75歳でした。


まだまだ長生きするのよと、元気だった母が3月21日に他界しました。


3月に入ってから体調が思わしくなく、何度か入退院を続けていたため大事をとって入院させました。


が、やはり幾度となく続いた入退院のせいで体にも大きな負担がかかり、弱っていたようです。


私と、私の妹とで交代で母に付き添いましたが、食事もあまり口にできなくなり始めた頃


妹も私も、それとなく母の死を迎えることを感じはじめていたようでした。






母のお通夜も葬式も済ませて、やっと少し落ち着くことができました。


泣き通しだった妹も、やっと笑顔が戻ってきました。


私も、少し、笑えるようになりました。


なんだかまだ、母が天国に行ったことが信じられません。


私たちが幼い頃に父が他界した後も、再婚せずに女手一つで育ててくれた母でした。


明日の朝、目が覚めて台所に行くと、早く起きすぎた母が皆よりずいぶんと早い朝食を


ゆっくり、ゆっくりと食べていそうでなりません。


そして、これもまたゆっくりと私を見て、おはよう、と声をかけてくれそうでならないのです。







最愛の父、最愛の彼の次に、最愛の母をなくし、どんどん家族が減っていくような年に


私も妹も、なってしまったんだなと、母の葬儀を終えてから痛感しました。


私も妹も、もう子供がいてもおかしくない年です。


母に、初孫を抱かせてあげることができなかったのが心残りで、悔しい気持ちばかりがつのります。


妹は結婚はしていますが子が出来ず、彼女もそれを悔やんでいました。







今頃天国で父に再会し、そしてもしかしたら私の彼にも再会しているかもしれません。


そして、天国から、私たちをみまもってくれているかもしれません。


私は暫くまだそちらには行けませんが、いつか必ずそのときが来ます。


今すぐにとはいかないけれど、早く母の元へ、父の元へ、そして、あの人の元へといきたい。


今はそう思うばかりです。







お母さん。


聞こえるかしら。


今迄、育ててくれて、ありがとう。


安らかに。





あなたの娘 深空 陽子





たくさんからんでいるようで

もとはいっぽんのあかいいと

ふくざつなかたち

かんたんなかたち

はしごなんてかんたんにつくれちゃうんだから

ほうきはちょっとむつかしい

ほどいて

ほどいて

いっぽんのいと

いとをほどくのはあなた

わたしとあなたをつなぐ赤いいと

雪の降らない冬の夜を一人で歩いて帰宅する。

星の見えない漆黒の闇の中点々と灯る街灯の列。

無意識に数えながら足を進めると大きな橋がある。

何時もは素通りするその橋の手前で私は足を止めた。

橋を渡りきれ私の住むアパートまであとわずかだ。


何故か今日この大きな橋は私には意地悪に佇んでいるような気がした。

そして私はこの橋を渡ってはいけないような気がしてならなかった。

渡りきってしまって安心した途端何かが変わってしまうような気がして怖かった。

私は暫く橋の欄干に凭れたあと、煙草に火をつけゆっくりと煙を吐き出した。

漆黒の闇の中、私の唇から吐き出されたそれだけが、白くくっきりとして見えていた。


暫く考えた後私は橋を渡ることにした。

途中車が一台真っ赤なテールランプを引きずって通り過ぎてそれだけだった。

渡りきった後、なんとなく後ろを振り向いてみたがそこにはただ闇が広がるだけだった。


そして大きな橋はなんの変りも無く闇に溶け込んで静かだった。


空に手向ける花束と愛


届けと祈り捧ぐ言葉


瞳はただあなたを映し出す


映写機の回る音が響いた


あなたの笑顔はもう戻らない

今年もまた、あなたの元へチョコレートを届けようと思います。


あなたは受け取ってくれてるのかしら。


あなたの好きなビターチョコレート


綺麗に包んであなたの元へ


ホワイトデーのお返しはいらないわよ


もしもくれるというのなら


あなたの命をこの世界に呼び戻して欲しいわ


でもしれはちょっとわがままだから


あなたがそこで幸せになってくれることが


あたしへのホワイトデーよ