令和5年(2023年)7月24日  第624回

図書館から借用した文庫本4冊、あさのあつこ「えにし屋 春秋」、西條奈加「亥子ころころ」、原田ひ香「三千円の使い方」、岡本さとる「居酒屋お夏 根深汁」は、どれも結構な読み応えだった。 予約本の図書館からの「ご用意出来ました」が続き、借用期限があるのでこっちを優先して読了する為に、15日前に借りたOさんからの単行本4冊は、まだ1冊しか読み終わっていない。  

 

 

世界メジャー戦の全英オープン、日本からは松山英樹、星野陸也、岩田寛、比嘉一貴、金谷拓実、中島敬太、蝉川泰果、平田憲聖、安森一貴の9人。  松山と星野二人だけ予選通過。 小さくて狭く深いバンカー(タコつぼバンカー)に入れると確実に一打損のプレーになるので、運よくバンカーに入れずに続けた選手だけが生き残っていく。 ・・・6打差の大差で圧倒的な優勝をアメリカ人が成し遂げた、賞金300万ドル、素晴らしい! 松山は13位(233千$)、星野は60位(76人中)に終った。

PGAは小平智、川村昌弘、久常涼の3人。 小平、川村が予選落ち。 ・・・久常は10位(82千$)と奮闘した。

LPGAは招待試合で笹生優花だけ。 ペアマッチでフランス人と組んでいる。 ・・・惜しくも3位(77千$)だった。

日本女子第20戦の道産子は、小祝さくら、菊池絵里香、阿部未悠、宮澤美咲、内田ことこ、田村亜矢の6人。 宮澤と田村が予選落ち。  3日目が降雨でサスペンデッドとなって3日間大会に変更された。 ・・・黄金世代の小滝水音が初優勝。 黄金世代13人目である。 同世代の小祝が惜しくも2位(700万円)、内田11位、阿部17位、菊池31位だった。 これで18勝2敗。

 

大相撲、我が一山本は途中出場して4勝を挙げた。 休場を聞いた時には幕下陥落も覚悟したが、次の場所は十両10枚目位に留まるだろう。 怪我をしっかり治してまた、幕内を目指して息の長い力士になってくれ、と願う。

 

 

 

山本甲士「迷犬マジック③」 ・・・前回の続き

第二話 ツツジ

福田エミ・33才は古川課長に呼ばれて小会議室に向かった。 エミが提案していた「室内用の小型ウイルス除去装置」に、ハウスダスト、花粉、臭気等も除去する機能を付加するように常務から指示があった、という。 これから、設計から見直して、更に製造コストも上がる、時間もかかる。 しかし、消費者が喜ぶ筈だ、オレは多機能の方を選ぶ、と強引らしい。 開発部長が考えを変えてくれるように訴えたが、取り巻きの取締役から、仕事をサボりたくて機能を削ろうとしているんじゃないか、とまで言われて諦めたそうだ。 その開発チームから福田さんは外れて貰う、多機能でいくと決まった以上、不協和音を起こしたくない、との理由だった。 株式会社リバービレッジは深刻な「おやじ病」に掛かっている。 そもそもの企画提案者をこんな扱いをするなんて、と内心、くそッと吠えて席を立った。 序に木・金の有休を申請して4日間の休日で頭を冷やそう。

 

帰途、駅のホームに「あなたの技術力を待ってます!」という技術会社の求人広告がある。 ベンチャー通販メーカー「アイゼリア」である。 安くて使い勝手の良い家電製品や、劣化しにくい密閉容器や、段ボール製家具等、ヒット商品を次々と開発し、業績は右肩上がりであった。 工場は東南アジアの国々の企業に分散させている。 新商品のプレゼンが毎日行われていて、社長がゴーサインを出したら直ぐに製造を始めるという動きの速さで知られていた。 この会社であればエミの企画提案したウイルス除去装置も、シンプルな安価な商品としてすんなりゴーサインが出たのでは、と思う。 リバービレッジに就職できたのは、父のコネだった。 県庁職員の父の大学同期がリバービレッジの人事部長だったので、→頼んでおいたよ、と父に言われたあと、簡単に就職できない会社に入られたのだからコネは大きかったと思う。 だから、もし、転職したりすれば、→アイツの娘は恩を仇で返しやがって、と言われるに決まっている。 日本の家電メーカーが次々と事業縮小して、リストラされた技術系社員に、→ウチにおいでヨ、と呼びかけて、多数の応募者が殺到しているらしいし、リバービレッジの社員も何人かも転職している噂は聞こえていた。 エミの所属する企画室からは誰もいないが・・・。 只、仮に転職したとしても未来が明るいという保証は何処にもない。 次々と採用しては使い捨てにする企業かも知れないし、業績を上げても待遇がホントに上がるのか、突然の大量リストラの雪崩に巻き込まれないのか、不安は限りない。 ・・・アト数十メートルで自宅に到着という児童公園の手前で突然の立ち眩みに襲われた。 植え込みのツツジの中に倒れ込んだ。 他人に見られていたら泥酔しているやばい女と思われたかもしれない。 手の甲に擦り傷がある、公園のトイレでハンカチで水洗いをした。 汚れた鏡に冴えない30過ぎの女が映っている、いつのまにこんなおばさん顔になってしまったのか、茫然とする。 このままでは結婚の機会も無さそうだ、お母さんが異様に心配しているのもこのことだったのか、と得心する。 そういえば先日の企業内定期健診で、立ち眩み、肩こり、頭痛などに時々見舞われる、と相談したところ、女医さんが、日頃のストレス、運動不足、睡眠不足、食事習慣等々が考えられる、との診断だった。 トイレを出たらすぐ目の前に犬が座っていた。 ひゃ~と悲鳴を上げて後ずさったが、おとなしそうな黒柴ふうの中型犬で、赤い首輪をしているがリードで繫がれていず、人影も見当たらない。 ず~ッと我が家迄ついてくるが家の中に入られないように玄関戸を閉めた。

