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紫式部に恋をして
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紫式部に恋をしても二十二投稿目。
なんとか壱ちゃんを
追いかけて
書いております。
よかったら
覗いてみてね( ˶ˆ꒳ˆ˵ )
三十帖藤袴ふじばかま
藤袴は蘭の異名。
夕霧は玉鬘に蘭の花を贈った。
夕霧の歌の、
同じ野の露にやつるる藤袴
あはれはかけよかごとばかりも
から題名が出る。
源氏三十七歳の八月から九月まで。
玉鬘は、尚侍としての宮仕えを誰からも
勧められているけれど、内心一人悩んでいた。
もし帝寵を受けるような事態になれば
先に入内している弘徽殿の女御や秋好中宮に
どう思われるかしれない。
その上、実子でないと公にして以後は、
源氏が前にも増して露骨に迫るようになっている。
内大臣は源氏に遠慮して、今も親らしい態度は
控えている。
このままではいつか源氏との色めいた噂が立ち
恥をかくことになるだろう。
誰にも相談できない悩みに、夕暮れの空を見上げて
沈んでいるところへ、夕霧が帝の意向を伝える使いとして訪ねてきた。
二人とも大宮の死に対して、孫の立場で喪に服し、鈍色の喪服を着ている。
夕霧は同じ喪服にかこつけて、蘭の花を御簾の中へ差し入れ、自分の慕情を訴える。
玉鬘は親子から愛を語られ、うとましくなるばかりで、奥へ逃げ込んでしまった。
夕霧は源氏と玉鬘の、怪しく見えた親密さを思い出し、ふたりの仲を疑った。
源氏のところに戻って、世間の噂を盾にとって
源氏の玉鬘への本心を問いただそうとする。
内大臣が、源氏の本心は玉鬘に懸想しているけれど、六条院に このまま置いて、自分の女の一人として扱うには、他の女君たちの嫉妬の対象にされ、可哀想なことになるから、今になって、捨てるつもりで実父に押し付け、通り一遍の宮仕えをさせて、その上で尚ひそかに関係を続けてゆこうというのが源氏の腹だと、人にも話している。
と、夕霧は源氏に告げ、一体本心はどうなのかと迫る。
これまでただ生真面目で、融通の利かない、面白味のなかった夕霧にしては、突如として、鋭い舌鋒になって迫ってくる。
源氏は、さすがに長い年月親しく付き合った内大臣の観察眼の鋭さにたじたじとなり、そんなことはあり得ないと、夕霧に苦しい言い訳をする。
夕霧は玉鬘に、軽率に意中を打ち明けたことを後悔し、ひたすら忠実な奉仕者になろうとつとめていた。
参内は十月と決まり、柏木は父内大臣の使者として玉鬘を訪れたが、玉鬘は気分が悪いと称して、他人行儀なもてなしをして帰す。
髭黒の大将は、同僚柏木を通じて熱心に求婚している。東宮の伯父で、将来は源氏や内大臣に替わって権力を得る人物として、内大臣は好意を持っているが、行幸の日に見かけた大将のいかつい、髭の濃い風貌を嫌っている玉鬘は見向きもしない。
九月には想いを寄せている求婚者たちから、次々恋文が来るが、玉鬘は見ようともせず、ただ蛍兵部卿の宮だけには返歌をし、宮は非常に喜んだ。
源氏物語 巻五
瀬戸内寂聴 訳 引用
和歌対決のゆくえ
「藤袴」の巻に、返事をするかしないかで、玉鬘がその思いを明らかにするところがある。
尚侍として出仕することに決まった玉鬘に宛て、最後のあがきとばかり、男たちが和歌を寄せてきたという場面だ。
尚侍というのは 「職掌として、奏請、伝宣などをつかさどったが、のち、更衣に準ずる地位として寝所に仕えるようになった」と古語辞典にある。
一応は公務をつかさどるわけだが、寵愛を受けることもアリ、という立場で、それも正式の妻というほど重くはないが、ただの愛人というほど軽くもない。
が、とにかく玉鬘に懸想している男たちにとっては、非常事態であることに間違いない。
正式の妻ではないにしても、帝のそばにお仕えするようになっては、今以上に手が届かなくなることは確かなのだから。
数ならばいとひもせまし長月に
命をかくるほどぞなかなき
髭黒大将
普通なら厭う長月 普通でない私は
最後の命をかける
俵万智訳
当時は、一月、五月、九月は、祝い事を避けるという習慣があった。
