令和5年(2023年)7月31日  第626回

連日の猛暑、今日は6つの窓全開にも拘らず、9階の我が部屋の温度32.7度である。 風も少ない。 外で働いている人の酷暑を思うと気の毒でならない。 そういえばこの2~3日、マンション裏手の建築工事の騒音が途絶えているなァ。

 

日本女子第21戦、19才の櫻井心那が今季2勝目(1,800万円)、天晴れ! 道産子は、小祝4位(500万円)、宮澤19位、菊池52位だった。 これで19勝2敗。 恵庭市の恵庭カントリーで行われた男子メジャー戦は、22才の平田憲聖が5月に続いて2勝目(3,000万円)、日本メジャー戦で最年少記録の優勝だった。 全英オープンでは予選CUTだったが、今後が楽しい予感のする若者である。 今回、やっと男子の賞金が女子より大幅に上回ったが、少なくても同額以上であって欲しいモンだ。 道産子・片岡は49位に沈んだ。

PGAは松山30位(47千$)、大西64位だった。 LPGAはフランスでメジャー戦、畑岡、笹生が惜しくも3位タイ(283千$)、古江36位(36千$)、山下48位、勝53位、渋野59位だった。

 

 

原宏一「間借り鮨 まさよ」(単行本、図書館から借用)

・・・自分の店舗を持たないで、昼食のやっていないレストランやバーとかに間借りして、江戸前寿司を究めた雅代さんが鮨屋を日本のあっちこっちで開く物語だが、間借りする相手の抱えている問題の解決にも大きな力になる雅代さんの魅力が素晴らしい。

 

第一貫 バスクの誓い

椋太と佑衣が夫婦喧嘩で、佑衣が人形町路地の「スペイン食堂」を飛び出して行ったあと、見知らぬおばちゃんが訪ねて来た。 このところ夫婦げんかが常態化していたが、今日のようにスペインで買って来た高級な皿を、佑衣が二枚も叩き割ったのは初めてだった。 →ちょっといいかい? と顔を覗かせているのは、まるぽちゃ顔に日除け帽子、ころんと小太りの身体に、ジャージーの上着、よれよれのジーンズを履いて、表には軽四が停まっている。 野菜農家の売り込みか、と思った。 →お宅って夜だけの営業でしょ、仕込みは何時から? つい、二時から、と答えると、→じゃ、朝から二時まで間借りさせて、江戸前寿司なの、とお願いされた。 冗談じゃない、そんな面倒くさい話はご免だ、と断わってくれるだろう大家さんと不動産会社を教えて突き放した積りだった。 →私、雅代、と握手を求めてきて、→じゃ、これから行ってくるわ、と2つの住所と電話のメモを持って出ていった。 その日、佑衣は店に来なかった。 ワンオペで何とか熟したが怒りは収まらない。 零時近くに最後の客が帰り、くたくたに疲れているから皿だけを洗って後片付けは明日だ、と帰って来た。 部屋では缶ビールの空き缶とコンビニ弁当の食べ殻で散らかっており、佑衣はダブルベッドに大の字になって寝息を立てている。 25度の焼酎を生のままラッパ飲みすると腹の底から怒涛の酔いが沸き上がって来た。 そのままソファに寝転んだ、→コロナさえ無かったらなァ、とため息をつく。 二年半前に開店した、本格的なバスク料理「本格バスク料理R&Y」はマスコミにも報じられて快調な出足だった。 予約も増えて佑衣の親戚の子をアルバイトを頼んだ程だった。 それが僅か半年で好事魔多しのコロナ禍である。 時短営業と酒類禁止はきつかった。 開業時の借金がたっぷり残っているから、→こうなったらスペイン食堂に衣替えだ、と椋太が決断した。 →それって違くない? 折角、理想のレストランテを開いたのに、大衆食堂なんて駄目だよ、と佑衣は反発した。 →生き延びるには緊急避難も必要だろ、と説得して、店名も「スペイン食堂」に替えた経緯があった。 しかし、客単価が低すぎるし、夜は時短営業になっただけ昼夜通し営業にならざるを得なかった。 朝8時から深夜まで、コロナ対策の消毒除菌まで1日16時間労働が続き、佑衣が、→このままじゃ死んじゃうよ、と弱音を吐いてまもなく、閉店後に佑衣が倒れた。 救急車で病院に担ぎ込むと、長時間の立ち仕事で心身共に大きなストレスが生じて、このままだと過労死し兼ねない、と救急医にダメ出しされた。 翌日から夜営業を休止、佑衣は自宅療養、幸い大事に至らなかった。 佑衣が復帰してから夜営業一本に戻したが、客が減って行った。 佑衣が、→そろそろ本格バスク料理のレストランテに戻すべきだよ、緊急避難だって言うからあたしは折れたのに話が違うよ! 声を荒げる佑衣と夫婦喧嘩が絶えなくなった。 もうしばらく辛抱しよう、と宥めてスペイン食堂を続けてきたが、今日はついに喧嘩がエスカレートして佑衣が店を飛び出したのだった。 