 

明け方、変な夢を見て目が覚めた。 昨日の犬はいないだろうナ、と玄関ドアを開けると、何と、室外機の陰からぬッと現れた。 わッと叫ぶと、スタスタとエミに寄ってくる。 しゃがんで首の周りを両手で撫でてみた、赤い首輪にマジックと油性ペンで書かれている。 えッ、これアンタの名前?と訊くと、ふんと鼻を鳴らして、当たり前だろ、という感じだった。 玄関から父が出てきた、→何だ、何処の犬だ? と訊かれたので、昨夜、アトを付いてきた、と打ち明けた。 →町内会長さんなら知ってるかも知れんナ、と県庁の職員を定年退職してからは、外郭団体で嘱託職員として働いていたが、それも去年で終えて今は趣味の碁を打ちにしょっちゅう公民館に出掛けている暇な父である。 スマホで写真を撮ってから、→聞いてくる、と自転車で出かけて行った。 程なく帰って来た父は、この辺にこんな犬を飼っている家はないそうだ、と犬用のリードとポリ袋を下げていた。 エサ・水の皿も会長さんが貸してくれたそうだ。 結局、福田家で預かって飼い主を探すことになった。 朝の散歩は父、夕方の散歩は母かエミ、と決まり、休日の間はエミが請け合った。 朝の散歩から帰って来た父は、この子はおりこうだし、躾がイイぞ、ちゃんと草地で大・小便もする、エサも良し!と言われるまで待っている、と少し興奮気味だった。 暇な父がマジックとの出会いを喜んでいた。 ・・・三人で朝食を囲んだ、いつもエミだけが一人だけの食事だったが、ホントに久し振りだ。 そしてマジックの飼い主について三人の憶測を語り合った。 犬は雑種だろうナ、金持ちじゃないだろう、とか家族揃ってのこんな話はいつ以来だろう。 近所に配るチラシを40枚ほど作って三人で手分けして配った。 夕方の散歩、エミはポリ袋とトイレットペーパーをポケットに入れた。 先ず家の敷地を一周、雑草が生えているところでおしっこする。 →マジックはおりこうさんだね~、と言うと、小さく鼻を鳴らして、そんなの当たり前でしょ、という顔付である。 途中、下校してきた女の子3人が、→わァ、かわいい!とマジックを撫で始めた。 首の周りが喜ぶよ、とアドバイスすると、→わァ、ふかふかだ!と歓声を上げながらの笑顔である。 迷い犬だと明かすと、帰ったらお母さんに聞いてみる、明日、学校で皆に言おう、学校中に広まる様に、と協力的だった。 信号待ちしている時も同年代の女性から声を掛けられたので迷い犬だと説明した。 コンビニの前でしゃがみ込んでいた金髪・ピアスの若者が、→おねえちゃん、ちょっとだけ触らせてくんない? →何、この子と私と、どっち? 二人は手を叩いて爆笑、→うける~、けどおねえちゃんじゃなくて、ワンちゃんの方だわ、とハラを抱えて笑っている。