それゆえ玉鬘の出仕も十月ということになったのだか、そのことを踏まえた一首だ。
婚礼のない九月は、(あなたと私の結婚がないわけで)本来なら厭うべき月。普通の立場だったなら、そのように九月を厭えるのでしょうが、逆に出仕する可能性もないということで、そこに私は命をかけてしまうほど、はかない望みを抱いているのです……。
必死なのはわかるが、気合いが入りすぎてくどい、と思われても仕方ないだろう。
この歌を読んでいると、いかにも暑苦しくて、うっとうしくて鼻息が荒そうな男の姿が浮かんでくる。
朝日さす光を見ても玉笹の葉わけの
霜を消たずもあらなむ
蛍兵部卿宮
朝日さす光を見ても玉笹の君よ
忘るな霜の私を
俵万智訳
風流人の蛍兵部卿は早くも諦めモードが漂っている。
朝日さす光を見るとは、帝の寵愛を受けるということ。もしそうなっても、はかない霜のような私をどうかお忘れにならないでください。という。
随分控えめで、ぐいぐい押してくる髭黒大将とは対照的だ。そしてこの歌は、衰えた下折れの枝につけられていた。しかも、その枝には、霜が載せらたままの状態だ。
この日は「初霜結ぼほれ、艶なる朝」だったという。
そういうリアルタイムの季節感を生かして歌を詠むことは、とても大切だ。
さらに歌だけでなく、現物の萎れた枝と霜に、萎れた自分のはかない思いを彼は託したのだった。
キザと言えばキザ、少しやりすぎかなと思うがよく考えられた趣向ではある。
いかにも繊細で、恋には慣れた色男というイメージの湧く一首だ。
忘れなむと思ふもものの悲しきを
いかさまにしていかさまにせむ
左兵衛督 さひょうえのかみ
忘れよう、そう思っても悲しくて
どうすればいいああどうすれば
俵万智訳
実はこの左兵衛督は、ここで初登場の人物だ。
玉鬘には非常に多くの求婚者がいたので、いちいち語られなかったということになろうか。
この歌には「忘るれどかく忘るれど忘られずいかさまにしていかさまにせむ」という下敷きがある。
本歌、といいたいところだか本歌とりには飛躍がなさすぎる。
下の句が、そっくりそのまま、というだけでも芸がないのに、上の句も「忘れられない」ということを言ってるわけで、もとの歌と同じ発想だ。
忘るれど━━━の歌には、あえて同じ言葉を繰り返すことによって「もう言葉なんか思いつかないほど、どうしようもない状態なんだ」と訴える力がある。単純な表現でも、ここまで徹底すれば修辞になる、という見本でもあるし、それを成立させるだけの心の切迫感も伝わってくる。
が、左兵衛督の歌では、上の句が凡庸なので、下の句のリフレインまでがゆるい表現に見えてしまうのだ。
残念ながら、この歌からは、確固たる男の像は結ばない。
そういう意味では、くどかろうが、キザだろうが、先の二人の歌の方がずっとよい。
たぶん、作者も、ここでは、この二人の対決を見せたかったのだろう。
心もて光に向かふあふひだに
朝おく霜をおのれやは消つ
玉鬘
自分から光に向かう向日葵も
みずから霜をけしたりしない
俵万智訳
さて三人の男性から、三者三様の三首を受取った玉鬘は、どうしたか。
「宮の御返りをぞ、いかが思すらむ、ただいささかにて」と地の文にある。
蛍兵部卿宮へのお返事だけを、いかがお思いになったのか、ただ一筆だけお書きになった……。
出仕の決まった身でもあることだし、三人ともに「返事はなし」の可能性もあっただろう。
だが、宮あてには返事を書いたという。
これまで、恋には消極的だった玉鬘としては、やや意表をつく行動だ。
作者が しくんだと思われる「髭黒大将VS蛍兵部卿宮」の和歌対決は、宮の方に軍配が上がった。
これはすなわち、玉鬘は宮のほうに惹かれた、ということである。
和歌の勝者が心の勝者なのだ。
愛する源氏物語
俵万智著 引用
壱やブログ
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みそらブログ
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今回も凄く長くなりました。
お読みくださった方
本当にありがとうございました。
次回は、玉鬘十帖の最終章 真木柱へ。
お楽しみに。。。