令和5年(2023年)1月14日 第584回

Oさんから新刊単行本2冊を借用。 大沢在昌「黒石(ヘイシ)~新宿鮫Ⅻ」、黒川博行「連鎖」である。 二冊とも結構厚い。 ・・・先日の麻雀はOさんも、Iさんも-20で、又もやO橋さんが+20だったという。 O橋さんが三連勝で素晴らしい。 逆に二人が三連敗で結構落ち込んでいた。 

 

静岡在住の娘夫婦がこの5月のゴールデンウイークに来ると言う。 静岡空港からの直行便は初日17時半着なので、千歳空港で食事をする、二日目はK寿司、三日目は自宅で、焼いた縞ホッケ、四日目はYジンギスカンを食べたいと注文が入る。 婿さんは5日間で先に帰り、娘はアト一週間残ると言う。 良きかナ。 恐らくT回転寿司とか、T焼肉も追加になるのだろう。 何でも好きなようにしてあげる、との家内の気概が伝わってきて寧ろ清々しい。 流石に電話で毎回一時間以上も話している母娘である。

  

 

百田尚樹「輝く夜」(文庫本、単行本は2007年と古い、U内科から借用)

・・・何れもクリスマスイブの、五話の短編集である。

第一話、魔法の万年筆

丸山恵子はその日、7年勤めた運送会社から一ヶ月後のクビを宣告された。 赤字が8ヶ月も続いていた業績不振が原因だった。 5人いる女子社員の中では34才の恵子が一番年長だったが、残った有給分の支払いは勘弁してくれ、と社長から頭を下げられると、この年末で出社しなくてイイ、と同義語であった。 席に戻ると4人の女子社員は既に知っているようだ。 内、二人が仕事がロクに出来ないお喋り好きな社長の縁者なのである。

 

恵子は小学生の時、左耳が中耳炎になって殆ど聴力を失っていた。 弟の和明は小さな工業デザインの会社を経営しているが、昨日、12月25日の手形を落とせないかも知れない、と千葉に住む両親から連絡があって、僅かな貯金200万円を弟の口座に振り込んで上げたが、必要金額にはとても足らない額だったようだ。 不渡りを出したらその金は戻ってこない、だとしたら、自分はこれからどうすればいいのだろう、→最悪のクリスマスイブだわ、と観念した。 この不景気の時代に資格も特技もない34才の女にどんな仕事があるんだろう、でも妻と幼い子供を抱えながら資金繰りに奔走している弟を思うと、自分の事以上に心が重くなった。

 

街中にイブの音楽が流れている。 途中でネックレスの大安売り、90%引き!の声をかけられたが、15年前のイブの日に恋人だった田代からネックレスを買ってもらった事が思い出された。 高卒で入社した自動車ディーラーの優秀な営業マン、三才年上だった。 彼は幼い頃から花に興味を持っていたらしく、その豊富な知識に驚かされた。 付き合って一年が経った頃、同僚の阿部由美から、→田代康司サンを譲ってほしい、と切り出された。 →由美のしつこい誘惑に負けて、妊娠させてしまった、済まない、と三人で会った喫茶店で田代から悲痛な顔で告白されたのだった。 結婚式、女の子を出産、と続いた翌年の春、恵子は会社を辞めたのだった。  

 