金髪がマジックの首を撫でながら、→小6の時、家出して学校の築山のトンネルで犬を抱いて眠っていた所を発見された、と嬉しそうに言う。 ピアスがスマホで何枚かの写真を撮っている。 SNSにでもアップするのかな? →マジック、じゃあナ、おねえちゃんもサイなら!と手を振ってくれた。 エミは奇妙な高揚感に満たされていた。 思えば、何年も誰かとの新しい出会いなんて経験していなかった。 マジックと歩いただけで、小学生の女の子、同年代の女性、やんちゃ系の若者達から声が掛かり、和やかな時間を共有した。 一人で歩いていたら擦れ違っていただけなのに・・・。 帰り道、マジックは急ぎ足になって公園に入ると、グランドの片隅で後ろ足を踏ん張る姿勢になってウンチをした。 父にレクチャーしよう、マジックがウンチの時に早足になるよ、と。 鉄棒で斜め懸垂をしている40代後半の男性がいる。 →かわいいワンちゃんですね、と声を掛けられた。 清潔感や礼儀正しさが滲む人だった。 迷い犬、だと説明すると、→ああ、チラシが入っていたあの犬ですね、私は浦川と申します、と自己紹介し合った。 →もし飼い主さんが見付からなかったら私が面倒を見てもイイですよ、と名刺をくれた。 「SO WHAT」と言うバーだった。 住所も電話もスマホもメールアドレスまである。 →甥っ子が犬が好きで、その内、保護犬の譲渡会に行ってみようと思っていたんです。 →飼い主さんが見付からなくても見付かってもお知らせいたします。 →気が向いたらいつでもお店にいらして下さい、こじんまりとした店ですから、料金も安いんで学生も良く来てくれます、お友達とでもどうぞ。

 

帰宅するとマジックは出されたエサをがつがつと勢いよくがっつき、水もアッと言う間に容器を空にした。 そして敷いてあった毛布にゴロンと横になり、眠ってしまった。 たっぷり散歩して、たっぷりエサを食べて、たっぷり眠る、実にシンプルな生き方である。 エミは大切な事を教えられているような気がして来た。 マジックとは真逆な事ばかりの生活である。 身体が喜ぶとは言えない食べ物ばかり、運動もしない、神経は疲れているものの身体は疲れていないアンバランスな状態だからぐっすり眠れず、肩こり、立ち眩みなどおこしていた。 有名企業に就職できているが、人生を楽しんでいない、幸福な時間を享受出来ていない。 リバービレッジの技術社員という肩書を失いたくない為に、色々な事を蔑ろにして窮屈な人生に陥っている。 マジックは欲しいものなんてない、散歩はタダで出来る、寝る場所もいつでも何とかなる、困った時は犬好きな人間が手助けしてくれる、頼ればいいんだ、と実に潔い。 会社の上層部の足し算の人生じゃない、マジックは引き算を実践しているのだ、見習うべき事が多々ある。

 

父と母の話し声が漏れ聞こえてきた、→エミはマジックが来てから別人のように喋ってくるよナ、今までは守秘義務もあっただろうし、たとえ聞いてもこっちはちんぷんかんぷんで面白くないだろうし、マジックに関することは当たり前のように気軽に話せる事ばかりだろうし・・・ 父もマジックが来てから変わったと、娘が感じていたが、両親は娘の豹変ぶりに驚いていたのだった。

 

エミはマジックを見習って生活習慣を改める事にした、栄養価を重視した食べ物、身体をもっと動かす。 ネットで調べて次の事を実践しようと決めた。 朝食はバナナ2本と茹で卵一個、昼食は自家製おにぎり、ツナサラダ、サラダチキン、野菜ジュース、夕食はスーパーの総菜コーナーで栄養価の高いモノ、袋おでん、葉物野菜のおひたし、鶏レバーの煮物、焼き魚等々、揚げ物は摂らないようにする。 マジックとの散歩後、夕食前には腕立て伏せとスクワットを1セットずつ、試してみたが自分の非力さに幻滅したので、キツクなるまで、取り敢えずやって永続きする方法で進める事にした。 肩こり解消運動も取り入れる、押し入れに眠っていた片方2㎏の鉄アレイを使う。

 

一週間経っても飼い主が見付からない。 夕方の散歩では相変わらず声がかかるし、公園では浦川さんが自重体操を熟している。 未だ見付かりませんね、と話しながら、戻りながら気まぐれに道を変更したら、「つつじ」というラーメン店で、小1位の女の子と、そこで働いているらしいお母さんとで、マジックを指差しながら、あ~ッと笑顔で声が掛かったので互いに手を振り合った。 エミは妙な縁を感じた、マジックとの出会いは急な立ち眩みで公園のツツジの植え込みに倒れ込んだ事がキッカケだった。 そういえばあれ以来、立ち眩みも肩こりも頭痛もない、今朝起きた時は快適な寝覚めだったし、シンプルライフの効果が早くも現れ始めたということらしい。

(ここまで、ツツジの半分くらい。 エミの生活が好転していく、そして、転職を決意する。 元オリンピック候補選手だったやり投げの煤屋さん、義足の小麦原さん、煤屋さんの大学の先輩浦川さん、つつじラーメンの母娘、等々、どんどん繋がりが広がっていく。 読み易い一冊である)

 

(ここ迄約5,500字)

 

令和5年7月24日(月)