令和5年(2023年)2月16日 第590回

堂場瞬一「夢の終幕」(書き下ろし文庫)

最上功太・30才は、警視庁特殊事件対策班 略称・scu(スぺシャル・ケース・ユニット)新橋本部に在籍し、二週間に一度、大型バイクを高速道運転(慣らし運転)させるのも任務だった。 3月、新橋から往復100km、八王子の第一出口で降りて、コンビニの温かいコーヒーでバイク乗りとして至福の時間を堪能していると、同僚の八神拓からスマホが入った。 朝、10時、こんな早い時間から事件?と訝ると、今、売り出し中の若手バンド・FOT(フリーク・アウト・シアター)4人組と、マネージャー・運転手の6人が行方不明だという。 昨夜、長野・松本市でライブのあと、今朝になっても連絡が取れないという。 事務所は新宿で(事務所名・アフターマス)交通事故情報もない、それで新宿中央署に相談があったので、SCUに振られたのだった。 バンドは機材が多いので移動はマイクロバスだった。 Nシステムで八王子のインターチエンジを出たのが、今日8日の午前二時が確認されている。 八神は捜査一課出身、最年少の最上のひとつ上の朝比奈由宇は女性ながらSCUの参謀長役で、彼女の指示にはキチンと従うというメンバーの不文律がある。 朝比奈はそれほど信頼が厚い。 キャップは公安上がりの警視・結城新次郎、サブキャップは警部・綿谷亮介だが二人が指示を飛ばすことは無く、最上は朝比奈の指示には慣れ切っていた。 これがSCU5人のメンバーであった。 大人6人が同時に姿を消すなんてあり得るのだろうか、と最上は思った。 最上は八王子中央署に行って挨拶した。 地域課の課長に空いているデスクを借りる。 バックパックからノートパソコンを取り出し、Nシステムのデーターベースにログインしてバンドが乗ったマイクロバスの追跡を試みた。 午前3時、あきる野市に入った事は確認出来たが、途中から追跡ができなくなった。 どんどん山深くなっている。 あんな場所で何をしていたのだろう? バンド4人を改めて確認すると、リーダーのギター・高木由一、ボーカルとキーボードの滝上亮平、ベースの村本健斗、ドラムの末永翔太、だった。

 

あきるの署に、「アフターマス」の統括マネージャー・花岡舞美が小柄な体で待機していた。 関東近郊のライブは経費節減で泊まらずに直帰が多いという。 八王子で下りたのはメンバーが八王子ラーメンを食べたかったのではないか、と花岡が推測する。 駅前の「麺屋正三」は22時迄なので、深夜までやっているインター近くの「桑都ラーメン」ではないか、というので確認したが、その日は定休日だと言われた。 まったく手懸りがない、花岡は、→この件、表に出ないようにお願いします、FOT全員が行方不明だと知ったらマスコミが大騒ぎします。 最もである、結城キャップから広報に根回ししてもらう。 ・・・新橋の本部に戻ると朝比奈が地図を拡げてNシステムの設置場所に〇印を付けているが、多摩地区の奥に行くほどガラ空きである。 多摩周囲の県警本部には全て手配済みなので、Nシステムに引っ掛からない山奥しか考えられない。 あきるの署と八王子署には林道をくまなく捜査してもらおう。 「アフターマス」の花岡統括マネージャーにお願いして、統括プロデューサーの小杉さんから事情を聞くことが出来た。 綿谷サブが同行してくれた。 名刺交換すると即、小杉が吠えた、→警察はあんな大きな車一台見付けられないんですか! →ず~と道路を虱潰しに捜しています、それで事件に繫がるような材料がないか、お伺いしたいんです、と最上が反対に質問する。 →アイツらはクリーンですよ、ドラッグやアルコールの問題は一切ない、フアンとも良好な関係を保っていますし、強いていえばバンドの中はトラブルだらけだが、レコーデイングの時は我の強い強い奴ばかりだから妥協を知らない、内輪では良く衝突していましたが、それはトラブルとは言えない、創作上の模索ですよ、同行していたマネージャーの池沢が一番知っていると思うけど・・・。 彼は教師役として指導したFOTは最高の作品だろうし、今やエグゼクティブマネージャーに出世しているし・・・。 彼は長い事この事務所で燻っていた、それがFOTで一発当てたた訳です、跳ねましたからね、一気に株を上げましたよ、オレが育てた、と天狗になっていたし・・・。 次は運転手の三島さんの事を尋ねる。 →総務課所属、これ迄、無事故、4人の共通の趣味は八王子ラーメン、安上がりな奴らサ、楽器には大金をかけるけど、吞まないし、女もいないし。 4人全員独身。 兎に角早く見付けて下さい、この件で会社は大揺れです。