商店街の出口に初老のホームレスが、白いチョークで、「三日間、何も食べていません」と道路に書いてあり、その横にカップ麺の空き容器が置かれていた。 傍のハンバーガーショップには結構な人が入っていたが、誰も知らん振りだった。 恵子は可哀そうになって、ハンバーガーと熱いミルクをテイクアウトし、更に500円玉をそっと置いた。 ホームレースは吃驚したように顔を上げたと思ったら、地面に頭を擦り付けるように深々とお辞儀した。 恵子は恥ずかしくなって足早に立ち去った。 人通りがグッと減った時、後から、→お姉ちゃん、さっきはあんがとナ、とあのホームレスから声が掛かった。 →あ、失礼な事して済みませんでした、と謝ると、→イヤイヤ、実は俺サンタクロース、お礼をさせてもらうよ、これ、魔法の万年筆、願い事を書くと、みっつだけ叶う、と使い古したちびた鉛筆を差し出すのだった。 白い髪に白い髭、深い皺、ホントにサンタクロース?と思いながら、有難く受け取った。 感謝された事に改めて嬉しさを感じたが、そんなメルヘンに付き合っていられない、もっと切実な現実が待っているのだ。 馬鹿馬鹿しい。 急に、帰って一人で食事をする虚しさを感じ、駅前迄戻ってイタリアレストランに入り、一番高いコースを頼んだ。 グラスワインも注文し、イブだし、今夜位は良いんじゃない、と自分に納得させる。 そしてアパートの隣部屋の藤沢健作を思い浮かべた。 劇団の俳優だが、売れない役者で夜の警備員で食い繋いでいた。 数日前に、→役者を辞めて故郷の九州に帰ります、福岡の先輩の商売を手伝います、年明けにアパートを出ます、と7才下の端正な顔が淋しそうに歪んだ。 6年前、酔っ払って帰宅した恵子は隣の部屋に間違って侵入し、アンタ、誰?と言いながらそのまま倒れ込んだ、と言う。 顔から火が出る程に恥ずかしい、でも、藤沢は、服の儘、ベッドまで運んで寝かせ、自分は床に毛布を敷いて包まって寝たのだった。 ベッドの脇には敬子の嘔吐物を処理した跡もあった。 優しい秩序ある弟のような清々しい若者だった。 以来、「お姉さん」 「健作」と呼び合う付きあいが始まったが、一切、性的な関係はない。 健作が三才の時、家族が乗っていた自動車に無免許の若者の暴走車が突っ込んできて、両親と姉を失った、だから家族の記憶は殆どない、と知って涙ぐんでしまった。 ひとり生き残った「奇跡の男たい」、と博多弁で言う健作が健気で好きだった。 一年前、偶然に家族と一緒の田代を見かけた、幸せそうな雰囲気に嫉妬した恵子は、アパートの近くの居酒屋で健作を誘い、したたかに吞んだ。 そして、→抱いて!としがみ付くも、断わられた恵子は、健作の頬を平手打ちし、→意気地なし! アンタそれでも男なの! それともホモなの、と喚いても健作は取り合わず、敬子の部屋に押し込んだのであった。 彼はいつも紳士だった、ず~ッと恵子よりも大人だった。 福岡に行ってしまったらもう、会う事はないだろうナ、と悲しい限りだった。 

レストランのアンケート用紙の裏側に、ちびた鉛筆で、美味しいケーキが食べたい、と書いたら、ウエイターが、→これをどうぞ、当店からのクリスマスサービスです、と白いクリームのショートケーキが運ばれてきた。 恵子は声を出して笑った、これはホントに魔法の鉛筆なのだ。 別な用紙に、「和明の会社が立ち直れますように」と書くと、ケーキを食べ終わった時、携帯電話が鳴った。 →姉ちゃん、俺だ、手形の件上手くいった、融資を受けられた、それと同時に大きな仕事も入った、もう心配ない、詳しくは明日話すよ、奇跡が起こった、と上擦った声だった。 恵子は茫然とした、弟の窮状がこんなタイミングで解決するなんて信じられ無い、何か、不思議な力が働いたのだ、もう一枚用紙を取り出して考えた。 アトひとつ、何を書こう? 田代と一緒になりたい、でも離婚させるのか、家庭を壊す訳にはいかない、海外旅行はお金さえあれば何処へでも行ける、じゃ、1、000万円、いや5,000万円、いやいや、一億円? そんな守銭奴みたいな事嫌だ、それよりも聞こえない左耳が聞こえるように、と悩んでいたら、突然、健作の顔が心に浮かんだ。 10年も頑張って来た優し過ぎる健作はどんなにか辛かった事だろう、そう思った恵子は、三枚目の用紙に、「藤沢健作がスターになりますように」と書いて、これでみっつの願いはおしまい、と鉛筆を置いた。 お金を支払って店を出る時、その鉛筆は何処にも無かった、捜したが諦めて店を出た。 住宅街の公園に差し掛かると、後から走って来る男が横を走り抜けた。 必死の走りっぷりに、こんなに慌てて、と恵子は可笑しかった。  突然、男は立ち止まり、振り返って恵子を見た。 ふたりは同時に、あれ、と声が出た。 男は健作だった。 →お姉さん、早く会いたくて、早く帰りたくて、早く知らせたくて・・・、驚かないで! オレ、準主役に抜擢された、いま、劇団から連絡があった、長期ロケが必要な役で俺のスケジュールがメチャクチャ空いている事が幸運に繫がった、と感極まって声を詰まらせていた。 恵子も胸が詰まった。 →5分前に電車の中で電話が来て、車内に響き渡る大声を出してしまった、明日、テレビ局へ行って契約書を交わすんだ、と弾む声と同時に上手くやれるか不安感も大きいらしい。 恵子は心の中で、大丈夫よ、あなたはきっとスターになる、必ずこのチャンスを見事に掴む筈よ、貴女の将来は魔法の万年筆が約束したんだから。 不幸な少年時代を過ごした分を取り戻しておつりが来るほどに幸せな人生を送る事ができるわ、最後の願いに健作の事を書いて良かったわ、と呟いていたが、同時に、健作はスターになって手の届かないところに行ってしまう、やがて遠い存在になってしまう、と寂しさが過ぎった。 すると健作が鋭い目で睨んできた、→僕と結婚して下さい、始めて会った日から6年間、ず~ッと好きでした。 でも、売れない役者だし、お姉さんを幸せにする自信が無かったので、此の儘、打ち明けずに黙って故郷に帰る積りだったんです、でもこれでプロポーズ出来るって・・・ そして恵子を熱く抱きしめてきた、すると健作の肩越しに公園の木立の中にあのホームレスが立っていて、恵子に向かって二ッと口を歪めた。 そして木立の中に消えた。 目を閉じると涙が頬を伝って流れた、恵子は生涯で最高のプレゼントの背中に両手を廻し、力いっぱい抱きしめた。