 

そもそも、スペインのバスク地方にあるサンセバスチャンのリストランテで椋太が修業中に、都内のアパレル会社で働いていた佑衣が、盆暮れの休暇を利用して、世界中の食べ歩きの旅に出ていた時に、偶然に椋太のリストランテで初めてのバスク料理に舞い上がり、接客係に片言英語で質問しまくったが、手を余した接客係が椋太を呼び出したのがキッカケだった。 くりっと目が大きく、快活な佑衣に椋太は一目惚れし、佑衣もまた、海外修業に打ち込む椋太に心惹かれて瞬く間に意気投合、翌日の椋太のオフに穴場のバルを案内して歩いた。 異郷のデートが恋心を掻き立て、その晩、佑衣は椋太のアパートに泊った。 佑衣が帰国してからも遠距離恋愛が続き、→来春帰国して自分の店を開く準備をする、店のオープン前日に結婚しよう!とプロポーズし、→了解!私も椋太の店を手伝う、と即座に合意したのが3年前だった。

 

午後1時半、二日酔いで目が覚めたが佑衣はいない。 昨日のアト片付けもあるし今日の仕込みもある。 泡食って自転車で駆けつけると、軽四が停まっている。 軽四のドアが開いて、→遅かったわねェ、休むのかと思ったよ、と人懐っこい顔をした雅代が降りて来た。 卸売業者が配達してくれていた食材コンテナを運び込むと、→オッケーだって、間借りやってもイイよ、と大家さんが許可してくれた、不動屋さんも話をつけてきたから、さっそく明日から借りたいんだけど、と言われて吃驚。 あの偏屈な大家の婆さんが、本当に? すかさず、→間借り料も光熱費も前払いするから、そしてあなたの都合で間貸し出来なくなったら即刻退去しますから、と続けられたら否応もない。 →お試し一ヶ月、それで間借り鮨が気に入らなかったら退去します、という条件ならば、何も心配する事もないし、間借り料金は収入の助けにもなる。 →これ、一ヶ月分の間借り料、不動屋さんで査定した相場額10万円、光熱費はアトで概算額を言って、と用意極まりない。 椋太が了承すると、→ありがとう、もう3時だし、お礼に仕込みを手伝うから、魚の下拵え、野菜の千切りでも何でも言って、と野菜の下拵えを頼んだ。 片付けない儘の荒れた厨房を怪訝そうに見ているので、昨日は急用があって、と恥ずかしい状況を慌てて言い訳した。 さっそくスポンジを手にしてシンク・調理台を拭いて磨き始めた。 中々の手付きである。 慣れた手つきで客席の掃除も終らせて、コンテナから玉ねぎ・人参を取り出して水洗いし、両方ともみじん切りにさくさくと小気味よい音で切っていく。 包丁捌きはプロの料理人、寸分の隙もない。 こんな二番手がいたらなァ、と見惚れていると、→誰よ、その人、とキツイ佑衣の怒声が飛んで来た。 明日から間借り鮨をやる雅代さん、いま、仕込みを手伝ってくれている、と返すと、→間借り鮨? 何それ、また勝手に決めちゃったわけ、と憤然として出て行った。 きょうもまたワンオペで終業時間を迎えたが、雅代さんがまた来てくれて片づけを手伝ってくれた。 →今夜だけ朝まで使わせて、色々下準備や動線チエックも含めて確認しておきたいから、と頼まれ、→いいですよ、どうぞ、調理器具も自由に使って下さい、と機嫌良く店を後にした。 

 