 

八王子ラーメン、全ての店に電話確認したが該当店は無かった。 FOTは大学時代に結成された。 リーダーの高木とボーカルの滝上は不動の組み合わせだが、ベースとドラムは何度も変わっている。 作曲はメンバーがバラバラで作曲されている。 →要するに全部、こいつの我が儘だった、と滝上が高木リーダーにツッコミを入れていたらしい。 実は最上も大学時代はサークルでギターを弾いていた。 しかし、 小指を骨折してその道を断念したが、仲間だった広告代理店に勤務している竹田晶はこの業界に詳しいのではないか、とスマホを入れると、即、→何だ、バンドを復活させる気になったか、と切り出してきた。 もう、指が動かないよ、と答えながら、FOTの裏話を教えてもらう。 →バンドの花形はギターとボーカルだけど、ベースの村本もドラムの末永も曲は書いているから金の分配もある、全員がそこそこ潤っていると思うよ、だから金の内紛は無いだろう、ただ、全員が音楽オタクだから、スタジオが好きでライブが好きでって珍しい若者ばっかりだよ、それよりよ、俺またバンドを始めたんだよ、ギターの奴がイマイチだからお前、戻って来いよ、と強烈に誘われたが、最上は、罪な誘いだよ、と思いながら電話を切った。

 

最上は、アフターマス事務所に、上京中だった高木リーダーの姉・高木菜穂から事情聴取した。 高木より3才上の30才、地元の香川で父親の経営する総合病院の小児科医だという。 最近、弟に何かトラブルが無かったか、と訊くと、半年前に、実家で預かっているギターが100本あるが、数本、盗難にあったと言う。 地元の警察に届けたが犯人は捕まっていない。 同行した綿谷サブは同じく上京中だった滝上の父親に事情聴取したが、トラブルがるかないかはまったく知らない、と不調だったらしい。 スマホが鳴って、結城キャップに頼んでいた盗難ギターの一覧表が送られてきた、最高値は750万円、次が420万円、400万円・・・ 購入した高木の自己申告の値段は、合計2,200万円である。 花岡に問い質すと、高木はコレクターとしても有名だったようだが、この件も内外共にNGとされていた。 他にトラブルはなかったのか、隠していないかと詰問すると、花岡が一気に崩れ落ちた。 咄嗟に支えた綿谷サブが、救急車だ、と叫ぶ。 緊張と過労が重なって貧血を起こしたらしい。 病院で点滴を受けると花岡は直ぐ意識を取り戻した。 ラジオは他のタレントで穴埋めしているが、週末の福島と仙台のツアーはギリギリ、キャンセルの瀬戸際なのだろう。 統括マネージャーだけに心労も激しい筈だ。 最上より3才程上らしいが激務のマネージャーに同情してしまう。

 

SCU本部の警電が鳴って、→青梅市梅郷の林道に遺体発見、アフターマスの池沢マネージャーと思われます、とあきるの署との境にある、明日、捜索予定の奥多摩署管内だった。 結城キャップの指示により、最上は、大型バイクで現場へ急行する。 一時間後、10人程が作業している所で到着を報告すると、そこの茂みで発見された、と教えられた。 ワイシャツにジャケット、下はジーンズ、傷は頭と顔に集中している、明らかに鈍器で暴行されている。 他のメンバーは見付かっていないのに、一人だけ遺体で見付かるのは奇妙な話である。 奥多摩署に車で向かっている朝比奈・綿谷班に報告すると、→渋滞にあってアト30分は掛かりそう、先に奥多摩署に運ばれた遺体を確認しておいて、と指示を受ける。 遺体は頭が血だらけ、顔は頬骨が陥没骨折、右側の歪な変形はとどめを刺されたのは間違いないだろう。 犯人の非常に強い恨みが窺える。 これは交通事故ではない、完全に殺人事件である。 所持品は12万円余りの財布があったから強盗では無いだろう、アフターマスの社員証で身元確認が出来たのだ。 奥多摩署の刑事が皮肉っぽく言った、→行方不明者を早く発見出来なかったからこういう最悪の事態になった、SCUの失態だナ。 最上は内心、現場の方が熱心じゃなかったからだろう、と言葉を呑み込んだ。

 