 

第二話、猫

派遣社員の青木雅子・27才はノー残業デーの12月24日、急成長しているイベントプロデュース会社の社長の石丸幸太・34才にお願いしてCAD絡みの仕事を熟していた。 エクセルと併せ、二つの資格を持っている雅子ならではの残業だった。 結婚退職と妊娠で休職した社員に代わり、四か月間の契約で今月がその最終月であった。 社員を全て帰して石丸社長が、派遣契約違反だから、じゃ、今夜は個人的なアルバイト契約を結びましょう、と承諾してくれたのだった。 この会社の社員は雅子をよそ者扱いしなかった。 これまでの4年間の派遣社員生活で始めての経験だった。 酷い所は極く内輪の宴会にも誘われなかった。 多分、この会社の空気が温かいものなのだろう、社長の石丸の影響が大きいと思った。 面接で初めて会社を訪れた時、→本日はお越し下さいまして有難うございます、と挨拶されて部屋に通してくれたのが石丸社長だった。 驚いた、だから、派遣元からこの会社を指示された時は本当に嬉しかった。 この四ヶ月で、人として、経営者として尊敬し、実る筈の無い秘かな恋心に変わっていたが、母親と二人暮らしの社長は、美人で優秀な秘書と既に出来ていると噂があり、さもありなん、あのカップルは理想的だと思っていた。

 

二人とも9時前に残業は終った。 お疲れ様でした、と言い合いながら雑談になった。 同居しているオスのトラ猫の事を打ち明けた。 ・・・当時、派遣されていた会社の係長・宮本に、二年間、都合のイイ女になって、ラブホテルに通っていた。 イブの夜を一緒に過ごそうと約束していながら、当日、一方的に反故にされて一人でワインを吞んだ。 恐らく、雅子の方から別れる事を言わせようとした策略であった。 帰途、冷たい雨の中、歩道に転がっている猫の死骸だと思った。 けど、イキナリそれが動いたので思わず飛び上がった、子猫じゃなく成猫だった。 片目が白く濁っていて、片方の黒い目が雅子にすがるように見詰めていた。 この猫はもうすぐ死ぬ、それなら暖かい部屋で死なせてあげたい、と猫を抱き上げた。 痩せこけていて軽い、毛が抜けているから病気だろう。 牛乳を温めてスプーンで与えると一時間かけて小さな舌で吞み切った。 毛布に寝かせてバスタオルをかけた。 夜中、猫の泣き声で目が覚めた、粗相をしたのだ、謝る様に悲しそうに泣いた、→いいのよ、寝てなさい、と濡れた毛布を取り替えてやった。 翌朝、近所の動物病院に連れて行くと、初老の先生が、→ノラ猫ですね、栄養失調です、腹の中は寄生虫だらけです、助かったら放しますか、飼いますか、と訊かれたので、→飼います、と答えると、先生は、→やるだけの事はやりましょう、と力強かった。 点滴等の治療を進め、結局、正月明けに猫はすっかり元気になった。 先生は治療費を受取らなかった。 →大事に飼って上げて下さい、というばかりだったので、お花を贈った。 み~ちゃん、と名付けて雅子は家に帰る楽しみが出来た。 話し掛けると、必ず、にゃ~と答えてくれた。 あの夜、人生に絶望していた私をみ~ちゃんは救ってくれたのだ、雅子はみ~ちゃん一筋の生活に変貌した、旅行なぞもってのほかだ、み~ちゃんを一人になんてできない。 雅子の足音を聞き分けて、ドアを開けると必ずにゃ~と鳴いて出迎えてくれた。 ただ、み~ちゃんは人を怖がる猫だった。 友達が遊びに来ても決して奥の部屋から出てこない。 多分、ノラになってから余程酷い目に逢ったのだろう。

 

帰り支度を始めると、社長が、→青木さん、ご飯食べて帰りましょう、と誘ってくれて、嘘!と叫びたいほど嬉しかったが、→今夜はみ~ちゃんと過ごそうと、キビナゴを買ってあってそれを料理しなくちゃならないんです、ごめんなさい、と頭を下げながら、憧れの社長と食事なんて二度とないのに、多分、一生、とツキの無さを呪った。

(ここ迄、全204ページの内、70ページまで。 5,500字を超えたので、この続きは次回で)

 

令和5年1月14日(土)