家には灯りがついていて酔眼の目付きで佑衣が待っていた。 →何でも勝手に決めつけるからもう覚悟を決めたわ、執行猶予、一ヶ月、あなたが変わらなけりゃわたしたちはお終い、どう変えるかはあなたが自分で考える事、と離婚届を突き出された。 →今夜からあなたは居間のソファで寝て、と突き放されて、涼太はただ、茫然とした。 ・・・翌日午前10時、椋太はまさよ鮨の見学に出かけた。 和食白衣姿の雅代が鰹節を削っていた。 羽釜が湯気を立て、ご飯のイイ香りが漂ってくる。 鍋に水を張って大きな昆布を入れ、火を付けた、やがて沸騰しかけた火を止めて昆布を引き出し、削り立ての鰹節をどっさり入れてから、ぺーパーで漉した。 この出汁はお通しと椀物に使うという。 鮨ッ食いは朝からでも酒を飲むが、雅代は、茶碗酒二杯迄と決めている。 それ以上は折角の江戸前寿司の味を損なってしまうからである。 朝一番で豊洲市場で仕入れて、直送されてきた魚も仕込み済みだという。 雅代は昔通りの、鮨ネタを入れる箱を種箱、ネタを鮨種と誇り高く呼んでいる。 種箱の中には酢締めしたコハダが並んでいる。  細長い白木の板をカウンターの上に渡し置き、割り箸と小皿を並べていく。 握った鮨を置く付け台はやっぱり白木じゃなきゃね、と拘っている。  傍らに、「写真撮影、ネット掲載お断り」と書かれたカードを立てている。 物干しロープを、白抜きされた「鮨まさよ」の暖簾に通し、スペイン食堂の扉の上に張り渡した。 11時半に開店して、12時半、ジャンパー姿のおやじが入って来た、白髪に白い口髭を生やしたおやじは付け台の向こうの雅代に気付いて、おう、はいよ、と挨拶を交わし、湯呑に冷酒を注いで差し出す。 →はい、サゴチ、と皮目を焙った刺身と山葵、塩を出す。 塩をチョンと付けて冷酒を合わせると、うん、と頷く。 →ホッキ、別海町のイイのがあった、握るかい? 貰おう、と応じて煮切りを塗ったホッキ寿司を旨そうに口に入れる。 次々とやり取りが続き、ツマミ二品、握り10貫、湯呑酒二杯吞んで、一時間ほどで帰って行った。 既に1時半を回ったが、開店の日に客一人だけじゃナ、と思い、もう少し、時間イイですよ、と雅代に告げると、→じゃ、魚も沢山残っているし兄貴にしちゃったら勿体ないからアンタも食べて頂戴、と握ってくれた。 古くなった魚を兄貴というらしい。 そこに佑衣が入って来た、→あら、奥さん、一緒にどうぞ、と言われて佑衣が躊躇っていたが、雅代につよく勧められて付け台の前に座らされた。 湯呑を差し出されて口を付けた佑衣が、えッ、と目を瞬かせている、→奥さんも昼飲みが好きだって聞いたから・・・ ウチの鮨にピッタリの酒だから・・ 握るわね、と赤シャリにコハダを載せて2貫、口にすると、ホロリとシャリが崩れた。 椋太はこんな絶妙な旨い鮨は初めてだった。 佑衣も、美味しい!と目を大きくしている。 昨日から不機嫌だった佑衣が、→コハダって苦手だったんですけどこんなに美味しいんですね、と微笑むと、気を良くした雅代さんが、次から次へと2貫づつ握ってくれた。 若い二人は至福のリピートを続け、湯呑酒だけは一杯で我慢したが、共に20貫づつ腹に入れてしまった。 佑衣は途中から雅代と打ち解け、質問攻めにしていた。 →江戸前寿司は生ばかりじゃなく、酢締め、昆布締め、漬け、熟成、煮たり、煮切りを塗ったり、私は昔ながらの仕事を大事にしてるの、けど、新しいやり方の船上での神経締め、プロトン凍結、ハイブリッドアイス、紫外線照射器等々、安全に美味しく食べる為の手法を取り入れているの、鮨は元々江戸時代の屋台が始まりなの、だから屋台気分で鮨を握りたいの、貸主さんの都合もあるから間借りは長くできないけど、軽四で何処にでも移動できるし、新しい店で新しいお客さんと出会って握り続けていく、その繰り返しで充分、鮨職人として、のほほんと笑いながら生きていければそれでイイの、店を持ちたい野望なんてこれっぽちも無いわ、と肩を竦めている。 →凄い、雅代さん、と佑衣が感動している。 あら、もう、こんな時間、と雅代さんが泡食っているが、佑衣が、私が雅代さんを手伝う、あなたは夜の仕込み、と指図された。

(ここ迄、全三話295ページの内、第一貫99ページの内、45ページまで。 雅代さんの追っかけの鮨ッ食いが、彼らの連絡網から知られて続々と集まってくる。 その人脈や直送もしてくれる漁師に驚く涼太、新鮮な魚はバスク料理にも大きな魅力だ、そして、執行猶予の意味がまだ解らない椋太に、雅代さんが絶好のヒントをくれた、爽快なシーンが続く原宏一の世界が展開していく。 本の最後に、ヤッさんシリーズの最終版、ヤッさんフアイナル(ヤスの本懐)が紹介されている。 買ってここなくちゃ・・・)

 

(ここまで5,200字越え)

 

令和5年7月31日(月)