明朝7時半、同じホテルに泊まった最上と、朝比奈・綿谷の三人は、→コロシの方は捜査一課が仕切るようになる、けど、まだアトの5人が発見されていない、そっちはこちらに振られるでしょう、と朝比奈が断言する。 殺人事件の捜査本部が奥多摩署に立ち上ったが、副署長の宮古が、SCUは外れて貰う、残りのバンドメンバーの捜索に専念してほしい、と言って来た。 朝比奈が、コイツはうち等を舐めている、と確信し、脅かしてやった。 →FOTのメンバー全員が失踪したとなったら大騒ぎですよ、週刊誌もテレビもこの署に押し掛けて来ますよ、その対応は、副署長でしょ、下手な対応をしたら警視庁全体に問題が波及します、忠告です、副署長はまだ先がありますよね、大きな失点をしませんように、と言い放ってやると、顔色をなくして踵を帰していった。 ・・・間もなく、朝比奈がすっ飛んできた、→運転手の三島さんが出てきた。

 

発見場所は奥多摩町、今朝、民家に助けを求めて保護され、駅近くの駐在所に身柄を移されている。 最上はバイクで駆けつけた。 三島の革ジャケットの袖は泥で汚れ、コメカミから頬に付いた傷はカサブタになっており、髪はボサボサでペットボトルを持つ手は震えていた。 直ぐ、朝比奈、綿谷と本部から急行した八神が揃った。 目ざとく八神が両手の赤い輪を認め、拘束されていたんですね、と問いかけると、縛られていました、プラスチックのバンドみたいなやつで、と答えた。 八神はホントに目がイイ。 最上は地図を出して、何処からですか、と質問する。 →小さな小屋でメンバーと一緒に閉じ込められていました、今朝になって見張りがいなくなって滝上さんが俺の縛めを解いてくれて助けを呼べと言われたので逃げて来たんです。 朝比奈の指示を受けて最上はバイクで、八神は車で林道を走る、50m下に小屋が見えた、川に向かう斜面の途中に鍵のかかっている鉄柵のゲートがある、釣りの趣味の為に作った小屋だろうか、煙突もあるから煮炊きも出来るのかも知れない。 しかしFOTのツアーバスは見えない。 ゲートを乗り越えて引き戸を開けると、奥の方から、・・・助けてくれ、とかすれ声が聞こえた。 いた! 4人のメンバーが固まって縛られていた。 それぞれが手足をプラスティックの結束バウンドで固定されおり、しかも、全員の腰の辺りがロープで繫がれ、奥の太い柱にキツク結ばれていた。 リーダーの高木に問うと、→八王寺の信号で止まった時に銃を翳した男が乗り込んできてカージャックされた、途中からもう一人が乗り込んできて車も乗り換えされた、彼らが置いて行ったペットボトル数本で二日間の命を繋いだ、と状況説明がされた。 結束バンドを外す前に八神が証拠としてデジカメで写真を撮っていた。 救急車と小屋の持ち主を捜してゲートを開けてもらうように手配した。 

・・・結城キャップが朝比奈に時系列に書き出させた。 八王子ラーメンを食べたい、赤信号で男が乗り込んできた、アトからもう一人も乗り込んできた、銃で脅されて一時間近く走らされ、途中でバスから乗り換えさせられた、マネージャーの池沢だけが別にされた、そして、あの小屋に監禁されたとメンバー4人の同じ証言があった、と纏めた。 5人を見張り、もう一人を別な場所へ動かす、最低3人か4人は必要では無かったか、かなり大掛かりな犯行だったと思われる。

 

病院に入院後、落ち着いたところで最上は高木リーダーから話を聞き出した。 先ず、→池沢さんが殺害されました、と報告したら、目を見開いて、クソッと吐き出した。 →池沢さんを狙った犯行のように見えますが思い当たることはありませんか? 犯人に見覚えは? →目出し帽を被っていましたが、声に聞き覚えがあります、デビュー前のメンバーで村上康平、オレがクビにしました、力不足でプロでは無理でしたから。 一年前にメールが来て今でもあの仕打ちを忘れていない、と恨まれていました。 でも今はメガバンクで働いているからこんな莫迦な真似はしないと思うんですが・・・。

(ここまで全455ページの内、196ページまで。 この村上康平が自殺体で発見されたが、足元に特殊な遺留物があった。 また、政治家の息子が父親の秘書を務めているが、政治家になるのを辞めろ、と脅迫文が届く、その裏の真実とは? この二つの事件が繫がって来た、恐るべし犯行の強烈な恨みが隠れていた。 読み応え充分だった、題名の夢の終幕の意が完全に理解出来た)

 

(ここまで、5,400字越え)

 

令和5年2月16日(木)