちを理解を出来たのは私だ。
自分も当事者だから。
私はパートナーにしたい人がいる。
以後“キミ”と呼ぼう。
キミにこう伝えた時に、
フレディのセリフを思い出した。
私は恋愛感情と性的欲求は別だと思う。
私の中で“好き”は「理解してくれる人」だ。
SEXやスキンシップは承認欲求の手段だった。
キミが私に“好き”や“愛”を
教えてくれた。
それを私が解釈して自分を満たせるようになった。
そうなると私にとって満たされた関係に
SEXはいらない。
つまりこういうことだ。
私はキミのことが好きだ。
でもキミに性欲を感じない。
キミと同じ意味で好きな人が男女でたくさんいる。
それでもキミにパートナーになってほしい。
フレディにとってメアリーは始祖だと思う。
本当の自分に出会うきっかけになった人。
これは今後どんなに人に会っても
2度と出会えないかけがえのない人だ。
だから本当の自分がどんどん見つかって
自分のセクシャリティがわかった時も
彼女にそばにいてほしいと言ったんだと思う。
フレディの言った
ーほぼ全て。
と言うセリフ。
全くもってその通りだ。
ー俺たちは信じ合っている。それだけで十分だ。
まさにそういう感情だ。
私の帰る場所。
私がどんな私でいてもキミがどんなキミでいても
私たちは受け止め合える。
今の私を見つけられたのは
私でもなく親でも神様でもなく
キミがいてくれたからだ。
キミの前で無理はしたくない。
でもこれはとても伝えづらい。
伝えづらかった。
だって私は悪くないし
キミは受け止めるしかないから。
オープンマリッジという結婚関係があるらしい。
オープンマリッジとは、一般的に、夫婦間以外の性的な関係に対して、相互の合意の下に開かれている結婚の形のことをいう(wikipedia参照)。
私はこの考えも良いなと思う。
もちろん相手をしてくれる人にもパートナーにも
話をするべきだ。
お互いがそういう考えを承諾しているなら
問題ないと思う。
私たちは殖える為に生きてる生き物だけど、
殖えなくてもいい選択ができる生き物だから。
楽しめばいいじゃない。
SEXとパートナーは違うんだから。
好きって言って傷つく子ならSEXするなよ〜。
って感じ。
隠してするのは不貞行為だと思う。
それは違う。
それは傷つく人がいる。
私も昔自分の欲だけで人を
傷つけてしまったことがある。
お互いが傷つかない為には
やっぱりもっと自分を出して、
分かってくれる人と寄り添うしかないんだ。
セクシャリティの多様化がもっと広まれば良いのに。
LGBTQはもちろん、
それ以外だってある。
私の性的指向もLGBTQに含まれる。
私の性ももっと広がれば良い。
それは私たちの生き方だ。
生き方を否定されることは辛い。
分かってもらえないことは苦しい。
私はパートナーに絶対的な信頼がある。
だから私が何をしてももうパートナーが変わることはないし、様々な人と交流や性を楽しんでも、相手が同じように楽しんでもなんでも良いと思う。
キミは私の性の指向
“ご自由に”を、それで良いと言ってくれた。
もう讃えたい。キミ!見てくれてるかーい?
キミだよ!私を認めてくれてありがとう!
なんかゲシュタルト崩壊してきたよー!
ここに変わる感情はない。
私に芯を通してくれた人だから。
私が私らしくいられるのはキミがいたから。
これが私の生きる姿だ。
そしてそんな私をそれでいいと言ってくれる人。
みんなが好きだ。
お互いの根の部分は本当に見えない。
見せないと見えない根。
それが見えてる部分と同じでも違うくても、
好きな人なら許せる。
絶対に。
好きな人だから許せる。
お互いの根の部分を伝え合って
それがあなたなんだね
って理解し合える関係になれる
性別や今までの生き方やこれからの生き方も
関係ないないって言える。
好きだ。
私にとっての好きな人は
理解し合える人。
だから私は好きな人はたくさんいる。
逆を言うと、恋愛的感情はない。誰にも。
その中でキミにパートナーになってほしいと
言ったのは私にきっかけをくれた人だから。
貴方は何もしなくて良い
そこにいるだけでいいっていってくれる愛に
気づかせてくれたから、私もあげたい。
私が私を愛して、満たされたから
その愛をみんなにもあげられる。
フレディ・マーキュリー。
理解され難い時代で生きて
音楽を生んでくれてありがとう。
貴方の生き様が様々な媒体を通して私の元に来た。
私も媒体を使って
発信します。
良い言葉だ
darling.
最愛の人/可愛い人/貴方

